「アルツハイマー病発症」の原因が「腸」にもあるなんて…「短鎖脂肪酸」が「神経細胞」に与える「意外すぎる影響」

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「お腹の調子が悪くて気分が落ち込む」という経験がある人は多いのではないだろうか。これは「脳腸相関」と呼ばれるメカニズムによるものだ。腸と脳は情報のやりとりをしてお互いの機能を調整するしくみがあり、いま世界中の研究者が注目する研究対象となっている。

腸内環境が乱れると不眠、うつ、発達障害、認知症、糖尿病、肥満、高血圧、免疫疾患や感染症の重症化……と、全身のあらゆる不調に関わることがわかってきているという。いったいなぜか? 脳腸相関の最新研究を解説した『「腸と脳」の科学』から、その一部を紹介していこう。

*本記事は、『「腸と脳」の科学』(講談社ブルーバックス)を抜粋、編集したものです。

腸内代謝物と遺伝子の相互作用で認知症が発症する?

アルツハイマー型認知症をはじめとする認知症では、脳のニューロンにタウと呼ばれるタンパク質またはアミロイドβと呼ばれるタンパク質が異常に蓄積しています。

細胞内には、微小管と呼ばれるタンパク質があり、細胞分裂や細胞内のさまざまな物質を輸送する際のレールの役目を担っています。この微小管にタウタンパク質が結合することで、微小管の構造を安定化しています。しかし、ひとたびタウタンパク質に異常が起こると、タウタンパク質同士が互いに凝集して線維状の構造をとるようになり、細胞内で蓄積し、除去が難しくなります。

一方、アミロイドβは、脳内にあるアミロイドβ前駆体タンパク質が酵素によって切断されることで産生されます。タウタンパク質と同様に、互いに凝集して線維状の構造をとるようになると、細胞外で蓄積し、除去することが難しくなります。

これまでの研究から、タウタンパク質やアミロイドβの異常な蓄積がニューロンの細胞死を引き起こし、認知症の原因となる可能性が報告されています。しかし、なぜ異常な蓄積が起こるのか、その詳細な機構については明らかになっていません。蓄積させない方法や、蓄積後に効率よくニューロンから除去するしくみが解明できれば、認知症の治療や予防につながると考えられています。

じつはタウタンパク質やアミロイドβ以外にも、認知症に関係するタンパク質がいくつか知られています。それは、血中で水に溶けないコレステロールなどの脂質を運搬する役目を担っているリポタンパク質です。また、このリポタンパク質に結合して脂質の可溶性を補助しているのが、アポリポタンパク質です。

アポリポタンパク質にはさまざまな種類がありますが、その中でもアポリポタンパク質E(アポE)には3種類の遺伝子型があり(それぞれE2、E3、E4遺伝子と呼びます)、ヒトはそのうちのどれか一つを保有しています。その中でもE4遺伝子を保有していることがアルツハイマー型認知症を発症する危険因子として知られています。

腸内マイクロバイオータとアルツハイマー病

ヒトで見られるアルツハイマー型認知症の症状をマウスで引き起こすためには、アルツハイマー型認知症の発症に関連するヒトの遺伝子をマウスの遺伝子と入れ替える必要があります。具体的には、ニューロンにタウタンパク質が異常に蓄積するヒト由来の遺伝子変異(タウ遺伝子変異体)とヒト由来のアポE4遺伝子の2つを、マウスがもともと保有しているタウ遺伝子とアポE4遺伝子と入れ替えたマウス(TE4マウス)が作出されました。このTE4マウスは、加齢によってタウタンパク質がニューロンに異常に蓄積し、アルツハイマー型認知症を自然に発症します。

これまでの研究から、認知症の発症により腸内マイクロバイオータの組成が大きく変化することが明らかになっていました。そこでこのTE4マウスの腸内マイクロバイオータの組成を変化させた際、ニューロンにタウタンパク質の蓄積が起こるのかどうかについて解析が行われました。

驚いたことに、TE4マウスを無菌状態、つまり腸内マイクロバイオータが存在しない条件で飼育したところ(無菌TE4マウス)、ニューロンへのタウタンパク質の蓄積が抑えられ、アルツハイマー型認知症の発症が通常よりも遅くなりました。一方で、無菌TE4マウスに正常マウスの腸内マイクロバイオータを移植すると、ニューロンにタウタンパク質が蓄積するようになり、アルツハイマー型認知症の発症が通常よりも早まったのです。

腸内マイクロバイオータが腸内に存在することでアルツハイマー型認知症を発症するまでの時間が短くなったということは、腸内マイクロバイオータによって産生される何らかの腸内代謝物とアポE4が相互作用することで、ニューロンへのタウタンパク質の蓄積が促され、アルツハイマー型認知症を引き起こしていることを示します。逆にいえば、アポE4遺伝子をたとえ保有していたとしても、ニューロンへのタウタンパク質の蓄積を引き起こす腸内マイクロバイオータや腸内代謝物を同定さえできれば、アルツハイマー型認知症の発症を抑えることが可能になるかもしれないということです。

腸内マイクロバイオータが作る短鎖脂肪酸がカギ

私たちの周囲にはさまざまな微生物が存在しています。そのため、完全に無菌の状態で生活することは困難ですし、生まれたときから腸内には母親由来の腸内マイクロバイオータが存在しています。

そこで、通常の環境で飼育したTE4マウスに、認知症を発症することのない成長期の短期間だけ抗菌剤を投与し、腸内マイクロバイオータを一時的に除去しました。その結果、無菌TE4マウスとは異なり、アルツハイマー型認知症の発症を遅らせる効果は見られませんでした。しかし、成長期に抗菌剤を投与したオスマウスにだけニューロンへのタウタンパク質の蓄積が若干抑えられていたのです。この結果は、いったい何を示すのでしょうか?

まず、オスの無菌TE4マウスと、成長期に抗菌剤を投与したオスマウスの腸内代謝物の組成が比較されました。その結果、成長期に抗菌剤を投与したオスマウスでは、腸内代謝物に短鎖脂肪酸(酢酸、プロピオン酸、酪酸)が統計的に有意に多いことがわかりました。そこで、腸内マイクロバイオータの中でも短鎖脂肪酸を合成する腸内細菌を除去したところ、アルツハイマー型認知症の発症が抑えられたのです。一方で、TE4マウスの餌に短鎖脂肪酸を添加して与えるとニューロンにタウタンパク質が異常に蓄積しました。

つまり、腸内マイクロバイオータが産生する短鎖脂肪酸がニューロンへのタウタンパク質の蓄積を引き起こしたのです(※参考文献4-19)。しかしながら、この研究成果が、そのままヒトにも当てはまるのかについては、現時点では不明です。

この章で取り上げたさまざまな研究成果から、腸内マイクロバイオータや腸内代謝物と記憶や認知機能との間には相関関係がありそうだといえます。ただし、注意しなければならないのは、これらの物質の生体への作用は極めて複雑で、「特定の細菌や腸内代謝物が腸内に存在すると、記憶力の低下や認知症の発症を防げる(あるいは病気にかかる)」といった単純なものではなさそうだということです。今後の研究の進展が待たれます。

※参考文献

4-19 Seo DO et al., Science 379, eadd1236, 2023.

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