じつは危機に瀕している「日本の鉄道」の救世主となるか…世界でトレンドになっている「鉄道業界のAI活用」の現状

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AI(人工知能)による鉄道の変革が本格的に始まった。先日、ドイツの首都ベルリンで開催された「イノトランス(InnoTrans=国際鉄道技術専門見本市)」では、「AIモビリティラボ」という展示が初めて設置された。また、同会場に出展した日本企業の中には、AIを活用した新技術を発表した会社もあった。

なぜ鉄道にAIを導入しようとしているのか。AIを導入すると、鉄道事業者(鉄道会社)にとってどのようなメリットがあるのか。今年の「イノトランス」での出来事を振り返りながら、それらを探ってみよう。

AIが鉄道業務を効率化する

まず、結論から言おう。鉄道にAIを導入するメリットは、業務の効率化にある。つまり、AIを活用すれば、従来はできなかったこと、すなわち輸送需要に見合った列車運行の最適化だけでなく、車両や、レール・信号設備・電気設備などのインフラのメンテナンスの省力化などができるようになるのだ。それらが実現すれば、鉄道事業者は、鉄道運営に要する人員やコストを削減でき、人手不足や技術継承の問題を解決する可能性を高められる。

なぜAIによってそれらが実現するのか。それは、収集した膨大なデータ(ビッグデータ)をAIで処理し、必要な情報だけを取り出すことが可能になったからだ。

この話は抽象的なので、わかりにくいと感じる人もいるだろう。そこで、車両やインフラのメンテナンスを例にして、具体的に説明しよう。

車両やインフラのメンテナンスは、鉄道にとって重要な作業だ。なぜならば、それらの状態が良好でないと、事故やトラブルが発生し、鉄道の使命である輸送の安全を実現できないからだ。

ただ、鉄道事業者にとっては、これらのメンテナンスが大きな負担になっていた。理由は単純で、多くの人手や時間、そしてコストを必要とするからだ。もちろん、機械化によって効率が上がった作業もあるが、現在も作業員による手作業や、目視による確認に頼る部分が大きい。また、インフラ検査は、長らく作業員が線路を歩いて実施されてきた。

AIの活用が世界の鉄道業界のトレンドに

このため近年の鉄道業界では、メンテナンスの省力化が進められている。その代表例には、「車両の機器の常時監視」や「インフラ検査の車上化」が挙げられる。

「車両の機器の常時監視」は、機器の状態をリアルタイムで把握して、故障や、その予兆を早期発見することを指す。機器の状態は、センサーやカメラなどでデータ化して、オペレーションセンターに伝えられる。

いっぽう「インフラ検査の車上化」は、インフラ検査をする機器を車両に搭載し、その車両が線路を走らせることで、インフラの「健康診断」をすることを指す。本年6月に引退が発表された東海道・山陽新幹線の「ドクターイエロー」は、走りながらインフラ検査を行う車両の一例である。近年は、旅客を乗せる営業用車両にインフラ検査装置を搭載する例が増えている。

ここで紹介した「車両の機器の常時監視」や「インフラ検査の車上化」を実施すると、車両やインフラに関するビッグデータが得られる。かつてはそれを高速で処理する手段がなかったが、現在はAIがそれを短時間で処理し、精密検査や修繕の必要がある箇所を絞り込んでくれる。

だから、AIの活用が世界の鉄道業界のトレンドになったのだ。その背景には、近年におけるAIの急速な発達がある。

世界の鉄道関係者が情報交換する「AIモビリティラボ」

このトレンドを反映して、冒頭で紹介した「イノトランス」では、AIの活用に関する情報交換を行う場として「AIモビリティラボ」が設置された。ここでは、AIや鉄道の専門家による講演やパネルディスカッションが行われた。これは、1996年に第1回「イノトランス」が開催されて以来、初めてのことである。

「イノトランス」は、世界最大の鉄道見本市(正確には交通見本市)である。会場となった国際会議場(メッセ・ベルリン)は、約11万平方メートル(東京ビッグサイトの約3.4倍)の展示ホールと、全長3500メートルの線路がある屋外展示場を備えた施設である。

今年の会期は9月24日から27日までの4日間。59カ国から2940の企業・団体が出展し、133カ国から約17万人が会場を訪れた。また、屋外展示場には、133両の鉄道車両が展示された(以上、公式サイトより)。

このような大規模かつ国際的な展示会で、AIの活用を語る場が設けられた。これは、AIが鉄道に変革をもたらすレベルまで発達し、鉄道関係者の注目の的になったことを意味する。

