「肥満」と「糖尿病」を「悪化」させる「腸内細菌」の正体…「トランス脂肪酸」の危険性

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「お腹の調子が悪くて気分が落ち込む」という経験がある人は多いのではないだろうか。これは「脳腸相関」と呼ばれるメカニズムによるものだ。腸と脳は情報のやりとりをしてお互いの機能を調整するしくみがあり、いま世界中の研究者が注目する研究対象となっている。

腸内環境が乱れると不眠、うつ、発達障害、認知症、糖尿病、肥満、高血圧、免疫疾患や感染症の重症化……と、全身のあらゆる不調に関わることがわかってきているという。いったいなぜか? 脳腸相関の最新研究を解説した『「腸と脳」の科学』から、その一部を紹介していこう。

*本記事は、『「腸と脳」の科学』(講談社ブルーバックス)を抜粋、編集したものです。

肥満や糖尿病を悪化させる腸内代謝物

トランス脂肪酸を多く摂取すると、血中のLDL−コレステロール濃度が上昇します。このLDL−コレステロールは、そのままの状態では血中には溶けません。そのため、タンパク質と結合して血中に存在しています。このLDL−コレステロールの血中の濃度が高すぎると、血管壁に蓄積し始めます。すると血管が細くなり血栓ができ、動脈硬化を引き起こします。心臓に酸素を供給する冠動脈に蓄積すると、狭心症や心筋梗塞を引き起こします(※参考文献7-18)。

さて、肥満・高血糖マウスの腸内マイクロバイオータから、肥満・高血糖を悪化させる可能性のある腸内細菌の一つとしてファーミキューテス門のFusimonas intestini(FI)菌が同定されました(※参考文献7-19)。そこで肥満・糖尿病患者と健常者のそれぞれ34人の糞便中に含まれる腸内マイクロバイオータを解析したところ、FI菌を保菌している人の割合が肥満・糖尿病患者では、健常者の2倍ほど高かったのです。

そこで、腸内に大腸菌のみ定着させたマウス(ノトバイオートマウス)の餌にFI菌を添加して腸に定着させることで、FI菌の機能について解析が行われました。その結果、大腸菌のみ定着しているマウスと比較して、大腸菌とFI菌が定着しているマウスでは、高脂肪食を与えた際に体重と脂肪量が増加するだけでなく、血中コレステロール濃度が上昇することがわかりました。一方、通常食では、体重や脂肪量に変化が見られませんでした。

高脂肪食が腸に与える影響

この結果から、FI菌が高脂肪食中に含まれる脂質を代謝して産生する腸内代謝物が、肥満の症状を悪化させる可能性が考えられました。そこで大腸菌のみを定着させたマウスと大腸菌とFI菌を定着させたマウスの糞便中に含まれる腸内代謝物を解析したところ、高脂肪食を与えたときのみ、大腸菌とFI菌を定着させたマウスでトランス脂肪酸のエライジン酸が増加していました。つまり、FI菌は、高脂肪食中に存在する脂質を代謝してエライジン酸を作り出すことがわかったのです。

次に、大腸菌とFI菌を腸に定着させたマウスの血中に含まれる脂肪酸を解析したところ、血中のエライジン酸の濃度は増加していませんでした。つまり、エライジン酸が体内に取り込まれることで、肥満の症状を悪化させていたわけではなかったのです。

そこで、エライジン酸は、体内に取り込まれずに腸管に何らかの影響を与えている可能性が考えられました。

大腸菌とFI菌を定着させたマウスに蛍光標識された多糖類(デキストラン)を経口投与し、その血中濃度を測定することで、どれだけ腸管から吸収されたかが調べられました。その結果、大腸菌のみを定着させたマウスと比較して、大腸菌に加えてF1菌を定着させたマウスでは、腸管バリア機能が低下していました。つまりリーキーガットの状態になっていたのです。

おさらいになりますが、腸管には、炎症反応を引き起こす物質や細菌などが血中に入り込まないためのしくみ「腸管バリア機能」が備わっています。このバリア機能が低下すると、腸から本来透過することはない未消化物や老廃物、微生物成分が生体内に漏れ出すようになります。このような状態をリーキーガットといい、これらの物質が血中に混入して炎症を引き起こすことをリーキーガット症候群と呼ぶのでした。

トランス脂肪酸に注意

そこで、エライジン酸を肥満マウスに経口投与したところ、腸管バリア機能が低下しただけでなく、肥満や糖尿病の症状が悪化しました。これらの結果から、FI菌が産生するエライジン酸は、腸管バリア機能を変調させ、肥満や糖尿病を悪化させることが明らかになりました(※参考文献7-20)。

なお、このエライジン酸は、マーガリンやショートニングといった食品にも含まれています。エライジン酸のようなトランス脂肪酸の摂取量が多いと心血管系の疾患リスクを高めることがわかっています。そこで世界保健機関(WHO)では、トランス脂肪酸の摂取量を1日の摂取エネルギーの1%未満にすべきと勧告しています。日本人の大多数は、1%を大きく下回っていますが、脂質の多い食事をしている場合には、注意が必要です。

以上の研究結果から、腸内マイクロバイオータは、さまざまな腸内代謝物を産生しますが、その中には健康を害する、つまり肥満や炎症などを引き起こす脂肪酸を産生している場合があることが明らかになりました(図7─3)。

バランスの取れた食事は、腸内マイクロバイオータの組成の乱れ(ディスバイオシス)を防ぐだけでなく、エライジン酸のような健康を害する脂肪酸の産生やその産生細菌の増殖を防ぐことにもつながると考えられます。どのような食事内容(食事に含まれる成分)がどういった疾患の予防に効果があるのか、今後の研究が待たれます。

※参考文献

7-18 Ascherio A et al., New England Journal of Medicine 340, 1994-1998, 1999.

7-19 Kameyama K, Itoh K, Microbes and Environments 29, 427-430, 2014.

7-20 Takeuchi T et al., Cell Metabolism 35, 361-375, 2023.

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