部屋の扉を開けたまま”死んだように”眠っていて...伝説のストリッパーの取材に恐る恐る訪れた遊軍記者を待っていた「まさかの事態」

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1960年代ストリップの世界で頂点に君臨した女性がいた。やさしさと厳しさを兼ねそろえ、どこか不幸さを感じさせながらも昭和の男社会を狂気的に魅了した伝説のストリッパー、“一条さゆり”。しかし栄華を極めたあと、生活保護を受けるに至る。川口生まれの平凡な少女が送った波乱万丈な人生。その背後にはどんな時代の流れがあったのか。

「一条さゆり」という昭和が生んだ伝説の踊り子の生き様を記録した『踊る菩薩』(小倉孝保著)から、彼女の生涯と昭和の日本社会の“変化”を紐解いていく。

『踊る菩薩』連載第112回

『かつて一時代を築き上げながら、生活保護を受け市井に沈んだ「伝説の一条」...その人生を世に知らしめた“遊軍記者”と彼女の「意外な出会い」』より続く

日雇い労働者たちの町

JR大阪環状線新今宮駅で降り、改札を右に出ると、大きな鞄を下げ、作業服を着た男たちの姿が目立ちはじめる。ここから地下鉄でたった2駅北へ上ると、そこは「虚飾の繁栄」を象徴する末野興産所有のビルが建ち並ぶ地域だ。しかし、街の雰囲気を知ると、2駅の距離が実際以上に長く感じる。

阪堺電車の線路を渡り、交差点を南に下ったあたりが釜ケ崎だ。「3畳1間・1200円」。簡易宿泊所の看板が目立ってくる。

一条は釜ケ崎の真ん中、西成警察署にも近い釜ケ崎解放会館の3階に住んでいる。

まず、ここの1階、「炊き出しの会」事務所に顔を出した。一条に連絡を取る際、私は「炊き出しの会」の稲垣浩に協力してもらっていた。

事務所には電話がひっきりなしに掛かっていた。稲垣にあいさつする。

「これから一条さんを訪ねます」

「この時間なら、部屋にいてはると思うけど、寝てるかもしれへんで」

急なコンクリート階段は、大人1人がやっと通れる程度の幅だ。2階の踊り場には、茶色の犬が気持ちよさそうに横になっていた。よほど人に慣れているのだろう。近寄っても目を開けない。死んだように眠る犬をまたいで、3階まで上る。端から2つ目が一条の部屋だ。表札はなかった。合板の扉が10センチほど、開いていた。

反応が、無い

静かになかをのぞくと女性の姿が見えた。こたつに足を突っ込み、上半身に布団をかけ仰向けで眠っている。ドアをノックする。

「トントン」

周りの迷惑にならないよう軽く叩く。それでも、目を覚まさない。5回、そして6回。

「ドンドン」

強く叩いた。それでも女性は目を覚まさない。この女性が一条なのだろうか。疑問が湧いてくる。約束の時間に寝ているとは変ではないか。アポを取って訪ねた先で、取材対象者が眠っているのは初めてだった。しかも、扉は開いたままなのだ。

「一条さん」

呼び掛けても、反応がない。

「一条さーん」

声を張り上げても反応はゼロである。女性はいびきもしていない。まるで死んでいるかのようだ。

失礼とは思いながら、玄関に入る。気配を感じて目を覚ましてくれないか。期待したが反応はない。万が一、女性が一条でなかったら、痴漢と疑われても仕方ない状況だ。誤解を避けるため、私は扉を大きく開けたままにしておいた。

苦渋の決断、そして邂逅

さすがにそのまま上がり込むのははばかられる。靴をはいたまま、ひざで歩くようにして身体をなかに入れ、腕を伸ばして女性の身体を揺すった。初めて会う女性をこんなふうに起こすのは妙な気持ちだ。「この人、一条さんだろうな。違ったらどうしよう」と不安もよぎる。

「一条さん、一条さん」

名前を呼びながら、強めに身体を揺すった。

女性はようやく目を覚ますと、身体を半分起こすようにして微笑んだ。

愛嬌のある笑顔だった。還暦前とはいえ、顔に刻まれたしわや動作の緩慢さは、すっかりおばあちゃんである。それでも彼女の笑顔には、一瞬にして人の胸を解き放つ明るさがあった。

「あら、来てたんやね?」

よかった。一条に間違いなかった。

「はじめまして」

私は頭を下げた。妙な初対面になった。

「どうぞ、どうぞ。靴脱いでください」

一条は手招きした。

「そこの扉も閉めてください。なんでそんなに開いてるんやろ?」

痴漢と間違われるのを警戒した私が全開した扉を、一条は不思議そうに眺めた。

『「ここまで落ちるとは思いませんでした」...糖尿病を患い仕事もできなくなった“元・伝説のストリッパー”が語った凄惨な「近況」』へ続く

「ここまで落ちるとは思いませんでした」...糖尿病を患い仕事もできなくなった“元・伝説のストリッパー”が語った凄惨な「近況」