「自分の子は“4人”」だと栄介さんは言う。

写真拡大

【前後編の後編/前編を読む】62歳夫が“還暦を過ぎて子供を認知”するまで 夫婦のすれちがいは次女の「しつけ」をめぐって始まった

 波野栄介さん(62歳・仮名=以下同)は、今年の春、過去に関係のあった女性との間にできた子を認知したという。結婚は、28歳の時に“姉さん女房”の由佳里さんと。経験が豊富な彼女に魅了され、交際半年で「結婚しよう」と告げたという。3人の子に恵まれたが、しつけをめぐり「教科書通り」を押し付けしようとする妻とは時折ぶつかった。そして40代になると、妻の愚痴をさけるために仕事帰りには飲み歩くようになった。そこで出会ったのが、アルバイトとして働く25歳の沙良さんだった。栄介さんが43歳の時である。

「自分の子は“4人”」だと栄介さんは言う。

 ***

【写真を見る】「夫が19歳女子大生と外泊報道」で離婚した女優、離婚の際「僕の財産は全部捧げる」と財産贈与した歌手など【「熟年離婚」した芸能人11人】

 バーで働く紗良さんへの気持ちは、日に日に敬意から恋愛感情へと発展していった。だがもちろん、紗良さんに気持ちを伝えるわけにはいかない。

「彼女がそんな年上の僕に惹かれるはずもないし、しかもこちらには家庭がある。まったく対象外なのだから、妙な自意識をもつなと自分に言い聞かせていました」

 それでもどこでどうなるかわからないのが男女の仲。ある日、ひどくつらそうな紗良さんに声をかけると「ちょっと疲れがたまって風邪気味なのかも」とかすれた声が返ってきた。

 気をつけてと言い残して帰ろうとすると、マスターが「波野さん」と声をかけた。帰る方向が同じだから、彼女のアパートまで送ってくれないかとタクシー代を渡してきたのだ。

「いや、誰か女の人はいないのと見回したんですが、いなくて。『波野さんならヘンなこともしないだろうしさ』とマスターはつぶやいた。周りの常連も、そうだよとばかりに頷いている。信頼されているのがうれしかったが、男として安全パイだとみられているのが少し癪でもあった。

「熱があるようなので、とにかく早く帰して寝かせたほうがいいと承諾しました。タクシーで部屋まで送ると、彼女は中に入ってほしいと言うんです。解熱剤とか風邪薬はないのと聞くと、ふだん元気だから用意していないと。じゃあ、買ってくるよと近くのドラッグストアで、解熱剤、風邪薬、熱を冷ますシート、経口補水液、ついでにレトルトのおかゆなどを買って戻りました。脱水症状にならないよう水分をとらせて解熱剤を飲ませて。子どもが小さい頃、こんなふうに看病したこともあったなと思い出しましたね。帰るからねと言って鍵を閉め、その鍵を部屋の新聞受けに入れて帰りました」

紗良さんの過去

 ぶらぶらと駅まで歩いていくと、「女の子の匂い」を感じたと栄介さんは言う。ヘンな意味ではなく、若い女性のもつ香りが鼻孔をくすぐるような気がしたのだそうだ。それは恋愛感情の香りかもしれない。

「若いっていいですよね。翌日、彼女から連絡があって、今日はすっかり元気になったと。明日バイトに入るので、一杯おごりますって。ありがたくお礼を受けることにしました」

 なぜかその日はあまり客が多くなく、栄介さんは紗良さんの個人的な話をじっくり聞くことができた。紗良さんが接客の合間に、やたらと自分の話をしたのだ。

「父親がいなかったんだそうです。彼女が母親に聞いたら、おとうさんは事故で亡くなったという。でも家には仏壇も位牌もなかった。その後、母は実は事故ではなく離婚だったって。でも紗良の戸籍には父の名前もない。母の言うことはめちゃくちゃだった。そして紗良が大学受験に合格したその日、母は自ら命を絶ったというんです。25歳の女性が、そんな過酷な人生を歩んでいたなんて驚きました。彼女は母の残した貯金で学費を払い、20歳になってから自宅を売って、小さな今のマンションを買った。本当はちゃんと就職したほうがいいんだろうけど、若いうちだけでもと好きな芝居に打ち込んでいる、ということを話してくれました」

 紗良さんが栄介さんに父親を感じていたのだろうということは、彼自身も想像がついた。それなら父親役を担ってもいいとさえ思ったそうだ。

“疑似父娘”

