磯村勇斗が「社会に問題提起する作品」に出演し続ける理由

写真拡大 (全13枚)

『佐々木、イン、マイマイン』(2020年)やKing GnuのMVを手掛ける俊英・内山拓也監督の商業長編デビュー作『若き見知らぬ者たち』が、10月11日(金)より劇場公開する。

昼間は工事現場、夜は両親が開いたカラオケバーで働きながら亡き父(豊原功補)の借金返済と母(霧島れいか)の介護に追われる青年・彩人(磯村勇斗)。高校時代にはサッカーで前途有望だったにもかかわらず、一家を養うため夢を諦めてヤングケアラーとなった彼は、総合格闘技の選手として成功を目指す弟・壮平(福山翔大)に叶わなかった人生を託し、唯一の望みは恋人の日向(岸井ゆきの)とのささかやな幸せだった。しかしそんな彼の日常は、不条理な暴力で突然奪われてしまい……。

内山監督が知人の身に起こった事件を題材に描いたという本作は、世の理不尽さ・人の無情さを痛烈なメッセージ性を込めて描く野心作。主演を務めた磯村勇斗さんに、作品の舞台裏に加えて、『PLAN 75』『渇水』『月』(すべて2023年)など社会の歪みを描く映画に出演し続ける理由を聞いた。

「死にたいときもあった。でも…」演じるヒントになった介護当事者の言葉

――磯村さんは作品に入る前、認知症の家族を介護する方に取材されたそうですね。

磯村:クランクイン前から内山監督とはご飯に行く機会があり、実際に認知症の家族を介護する際の精神状態がどういったものなのか、認知症を患っている方がどのような表情や動きをするのかというところも含めて知っておきたいです、という話はしていました。

彩人の母・麻美役の霧島れいかさんも同じ気持ちだったため、監督がずっと取材されていた方と僕たちもお会いする機会をいただきました。

当事者の方が、「死にたいときもあったし、家族を置いて去ってしまいたい気持ちもあった。でも娘がいたから思いとどまった」と率直な気持ちを語ってくれました。実は台本を読んだとき、彩人のつらい境遇を考えると、なぜ彼が生き続けてこられたのかが疑問だったのですが、その方の意見が彩人を演じるうえで重要なポイントになりました。日向と壮平という第三者の存在が、彩人を生かす力になっていったのではないか――ということを軸に演じていきました。

ただ、実際に見たものをコピーするような形で演じてはいません。取材後に内山監督・霧島さんと話したときに、「あくまで個人差があるから、(当事者に)引っ張られないように」と監督が霧島さんにおっしゃっていて、彼女も「自分の中で生まれるものを大切にしたい」とおっしゃっていました。

監督のその言葉は、僕にとっても大きかったです。というのもやはり、実際に当事者の方にお会いすると、僕は影響されてしまうんです。でも、自分の中で生まれるものを表現するんだという方向性を二人から確認できたこと、そして初日に現場で霧島れいかさんが演じるお母さんを見たときに「もう大丈夫だ」と思えました。

タイトルが出る前に主人公が打たれる衝撃のシーン

――寡黙で無気力に見える彩人ですが、演じる際に磯村さんが意識していたことを教えて下さい。

磯村:幾つか柱にしていたものの一つは、「息をするだけで精一杯」というものです。呼吸が常に浅くて、ため息交じりの吐息が多い人物、という解釈で演じていきました。彩人が使う喘息の吸引器もその象徴に思えましたし、そうしたことが結果的に「(思いを)口に出す力もない」ところにつながっていくのではないかと。

――『若き見知らぬ者たち』のタイトルが出る直前に、彩人が拳銃で頭を打たれますよね。初めて観た際は衝撃を受けました。

磯村:様々な解釈ができるシーンなので、明確にこうであるという答えは多分ないと僕は思っています。そのうえでですが、あのシーンを作ったのは、彩人の人生は物理的には死んでいないけれど内面的には死んだのではないかと、最初に脚本を読んだ際に僕は捉えました。或いは、「もう逃げてしまいたい」という欲なのかもしれません。そんなことを考えつつ、自然と動いていたことにしたいなと思い、あまり色を付けずに演じていました。

