石破新総理、総選挙後にありかも電撃訪中…中国ウォッチャーの風変わりな「石破茂論」

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石破茂氏が新総裁に

「新政権はできる限り早期に国民の審判を受けることが重要であると考えており、諸条件が整えば、10月27日に解散総選挙を行いたい。

いま内閣総理大臣でないものがこのようなことを行うのは、かなり異例のことであると承知しております。これが不適切なものだと考えているわけではございません」

石破自民党新総裁が、9月30日15時から党本部で行った記者会見で、いきなりの「解散爆弾」をブチ上げた。

憲法第7条には、「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ」として、「国事行為」の3番目に「衆議院を解散すること」と記されている。だが石破自民党総裁は、9月30日時点で、「助言と承認をする内閣」を築いていない。そのため、これは「異例」であると同時に、「不適切」であるのは言うまでもない。こんなことが許されるなら、自民党は中国共産党と同じになってしまう。

解散したければ、翌10月1日に、正式に総理に就任し、内閣を築いてから宣言すればよいだけのことだ。たかが1日の違いだが、「総理でない自民党総裁が解散を宣言する」というのは、「天に唾する行為」である。この「石破流ゴーマニズム宣言」によって、せっかく掴んだと思われていた「時の流れ」を、自ら早々に手放してしまうかもしれない−−。

時の流れを先週末に戻そう。9月27日に東京・永田町にある狭苦しい自民党本部8階ホールで実施された、事実上の日本の最高権力者を決める総裁選挙は、劇的な結末を迎えた。実に5回目の挑戦で、「最後の戦い」と背水の陣を張った石破茂候補(67歳)が、一発転劇によって他の8候補を打ち負かしたのだ。

この石破新総裁誕生については、すでに多くの政治の専門家たちが多くのことを話し、書いているので、重複はしない。私の心に湧き上がるのは、前にもこのコラムで綴(つづ)った「時の流れ」ということと、「還暦を超えて人は変われるのか」という2点だ。

以下、中国ウォッチャーによる、やや風変わりな「石破茂論」を申し述べたい。普段、「中南海」(北京の最高幹部の職住地)の権力闘争を追っていると、ふと見えてくる「永田町の風景」もあるのだ。

まず、「時の流れ」に関しては、約1ヵ月前(9月3日)にアップした本コラム「中国は『待ちハリ』…カマラ・ハリスは『反中でなく弱くて予測可能』な理想のリーダー」(連載第745回)で、私はこう述べた。

政治の世界には、「時の流れ」というものがある。「時流」を得た政治家は、まるで舟に乗って川下りをするが如く、スルスルと遊泳し、「勝機」を掴んでいく。まさに「勝ち将棋鬼の如し」だ。

逆に、「時流」に乗れない政治家は、「鮭(さけ)の川上り」のような状態になる。すなわち、いくら七転八倒しながら這(は)い進んでも、結果が伴わない。逆境に斃(たお)れてしまう。

こうしたことは、個々の政治家の実績や資質というよりは、「時流」が自分に来ているかどうかの問題である。広い意味で「運」と呼んでもいい。

現在、周知のように、日本とアメリカで同時に、国の最高権力者を決める「大一番」が展開中である。この自民党総裁選と米大統領選を見る時、私はどうしても「どの候補に時流が来ているか」という視点に立ってしまう。

日米に共通しているいまの「時流」を一言で言い表すなら、「刷新感」(さっしんかん)である。

日本は、2012年末から7年9ヵ月続いた安倍晋三政権と、その後の菅義偉政権、岸田文雄政権の残滓(ざんし)のような、自民党の裏金問題が勃発した。そこからの脱却を図ろうと、総裁選史上最多の9人が、政策を競っている。

そのキーワードが、「刷新感」である。この「時流」に一番うまく乗った候補が、最終的な勝者となる。(以下略)

「刷新感」にうまく乗った石破氏

私の見立てでは、この「刷新感」という時流に、自民党総裁選で一番うまく乗ったのが、石破氏だったと言える。

当選12回の石破氏に、何が「刷新感」かと思われるかもしれないが、ここで言う「刷新感」とは、年齢や当選回数ではない。「派閥」「裏金」(統一教会などとの)「癒着」といった、いわば「平成的政治手法」からの脱却という意味での「刷新感」である。