AI活用技術と鉄道車両を展示した日立製作所

今年の「イノトランス」でとくに目立った日本企業の一つに日立製作所がある。同社は、自社で製造した鉄道車両を屋外で展示するだけでなく、展示ホールにブースを設けて、会期初日にAIを活用した新しい技術を発表した。このように、屋外と屋内の両方で展示した日本企業は、今年の「イノトランス」では同社だけだった。

日立製作所は、ご存知の通り日本最大の総合電機メーカーである。また、鉄道車両や運行管理システム、信号システム、電気設備などを開発・製造する鉄道関連メーカーでもあり、それらを国内の鉄道事業者のみならず海外の鉄道事業者にも販売している。

同社には、欧州の鉄道市場に徐々に入り込んできた歴史がある。イギリスに高速車両を輸出しただけでなく、イタリアの鉄道車両メーカー(アンサルドブレーダ社)やイタリアの鉄道信号メーカー(アンサルドSTS社)、フランスの電機メーカー(タレス社)の鉄道信号部門を買収し、鉄道ビジネスの守備範囲を広げてきた。

同社が屋外で展示した鉄道車両は、イタリア向け高速車両(ETR1000)である。ETR1000は、「フレッチェロッサ(赤い矢)1000」という愛称で呼ばれており、すでに営業運転をしている。今回展示されたのは、イタリアにある同社工場が製造し、2026年春から順次納品する予定の改良型である。現在営業運転している車両とくらべると、欧州8カ国を走行できる機能が付加され、エネルギー効率の向上や、インテリアの刷新が図られている。

いっぽう、同社が発表したAIを活用した新しい技術は、「HMAX(Hyper Mobility Asset Expert:エイチマックス)」と呼ばれるデジタルアセットマネジメントサービスだ。これは、同社の鉄道システム事業を担う日立レールと、アメリカの半導体メーカー(NVIDIA:エヌビディア社)のコラボレーションによって実現した。プレスリリースには、「列車、信号、インフラの運用と保守を最適化」「鉄道事業者の鉄道の運用と保守を変革します」と記されている。

「HMAX」をどう広めるか

「HMAX」の大きな特徴は、データ収集から、修繕などの対処までにかかる時間を大幅に短縮できる点にある。車両やインフラに設けられたエッジ(端末)は、得られたビッグデータを自ら処理し、必要なデータのみを送信することで、それを受信するオペレーションセンターの負担を減らす。このため、従来最大10日だったメンテナンス拠点でのデータ処理にかかる時間が大幅に短縮され、その分だけ鉄道事業者が早く対処できるようになった。

日立製作所は、9月26日(「イノトランス」会期3日目)に、デンマークの都市鉄道(コペンハーゲンメトロ)に「HMAX」を導入すると発表した。また、同社によると、先述したETR1000の改良型にも「HMAX」を導入するそうだ。

なお、同社は、日本の鉄道事業者のAI導入も支援している。その一例であるJR東日本では、車両やインフラに関するビッグデータを収集し、それをAIで解析する技術が山手線ですでに導入されている。また、山手線の一部の電車では、レールや架線を撮影するカメラが搭載されており、それらの状態に関するデータが日々蓄積されている。

それでは、山手線に導入されたAI活用技術と「HMAX」では何がちがうのだろうか。日立製作所に聞くと、どちらも目指す方向性においては共通点が大いにあるという。ただし、現状の「HMAX」は、日本ではなく、イギリスやイタリアで積み上げた実績の上に成り立っている。また、「HMAX」は、車両やレール、架線だけでなく、信号システムをふくめた鉄道を構成する要素をオールインワンで最適化するソリューション群の総称なので、山手線の例とは同列に扱えないようだ。

同社は、「HMAX」を世界の鉄道に広めたいという。また、運用のちがいに応じてカスタマイズすれば、日本の鉄道事業者にも導入できると考えているそうだ。

もっとも必要とする国は日本?

先述したように、AIの活用は世界の鉄道業界のトレンドとなっている。今回紹介した「イノトランス」での「AIモビリティラボ」の設置や、日立製作所の「HMAX」の発表は、そのトレンドを示す出来事の一部である。

ここからは筆者の推測であるが、AIの活用による鉄道業務の効率化をもっとも求めている国は、おそらく日本であろう。なぜならば、日本の鉄道はすでに大きな危機に瀕しているからだ。近年は、コロナ禍を機に働き方改革が進み、ライフスタイルが変化したことで、鉄道の利用者数が減少した。今後は総人口や生産年齢人口が急速に減少するので、鉄道を利用する人がさらに減るだけでなく、それを支える人材の確保が難しくなる。このような状況で現存する鉄道を維持することは容易ではない。

それゆえ、日本の鉄道事業者は、世界の鉄道業界のトレンドにアンテナを向けたうえで、AIの活用に取り組む必要があると筆者は考える。

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