【14日に防衛戦】WBCバンタム級王者・中谷潤人のレベルが違いすぎる…直前の練習で見せた圧巻の実力

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別階級日本王者と練習

「バランスの良い選手で、色々な角度からパンチを出せる印象を受けました。とても充実した練習になりました。ありがたかったです」

10月5日、WBCバンタム級チャンピオンの中谷潤人(26)は、日本スーパーフライ級王者、の高山涼深(27)をスパーリングパートナーに呼び寄せ、5ラウンド打ち合った後、そう述べた。

10月14日にサウスポーのタイ人、ペッチ・ソー・チットパッタナ(タサーナ・サラパット)の挑戦を受ける中谷は、8月23日から9月24日までLAでキャンプを張り、4名のパートナーを相手に合計162ラウンドのスパーリングをこなした。

帰国後の9月27日より、所属するM.Tジムで最終調整に入り、高山ら3名のサウスポーを相手にさらにチットパッタナ対策を練っている。が、高山は風邪をひき、予定されていた何日かのスパーリングをキャンセルしてしまう。ようやく世界チャンピオンのいるジムに足を運んだのが、この10月5日だった。

「自分をパートナーに選んでもらって、光栄です。1カ月で162ラウンドのスパーなんて、半端じゃないですよ。でも、世界で戦うのなら、そのぐらいやらないとダメだなとも感じます」と、話していた高山だったが、渋滞に巻き込まれ、M.Tジムへの到着が約束の時間から20分ほど遅れる。遅刻を詫びると中谷は笑顔で応じた。

高山はウォーミングアップとして4ラウンドのシャドウボクシングを終え、リングに上がる。中谷と対峙すると、普段と違う自分を感じた。

「グロービングをして向かい合うと、独特の雰囲気があって、呑まれるかのようでした。テーマを持って僕を迎え撃つ雰囲気が物凄く伝わってきて、いつの間にかガチガチに緊張していましたね。でも、ここまで来たんだから、どこまで自分が通用するか試そう。倒されてもいいから、胸を借りるつもりで取り敢えず、行くぞ、と。

ただ出すだけのジャブもどこかであるだろうと思っていたので、そこに僕の左ストレートを合わせたいと考えました。ひょっとして、一発でもいいのが当たれば、ちょっとは警戒してくれるかな、という気持ちでした」

初回、中谷はジャブを多用してきた。高山はそれを掻い潜ることを意識して向かっていく。

「潜って、潜って、左ストレートを狙いつつ、ボディブローを当てられたら、と。とにかくプレスを掛け続けました。2ラウンドは中間距離で、3ラウンド目は離れたり、接近したりのミックスでしたね。この回から、アッパーが飛んできました。左右のアッパーを、めっちゃ打ってきましたね。ただ、もらってはいたものの、顎を引いて前進しながらだったので、体が伸び切った状態では喰らっていません。

第4ラウンドはアッパーに加え、カウンターを狙われました。僕が放つパンチ全てにカウンターを合わせてくるんですよ。だから不用意に手を出せないのですが、攻めないと僕の距離にならないので、相打ち覚悟で前に出ました。最後の第5ラウンドは、フットワークを見せたり、くっついたりと、リングを大きく使われました」

間近で感じた中谷の圧倒的な実力

8戦全勝7KOで日本王座を2度防衛中の高山に対し、WBCバンタム級チャンプの戦績は、世界タイトル3階級制覇を含む28戦全勝21KO。来たる14日の試合が終われば、中谷が経験する世界戦の数は、高山のプロでの試合数と同じになる。

「中谷選手は3つの階級で世界を獲り、昨年はKO of The Yearも受賞。この7月に『Ring』誌が選んだパウンド・フォー・パウンドで9位。でも、それ以上に何かを成し遂げていてもおかしくない選手だと思いました。僕が拳を交えた中では、段トツの強さです。

懐が深く、パンチが伸びてきます。接近戦では顎へのアッパー、遠目からは、ジャブからの左ストレートが怖かったです。5ラウンドを通して手応えがなく、全部やられたなという感じです。捌かれましたね。距離の取り方、重心移動、そして、力を入れる時と入れない時の強弱の付け方が抜群です。日本タイトルマッチよりも消耗してヘロヘロになりましたよ。これが世界なんだなと、肌で教わりました。まだまだ遠いですね。もの凄くいい経験をさせて頂きました」