自民党安倍派の裏金問題が俎上(そじょう)に上る以前から、「孤高の人」石破氏に派閥はなかった。かつて「水月会」(石破派)という小派閥を擁していたが、令和3(2021)年の年末に、それまでの6年あまりの活動に終止符を打って解消してしまった。当時の朝日新聞(同年12月13日付)は、「これが冷や飯を食らい続けた首相候補の末路なのか」と、にべもない。

私も、「水月会」の政治資金パーティに顔を出したことがあるが、それは「斜陽の中小企業の株主総会」を見るかのようだった。見栄を張って有名ホテルの大広間で催すのだが、参加者が少ないため、何とも寒々しい。おまけに、会長の石破氏が、例の渋面で長広舌をぶつものだから、さらに場がしらけていく。熱心に石破演説を聴いているのは、われわれ記者の一部くらいだ。

当時は首相派閥である「清和会」(安倍派)の全盛期で、安倍晋三首相が「太陽」なら、石破氏は「月」だった。野球で言うなら、安倍氏が「長嶋茂雄」で、石破氏は「野村克也」。誠に明暗甚だしかった。

だが、「令和の政治」は「平成の政治」とは大きく異なる。日本の社会環境は、少子高齢化と地方の過疎化が進み、日本のGDPは2位からまもなく5位まで落ち、スマホ・ネイティブ世代が成人を迎えた。

平成の後半に栄華を極めた安倍氏は、周知のように2年前にテロに斃(たお)れた。同時に安倍氏の「盟友」だった麻生太郎元首相(84歳)や二階俊博元幹事長(85歳)も、「引き際」を迎えている(麻生氏は9月30日に「自民党最高顧問」なる新奇な役職を与えられたが、党幹部一同の記念撮影にも応じず退出してしまった)。

反面、「平成元禄に背を向けていた」石破氏に、「時の流れ」が巡ってきたのである。鳥取という日本の過疎化を象徴するような日本海側の地からやって来て、金銭欲もなく飾りもせず、正論を訥々(とつとつ)と吐く変わり種が脚光を浴びる時代の到来である。

廃(すた)れていく地方は、そんな石破氏に一抹の希望を見出した。同時に、1年1ヵ月以内に確実に選挙を迎える自民党の衆議院議員も、また来年7月に半数が選挙を迎える参議院議員も、自民党に吹き荒れる逆風の中で、「石破人気」に縋(すが)るしかなかったのである。

アメリカ大統領との相性は

石破氏に対する「時の流れ」というのは、何も国内的なものばかりではない。日本の同盟国であるアメリカでも、「時の流れ」は着実に移ろうている。

そのことを切に感じたのが、9月10日のカマラ・ハリス副大統領とドナルド・トランプ前大統領によるテレビ討論会だった。私は100分に及んだ両雄の舌戦をCNNの生中継で見て、ひしひしと「移ろい」を意識した。端的に言って、11月5日にハリス氏が勝利する予感がしたのである。

思えば、トランプ大統領には「盟友」の安倍首相がいた。現職のジョー・バイデン大統領にも、やはり「盟友」の岸田文雄首相がいた。

私は、7月19日にバイデン大統領が、「(選挙戦から)もう下りる」と宣言した時、岸田首相も「心が折れた」と睨(にら)んでいる。その後、逡巡(しゅんじゅん)したものの、8月14日に「(自民党総裁選)不出馬宣言」となった。

それでは、ハリス新大統領にふさわしい日本の首相は誰だろう? 自民党総裁選の終盤で「3強」と言われた石破氏、小泉進次郎氏、高市早苗氏のうち、唯一の「適任者」が石破氏なのである。

「トランプ−小泉」と「トランプ−高市」ならば、おそらく日米は蜜月関係を築けるだろう。だが「トランプ−石破」なら、遠からず関係は破綻しそうだ。かたや「直感に頼り私利私欲に満ちた気まぐれ大統領」で、もう一方は「建て前を貫く理屈っぽい偏屈首相」である。気が合うはずもない。

