「戦艦大和」が出港した直後、通信士の男性が「艦内で泣いていた」意外な理由

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ハンモックにつっぷして…

世界各地で戦争が起きているいま、かつて実際に起きた戦争の内実をさまざまな方法で知っておくことは、いっそう重要度を増しています。

そのときにきわめて役に立つ一冊が、吉田満『戦艦大和ノ最期』です。

本作は、戦艦「大和」に乗り込んでいた著者の吉田が、1945年春先の大和の出撃から、同艦が4月7日に沈むまでの様子をつぶさにつづったものです。

吉田とはどんな人物なのか。1943年、東京帝国大学の法科在学中に学徒出陣で海軍二等兵となり、翌1944年に東大を繰り上げ卒業。その年の12月に海軍少尉に任官され、「副電測士」という役職で大和に乗り込みます。

やがて吉田が乗った大和は撃沈するわけですが、太平洋戦争が終わった直後に、大和での搭乗経験を、作家・吉川英治の勧めにしたがって一気に書き上げたのが本書です。

同書では、艦内の出来事が生々しく描かれます。たとえば、出港の直後、艦内で一人の「通信士」がハガキを読みながら泣いているシーン。そこには複雑で切ない事情が隠されていました(読みやすさのため、一部編集をしています)。

〈通信士中谷少尉「ハンモック」ニ俯シ、声ヲ忍ンデ嗚咽ス 肩ヲ揺スレバ一葉ノ紙片ヲ差出ス

彼、「キャリフォルニヤ」出身ノ二世ナリ 慶応大学ニ留学中、学徒兵トシテ召サレタルモ、弟二人ハ米軍ノ陸軍兵トシテ欧州戦線ニ活躍中トイウ 醇朴ノ好青年ニシテ、勤務精励、特ニ米軍緊急信号ノ捕捉ハ彼ガ独擅場ナリ

サレド二世出身ノ故ヲモッテ少壮ノ現役士官ヨリ白眼視サレ、衆人環視ノウチニ罵倒サレシコトモ一再ナラズ 深夜、当直巡回中、甲板上ニ佇ミ物思イニ耽ル人影ヲ見シハカカル折ナリ

便箋ニ優シキ女文字ニテ誌ス 「お元気ですか 私たちも元気で過してゐます ただ職務にベストを尽して下さい そして、一しよに、平和の日を祈りませう」

待望ノ母上ノ手紙ナルベシ 家族ヨリノ便リヲ手ニシバシバ欣喜雀躍スル戦友ノウチニ、タダ独リカツテコノ歓ビヲ知ラザリシ彼 故郷ヲ敵国ニ持チタル者ノ不運トシテ、諦メイタル彼

僅カニ中立国「スイス」ヲ通ジテ通信ノ途残サレタルモ、最後ニ、死ノ出撃ノ寸前ニ、コノ機会ノ到来シタルナリ

字数ノ制限ノ故カ、文面余リニ簡潔 余リニ直截

「一しよに、平和の日を祈りませう」 万感籠メタルコノ一句ハ、今シモ米語ノ暗号解読ヨリ解放サレシバカリノ彼ガ肺腑ヲ、完膚ナキマデニ抉リタルベシ

母上ガ心遣リノ、痛キマデニ真実ナルヨ

ワレ言葉モナク「ハンモック」ニ上ル〉

「世界最大の浮沈戦艦」とされた大和の中では、こうした人々がそれぞれの人生を生きていた……そのことの重みが、同書からは伝わってきます。

【つづき】「「戦艦大和」の兵員が経験した、緊張感に満ちた「苛烈な業務」をご存知ですか?」では、大和での吉田の経験をさらに見ていきます。

「戦艦大和」の兵員が経験した、緊張感に満ちた「苛烈な業務」をご存知ですか?