 それからは仕事終わりの彼女を送っていったり、たまに食事をともにしたりした。紗良さんは精神的に安定している女性で、彼女がわがままを言うことはまずなかった。「バイト代が出たから、今日は私に奢らせてね」と言ったこともある。

「疑似父娘だったんだと思います。それはそれで均衡が取れていた。僕も自分の下心を意識することなく、娘のように接しました」

 最初で最後のわがままを聞いてと、紗良さんが泣きながら言ったのはときどき会うようになってから1年ほどたったころだった。

「具合の悪い紗良を送っていったとき以外、僕は彼女の部屋に入ったこともなかったんです。ただ、その日、紗良を送っていくと『栄介さん、コーヒー好きでしょ。ものすごくおいしい豆が手に入ったの。飲んで行ってほしいんだ』って。自分の中の“男”は、彼女に対しては制御できると思っていたので気軽に応じました。ものすごくおいしいコーヒーをごちそうになり、彼女の新しい芝居の話も聞いて、そろそろ帰るねと玄関に向かったとき、紗良がいきなり後ろから抱きついてきたんです」

 お願い、1度だけでいいの。絶対に約束を守るからと紗良さんは涙声でささやいた。そんな女性を振り切って帰るほど、彼は冷たくはなかった。だが、彼は紗良さんに恋人がいると感じていた。

「彼は……いいの? と聞いたら、フラれたもんと。そんな夜は寂しいですからね。眠るまで一緒にいるよと言ったら『そうじゃないの。1度でいいから女として見て』と。限界でした」

あっけなく歯止めを失い

 彼の中の“男”はあっけなく歯止めを失い、暴走を始めた。明け方まで、紗良さんは何度も彼を求め、彼も必死で応じたという。

「始発で帰宅して、こっそりシャワーを浴びてリビングへ行くと、妻はもう起きて朝食の準備をしていました。『飲み過ぎ?』と言われて『カラオケボックスで、同僚に置き去りにされて寝てた』と言ったら『ふうん』って。背中を向けたままだったから妻の表情はわかりませんでしたが、声は柔らかくはなかったですね」

 出勤には早かったが着替えて家を出た。駅近くのコーヒーショップでモーニングセットを食べて、久しぶりに徹夜明けで仕事をした。

「もう、よれよれになってその日は定時で上がりました。年だなあと思いながら、それでも紗良の体の感触がリアルに感じられて、体は疲れているのに心は飛び跳ねるくらいうれしかった」

 帰宅途中で紗良さんにメッセージを送ろうとしたが送れなかった。どうしたんだろうと他のSNSから連絡をとろうとしてもとれない。携帯に電話をしてもつながらなかった。

「翌日になっても連絡がとれない。SNSはどうやらブロックされている。何があったのかわかりませんでした。帰りに紗良の部屋に寄ってみたんですが、電気もついてないし応答もない。その次の日、昼休みにまた行ってみたんです。管理人室があったから、昼間なら誰かいるんじゃないかと思って」

1年後に送られてきた写真

 管理人はいた。紗良さんのことを尋ねると、昨日、急に引っ越していったという。購入したマンションのはずなのにと言うと、ここは全部賃貸ですよと言われた。

「紗良が嘘をついていたのがショックでした。その晩、アルバイトしていた店に行くと、マスターが『紗良ちゃん、急に辞めちゃったんだよ』と声をかけてきた。他の常連たちもどうしたんだろうといぶかしがっていました。誰より僕が混乱していた」

 それきり紗良さんの行方はわからなかった。心配だったし、未練もあった。だが、一方では家庭ある身の上を考えれば、これでよかったのかもしれないとも思った。そうやって納得するしかなかったのだ。

1年たったころ、紗良さんから1枚の写真がメッセージとともに送られてきた。

「栄介さんに似てるでしょって。赤ちゃんを抱っこしている写真でした」

 昼休みにそれを見て、栄介さんは比喩ではなく、本当にひっくり返りそうになったという。確かにあのとき紗良さんは避妊を拒否した。私はピルを飲んでいるから、と。栄介さんは真に受けた。紗良さんが嘘をつくはずはないと思ったから。

「どう返事をしたらいいかわからなかった。オレの子なのかと聞くわけにもいかないし、認知するよとも言えない。どうしたらいいんだろうと思いながら月日が過ぎていきました。正直なところ、だんだん記憶も薄れつつあった」