そして、高山は結んだ。

「中谷選手は、動きがナチュラルです。考えてじゃなく、自然に動くって言うのでしょうか。ガチで僕を倒そうとはしなかった。ラウンドごとにテーマがあり、タイミングを計ったりしていたんでしょう。能力を出し切ってはいませんよ。本気で打ち合っていたら、歯が立たなかったでしょうね……。

一番驚いたのは、臨機応変さです。普通の選手ではイメージしても出来ないことが、無意識にやれてしまう。また、シャドウ一つにしても丁寧に、かつ大事にやっていて、時間の無駄をしない。そこに強さの源があるように見えました。自分も見習わないといけませんね」

どんな時もHappyな状態に

王者、中谷は自身の練習について語る。

「試して、勉強して、反省しての繰り返しです。体調にもよりますが、ディフェンス主体だったり、くっついたり、遠い距離とか、多くの指示がトレーナーから出ますから、その時その時でいかに相手に対応するかですね。日々、考えてやることが大事です。

今回のキャンプでは、右はストマック、左はレバーというボディ打ちも一つのテーマになっています。相手の体を上げて、またボディという流れを反復しているところです」

中谷のトレーニング風景を見て驚かされるのは、自分をとことん追い込める強靭なメンタルを礎とした、集中力の高さだ。

「正直、しんどい日や、気持ちが乗らない日もあります。でも、そこで自分と戦うんじゃなく、受け入れる。葛藤する時間が勿体無いですし、成長に繋がるかなと感じています。例えば左足が痛い日は、使わないようにやればいいですよね。

走り込みでもラッシュでも、『キツイな』『今日は体が重く、動かないな』という瞬間を、楽しむようにしています。ルディが毎回、『ジュント、Happyか?』って訊いてくるんですよ。スパーリング中も、試合中のインターバルでもです。15歳の頃から、いつもそういう質問をされるので、どんな時もHappyな状態でいるスイッチが入っています」

中谷の挑戦者、チットパッタナは、WBCランキング1位だが、2018年12月30日に催された同暫定王座決定戦で、現WBA王者の井上拓真に判定負けを喫している。どう見ても、中谷の相手ではない。とはいえ、そこで気を緩めず、足元を見つめて周到な準備をするのが中谷のチームだ。

15歳だった中谷が単身で渡米して以来、二人三脚を続けるトレーナーのルディ・エルナンデス(61)は、今回の防衛戦を次のように話した。

「どんな世界タイトルマッチでも、試合当日に優秀なファイターが勝つ。確かに、今回のチャレンジャーはカードが低かったり、スピードに欠けるように見えるかもしれない。しかし、世界戦の舞台に上がる選手が、簡単な相手である筈がない。だから100パーセントの準備をしなければいけないんだ。あのタイ人ファイターは、何がなんでも世界チャンプになってやるぞと、死に物狂いで向かってくるよ。だから敢えて、最悪のシナリオを想定する。

私にとって、ジュント以上の生徒はいない。彼こそがベストだ。とにかく、己をボクシングに捧げている。油断なんていう言葉は全く見えない。そういう意味では、教えやすいよ」

中谷は言った。

「15でアメリカに渡った時、『あいつに世界チャンピオンなんて無理だろう』という視線も感じました。でも、自分を信じることが、力になりましたね。どんな局面でも、どれだけ自分を信じられるかです。そして、目標に向かってやるべきことをこなしていく。その積み重ねですね」

WBCバンタム級チャンピオンの発言は、ドイツの詩人、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの言葉と酷似する。「自分自身を信じてみるだけでいい。きっと、生きる道が見えてくる」。ゲーテは、そう説いた。

「最近、練習の成果を試合で発揮出来るようになってきた感があります。僕の強さを感じ、さらに期待して頂ける試合にしたいですね」

井上拓真との統一戦を希望する中谷は、WBA王者がチットパッタナから挙げた白星以上の内容で勝利することを己に課して有明アリーナのリングに上がる。14日は、いかに鮮やかに挑戦者を沈めるかに注目だ。

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