だが、ハリス大統領となら? 今度は、「ハリス−小泉」「ハリス−高市」よりも、「ハリス−石破」の方がしっくりいくのである。ハリス大統領なら、石破首相の「理屈談義」に耳を傾けそうだ。逆に「ハリス−小泉」なら両者とも経験不足で、表面的な話に終始するだろう。「ハリス−高市」なら、高市氏が公約通り靖国神社を参拝した時点で、「女の闘い」に突入しそうだ。

あくまでもイメージの問題だが、「ハリス新時代」に、石破新首相はピタリとハマるのである。これは少なからぬ外交官が証言していることだが、二国間関係において、トップ同士の相性というのは意外と大事なものだ。

中国にとっては「絶対に首相になってほしくなかった候補」

中国に関しても、私は8月20日にアップした本コラム「『高市早苗、小泉進次郎はA級戦犯だ』『本音は野田聖子推し』中国は《自民党総裁選》11人の候補者をこう評価している」(連載第741回)で、「中国が首相になってほしい候補者リスト」を、5つの☆に分類して掲載した。

中国が最も日本の首相になってほしい候補が☆☆☆☆☆、最もなってほしくない候補が☆である。分析結果は、石破氏は☆☆☆☆で、小泉氏と高市氏は☆だった。中国としては、今年8月15日に靖国神社を参拝した小泉氏、高市氏、小林鷹之氏の3人を「A級戦犯候補」とみなしていた。つまり、絶対に首相になってほしくなかった候補だ。

石破氏は、防衛オタクとして鳴らし、防衛大臣を歴任したりして、タカ派のイメージがある。8月には台湾を訪問して頼清徳総統と会っているし(8月13日)、今回の選挙戦後半では、「アジア版NATO(北太平洋条約機構)」構想をアピールして、中国を困惑させた。

そのせいか、石破氏が勝利した翌28日の中国共産党中央委員会機関紙『人民日報』では、「石破新総裁誕生」のニュースはどこにも掲載されなかった。当日27日のCCTV(中国中央広播電視総台)の夜のメインニュース『新聞聯播』(19時〜19時38分)でも、終わりから2番目のニュースで「数秒間」報じただけだった。

それでも、中国は決して、石破氏を高市氏のような「筋金入りのタカ派」とは見なしていない。アメリカも同様に思える。

そこで私は、石破氏の「中国観」を本人に直接聞きたいと思い、9月6日の石破候補の記者会見に参加。挙手して質問をした。質問は2点で、以下の通りだ。

「岸田政権は、残念ながら日中関係に関して、いくつもの懸案事項を抱えたまま退陣することになります。それらは、福島第一原発のALPS処理水を中国が『核汚染水』と呼んで日本産水産物を全面的に輸入禁止にしていること、アステラス製薬幹部を始め、少なくとも5人の邦人をスパイ容疑として拘束していること、尖閣諸島のEEZ(排他的経済水域)内に中国が勝手にブイを設置して撤去しないこと、コロナ禍が明けても日本人のノービザ渡航を再開しないことなどです。石破さんは首相になったら、これらの問題にどう対応していくつもりですか?

もう一点は、訪中についてです。おそらく中国は、石破政権が誕生したら、早期の訪中を要請するはずです。2006年には小泉政権を引き継いだ安倍首相が、首相就任後わずか12日目に訪中しています。石破さんも首相に就任したら、早期に訪中するお考えはありますか?」

すると石破候補は、「この記者、イヤなこと聞いてきやがるな」と言わんばかりに、私のことをジロリと一瞥。その上で、ごくりと唾を飲み込んで、こう答えた。

「隣の大国・中国は、日本として無視はできません。さらなる信頼関係に努めるのは当然のことであります。

(習近平政権のスローガンである)『中華民族の偉大な復興』とは何かを、よく研究する必要がある。実は台湾問題の本質は、ここにある。

経済、人口、医療……そうした中国が直面している問題に、日本として理解を深めることが大事です。もちろん、安全保障をしっかりさせるのは当然のことですが」

私の長い質問に対して、実にあっさりした回答だった。しかも、中国が笑みをこぼしそうな内容だ。

ただ私としては、はぐらかされた気がしたので、もう一度きちんと聞きたく思った。それで4日後、9月10日に国会議員会館で行われた石破候補の政策発表記者会見に、再び足を運んだ。

総選挙後に「電撃訪中」の可能性も……

会場には200人以上もの記者やカメラマンが集まり、ものすごい熱気だった。いくら挙手しても指名されず、そのうち別の記者が中国問題について質した。すると石破候補は、こう答えた。

