「戦艦大和」の兵員が経験した、緊張感に満ちた「苛烈な業務」をご存知ですか?

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如何ニ苛烈ナリシカ

世界各地で戦争が起きているいま、かつて実際に起きた戦争の内実をさまざまな方法で知っておくことは、いっそう重要度を増しています。

そのときにきわめて役に立つ一冊が、吉田満『戦艦大和ノ最期』です。

本作は、戦艦「大和」に乗り込んでいた著者の吉田が、1945年春先の大和の出撃から、同艦が撃沈するまでの様子をつぶさにつづったものです。

吉田とはどんな人物なのか。1943年、東京帝国大学の法科在学中に学徒出陣で海軍二等兵となり、翌1944年に東大を繰り上げ卒業。その年の12月に海軍少尉に任官され、「副電測士」という役職で大和に乗り込みます。

やがて吉田が乗った大和は撃沈するわけですが、太平洋戦争が終わった直後に、大和の搭乗経験を、作家・吉川英治の勧めにしたがって一気に書き上げたのが本書です。

同書では、艦内の出来事が生々しく描かれます。

たとえば、出港のすぐあと、吉田はとある業務を担当しますが、それは非常に緊張感に満ちたものだったと言います。それは、艦の保全全般を請け負う「当直」に関わる業務でした。吉田は、当直の担当者の補佐である「副直将校」を経験しますが、それは苛烈なものだったと述べています。

〈一五一五(三時十五分)ヨリ一九一五(七時十五分)マデ副直将校ニ立ツ 警戒中ノタメ通常ノ舷門勤務ニ非ズ、艦橋勤務ナリ

艦内ノ綱紀万般ヲ掌握スル副直将校

乗艦当初、弱冠、シカモ学徒出身士官ノコノ身ニ、四時間ノ当直勤務ノ如何ニ苛烈ナリシカ

一瞬ノ隙ナク艦ノ四周ヲ警戒シ、碇泊艦ノ動向ニ留意シ、更ニ艦内日課ヲ計画、実施、点検セザルベカラズ 副直将校ハ常時駈足ニシテ歩行ヲ許サレズ〉

「世界最大の浮沈戦艦」とされた大和の中では、日々こうした緊張感に満ちた業務がおこなわれていたようです。戦争というものが招く、精神的な負荷、肉体的な負荷が、同書からは伝わってきます。

【つづき】「「戦艦大和」が出港した直後、通信士の男性が「艦内で泣いていた」意外な理由」では、大和での吉田の経験をさらに見ていきます。

「戦艦大和」が出港した直後、通信士の男性が「艦内で泣いていた」意外な理由