「ベーシック・インカム」によって多くの人々は「厳しすぎる現実」から解放されるのか

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「クソどうでもいい仕事(ブルシット・ジョブ)」はなぜエッセンシャル・ワークよりも給料がいいのか? その背景にはわたしたちの労働観が関係していた?ロングセラー『ブルシット・ジョブの謎』が明らかにする世界的現象の謎とは?

普遍的ベーシック・インカムが解放するもの

グレーバーは、ベーシック・インカムを介して、この多数の人を苦しめている、そしてわたしたちの社会を殺伐とさせている一因としてのBSJの増殖を、労働から解放のヴィジョンによって乗り越えていく道筋を示しています。

グレーバーが念頭においているのは、普遍的ベーシック・インカム(Universal Basic Income:以下UBI)です。つまり、所得の高低にかかわらず、無条件に所得保障をおこなうというものです。

これはある意味で、ケインズのヴィジョンが実はいま実現可能であるとして、どうすればそれができるのか、ひとつの具体的イメージをつくってみること、そして、ケインズが思案してみせた労働から解放された人間のあり方をみんなで想像してみようということの呼びかけです。

グレーバーは、本当はこうした具体的提案のようなものはなるべくしたくなかったといいます。

ひとつにはもちろん、未来を予言し、その青写真によって人々を手引きするという知識人像をアナキストであるかれは拒絶しているからです。

そしてもうひとつ、これはよくわかるのですが、かれもいうように、こうした提案をしてしまうと、そこに注目が集まり、最悪の場合、その「解決策」ばかり読んで──ミステリーで、発端を読んでからすぐに解決部分を読むようなものです──、それでその仕事を判断されてしまうからです。

それに、ベーシック・インカムというと、いまや右派の政治家すら、打ち出の小槌のごとく解決策としてふりまわす傾向にあります。だから、注意が必要です。

たとえば、2020年、コロナ禍のなかで、ひと月7万円のBIがネオリベラルの知識人であり政治家でもある人物から提案され、おおかたのひんしゅくをかいました。

7万円では暮らしていけませんから、生活のために働かねばなりません。ところが、7万円の保障があるものだから、それでさまざまの社会保障は削減されるでしょうし、賃金も下げられるでしょう。

いま以上に劣悪な条件で働かなければならないかもしれません。しかも、保障の質も低下しています。BIそのものは地獄も招きかねないということです。だから、BIそれ自体ではなく、どんなBIか、どんなヴィジョンのもとにあるBIかを問うことが大切なのです。

グレーバーがここでUBIをひきあいにだしている真意は、これまでみてきたように、わたしたちのなかに強力に根づいたコスモロジー、このブルシットなゲームを駆動している世界観を相対化し、わたしたちの想像力を解放する呼びかけにあるとおもいます。

グレーバーにとって、UBIは、BSJ現象の解消への道筋を、官僚制ひいては国家から解放される道筋とともに想像することを可能にしてくれます。アナキストであるグレーバーにとって、国家の統制による解決は望ましいものではありません。

「国家を徐々に小さくしていきながら、同時に状況を改善し、人々をしてより自由なかたちでシステムに挑戦するように仕向ける」

かれはそのような可能性をUBIにみています。というか、国家や政府の統制による解決こそ、より多くのBSJをつくりだすということはみてきました。

たとえば、福祉国家はたしかに人類の達成したひとつの成果であるのかもしれません。しかしそれは、巨大な官僚制を生みだしました。保障の条件を確認するため、人は監視され、管理され、その都度、その条件を充たす資格の有無を判定されました。そして、そのためのお役人とお役所仕事も膨大なものにのぼりました。くり返すと、そのような弱点にネオリベラリズムはつけこんだわけです。

つづく「なぜ「1日4時間労働」は実現しないのか…世界を覆う「クソどうでもいい仕事」という病」では、自分が意味のない仕事をやっていることに気づき、苦しんでいるが、社会ではムダで無意味な仕事が増殖している実態について深く分析する。

なぜ「1日4時間労働」は実現しないのか…世界を覆う「クソどうでもいい仕事」という病