――劇中には、父親の「この世のあらゆる暴力から自分の範囲を守る」というセリフが登場します。彩人は生きることに無気力なのに、見ず知らずの青年を警官からかばいますが、あれは彼の「守りたかった」ものなのでしょうか。

磯村:警察と若者のやり取りのシーンは、彩人を理解するうえで大事なものになりました。確かに彼はずっと死んだように生きていますが、やはり許せない部分や自分が本当に守るべきものが必ずあって、それは圧力かもしれないし、理不尽なのかもしれない。あえて明確な答えは言いませんが、絶対にそこだけは譲れない部分があるのが魅力的だなと思っています。

弟・壮平の格闘シーンは、僕たちの「声」であり「希望」

――彩人とは対照的に、境遇や環境に抗おうとするのが弟の壮平です。ともすれば、「みんな壮平みたいに頑張ればいい」というような自己責任論に捉えられてしまう可能性もあると思います。本作における壮平という存在について、どう考えますか?

磯村:おっしゃるとおり、だからこそ、彩人と壮平という2人のキャラクターをどう見せていくかが重要でした。僕は、壮平は僕たちの「声」だと思っています。声が格闘という形になってシンボリックなものになっている気がしていて、だからこそこの映画にとっての希望であり、彩人にとってもそうだったのではないかと。

それは決して暴力ということではなく、何かに打ち込んで勝利を目指し、肉体を使って表現する行為が希望になっている。いま若者のあいだで「BreakingDown(ブレイキングダウン)」(※)が流行っている理由も、そういったものに近いのではないでしょうか。彩人と同じように内にどんどん入ってしまい、声になかなかできない人が多いなかで、ブレイキングダウンのようなものに大衆が集まって熱狂するのは、自分の気持ちを解放したいからではないかと考えています。

※プロの格闘家や素人の腕自慢らが集い、1分間で勝敗を決める格闘技イベント。インターネットでも配信され、過激な演出で一部の若者から人気を集めている。

社会問題を扱う作品に出演し続ける理由

――お話を伺って、磯村さんが『月』で準備されたことが今回生きているのではないか、と思いました。

磯村:あまり「前回のこれを使えるかも」とは考えませんが、演じているのは磯村勇斗だから、少なからず経験してきたことは現在に影響を与えているはずですよね。「介護」の現場が抱える問題も、知識として残っています。『月』のときに障がい者施設で研修をさせていただいたのですが、実際にそこで働くスタッフさんたちとお話しして感じた問題意識は、『若き見知らぬ者たち』で描かれる問題ともつながっているように思います。

介護スタッフの給料の低さ、支援制度があってもそこまで辿り着けない彩人のような人たち……介護現場のさまざまな問題は、行政や国のシステムの問題だと僕は捉えています。

――『PLAN 75』『渇水』もそうかと思いますが、磯村さんの出演作は、日本の社会が抱える問題を扱うものが多いように思います。そうした作品に食指が動きやすい、というのはあるのでしょうか?

磯村:それはあるかと思います。『PLAN 75』『月』『渇水』、そして『若き見知らぬ者たち』の登場人物たちはそれぞれ境遇や環境は違えど、社会のしわ寄せの波に巻き込まれ、押し殺されそうになっている人々。そういった人々の問題に関心があるんだと思います。

――いち観客としても、そうしたテーマのある作品に惹かれますか?

磯村:そうですね、扱う問題やメッセージ性に惹かれて観ることは多いですね。違う時代の映画だとしても、現代に通じる部分を探して観ている気がします。

最近だと、『福田村事件』(2023年)を観たときがそうでした。ちょうどその頃に『月』の公開が控えていて、違う作品ではあれど、根本にある問題は同じような気がして、だからこそ応援していました。「また掘り起こすのか」という意見もありましたが、最近のニュースなどを観ていてもやはり終わらないものですし、繰り返されるものでもあるなと感じます。

閉塞感のある世の中だからこそ、パッと明るいエンターテインメント映画も必要です。ただ、社会的なテーマをしっかりと扱っている映画が表に出て認知されていくことは、自分もこうした作品に携わることが多いのもあり、勇気づけられます

スタイリスト/笠井時夢 ヘアメイク/佐藤友勝

『若き見知らぬ者たち』は10月11日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開

石井裕也監督と磯村勇斗が重度障がい者施設で目の当たりにしたもの「想像とまったく違った」