突然、会社を訪問して来た青年

 栄介さんの勤務先は定年が65歳なので、彼は今も現役のサラリーマンである。今年の春、栄介さんのもとへ、ひとりの若者が訪ねてきた。

「受付から呼び出されて行ってみると、すらっとした10代の青年がいたんです。すぐにわかりました。紗良の子だと。苦い思いがこみ上げてきました」

 近くの喫茶店へ行くと、彼は礼儀正しく名乗り、紗良さんの子だと言った。あなたがおとうさんなんでしょうか。DNA鑑定をしてもらえませんか、と彼は申し訳なさそうに頼んできた。

「紗良はどうしてますかと言ったら、『死にました』と。死ぬ前に『あなたには出自を知る権利がある。この人にDNA鑑定を頼みなさい』と僕の名前と会社名を告げたそうです。彼は18歳になっていました。紗良は、本当に僕と1回だけ関係を結んで自ら去っていった。妊娠に気づいても連絡してこなかった。そしてひとりで育てたんです。『母ひとり子ひとりで大変だったでしょう』と聞いたら、『母はいつも明るかったし、最後は雇われでしたが、バーのママもやっていたんですよ。人気者でした』と。ああ、紗良ならいいママになったんだろうなと思いました」

 紗良さんは、自分が妊娠したことを栄介さんは知らない。知らせるつもりもなかった、勝手な生き方をしてごめんと息子に謝罪したそうだ。

「知らないままでもいいんだけど、母がいなくなった今、やはりおとうさんがどういう人かだけでも知りたくてと彼が言うんです。どうしようもない後悔に襲われて、DNA鑑定をしようと僕から言いました」

 結果は親子関係があるとわかった。栄介さんは、自ら「認知」した。潔かった紗良さんのためにも、ここは自分が逃げてはいけないと感じたのだ。

「こうなったら妻にも話すしかない。今、うちは夫婦ふたりきりなんです。長女は結婚して遠方におり、いたずら好きだった次女は日本を飛び出していった。末っ子長男もひとり暮らしをしています。妻にはすべて正直に話しました。認知するからということも」

「自分の子は4人」

 妻は「どうしてこの年になって、そんな裏切り話を聞かなければいけないの。わざわざ認知なんかする必要ないでしょ。財産とられるってことでしょ」と嘆きました。息子にそんな意図はない。だいたい財産なんてないに等しいじゃないかと言うと、「わけのわからない女とそんな関係になって子どもまで作って。私たちは裏切られた」と身も世もなく泣き続けた。

「こういうときこそ冷静に対処してほしかったけど、妻の言い分ももっともですから、僕に反論の余地はない」

 たったひとりになった息子の行く末も気になった。彼は春から働きながら大学の二部に通うのだと言っていた。しっかりした子なんだ、と栄介さんは妻に伝えた。

「しばらくひとりで考えたいと、妻は実家に帰ってしまいました。実家には高齢の母親が、妻の姉一家と住んでいるんです。とはいえ、いつまでもいられるわけじゃない。1週間ほどで帰ってきましたが、それ以来、ほとんど口を利いてくれません」

 妻は子どもたちにも相談したようだが、それぞれ忙しいので、思うように話し合えてはいないらしい。

「どうしても離婚したいならそう言ってほしいと伝えていますが、妻も結論を出せないみたいで。全部、僕が悪いんですけどね」

 つい先日、息子に連絡をとって紗良さんのお墓を聞いた。だが紗良さん自身の遺言で、遺骨は埋葬されていないという。息子の部屋に骨壺が置いてあるのだ、と。

「息子が住んでいるアパートに行ってきました。机の上に骨壺が置かれて、花が一輪手向けてあった。墓になんか入りたくないと紗良は言っていたそうです。いつかマンション型の納骨堂でも買おうかなと息子は言っていました。僕が買おうかと言ったら、息子は『いや、おとうさんには迷惑かけたくないから』と笑っていた。おとうさんなんて言っていいのかなとつぶやきながら……。誰が何と言おうとオレの子だ、助けになるよと言ったけど、彼は必要以上に接触してきません。紗良の子らしいなと思います」

 今後、家庭がどうなるかはわからない。だが、自分の子は4人だと栄介さんは言う。次男となった彼に、つらい思いはさせたくない。それが紗良さんへの供養になるはずだと彼は信じている。

 ***

 思えば、妻とのちょっとした「すきま風」が、そもそもの原因だったのかもしれない――。順調だった栄介さんの家庭生活がほころび始めた経緯は【前編】で紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部