「私は中国との対話の可能性を否定する者ではありません。防衛庁長官時代に訪中した際、温家宝首相と一時間半にわたって、1対1で膝を詰めて話しました(2003年9月3日)。向こうは自衛隊のイラク派遣を止めろとか、防衛法制うんぬんとか言ってきたけれども、トップ同士で会って話すのは、中国との間においては大事なことだと思います」

私は、これらの話しぶりを聞いていて、石破新首相が誕生したら、総選挙後に、「ありかも電撃訪中」と思った。いわゆる「2006年の再現」である。

2006年9月26日、1期目の安倍晋三政権が誕生した。それまで5年5カ月間、首相の座に君臨していた小泉純一郎首相は、毎年1回、靖国神社を参拝していたので、中国との関係は「政冷経熱」(政治は冷たくて経済は熱い)と言われた。

それが、同年10月8日、就任してわずか12日の安倍首相が、電撃訪中を果たしたのだ。タカ派と思われていた安倍氏が、就任早々に訪中するなど、予想する人もなく、その時、胡錦濤主席と結んだ「戦略的互恵関係」は、いまに至る日中関係の基礎となった。

さらに、中国からの帰路、韓国をも訪問。まさにその時、北朝鮮が初となる核実験を強行したので、日韓関係を強化する絶好の機会となった。

当時、水面下で「安倍新首相電撃訪中」を仕掛けたのは、東京の中国大使館の王毅駐日大使で、実務を取り仕切っていたのが、呉江浩公使だった。いまは、それぞれ出世を遂げ、王毅氏は中国外交トップ(外交担当党中央政治局委員、党中央外事工作委員会弁公室主任、外相)、呉江浩氏は駐日大使の要職に就いている。総選挙後に「石破首相電撃訪中」を仕掛けることも考えられるのだ。

実際、西側諸国のリーダーは、一見すると中国と敵対しているようだが、今年に入ってずいぶんと訪中したり、中国のリーダーを自国に招いたりしている。主なものだけでも、以下の通りだ。

4月16日……オラフ・ショルツ独首相が習近平主席と北京で会談

5月6日……エマニュエル・マクロン仏大統領が習主席とパリで会談

6月17日……アンソニー・アルバジーニー豪首相が李強首相とキャンベラで会談

7月29日……ジョルジャ・メローニ伊首相が北京で習主席と会談

9月9日……ペドロ・サンチェス西首相が北京で習主席と会談

このように、石破新首相が総選挙後、すぐに訪中しても、世界的には別段、驚くべきことではないのだ。

日本の新首相が早期に訪中することには、同盟国のアメリカが賛意を示さないと言う人もいる。それはたしかにそうかもしれないが、周知のように現在、アメリカも大統領選の真っ最中である。ウクライナや中東の緊急事態ならともかく、戦争しているわけでもない日中の関係に、口を差し挟む余裕はないだろう。

普通に外交日程で見ると、石破新首相と習近平主席との初会談は、11月15日頃にペルーの首都リマで行われるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会合の場か、11月18〜19日にブラジルのリオデジャネイロで開かれるG20(主要国・地域)首脳会合の場である。だが、このところ習近平主席には「欠席癖」があり、これら地球の裏側で行われる外交を、もしかしたら李強首相や王毅外相らに代行させるかもしれない。そうなると、やはり石破新首相には、早期に訪中してほしいはずなのである。

そして、石破新首相が訪中する際には、おそらく2006年の安倍新首相の時と同様、帰路に韓国に立ち寄るだろう。韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権こそは、高市新首相が誕生しなかったことに安堵しているため、熱烈歓迎なのだ。

自民党総裁選の期間中、韓国の関係者から、「タカイチが勝つ可能性はどのくらいあるか?」と、しきりに聞かれた。「高市首相が靖国神社に参拝したら、わが政権が崩壊するかもしれない」と危惧していたのだ。

周知のように、尹政権は頗(すこぶ)る「親日政権」で、従軍慰安婦や徴用工の問題を始め、いわゆる「日韓9大懸案事項」と言われた問題を、この2年あまりのうちに、ことごとく解決に導いた。残るは竹島(独島)問題だけだが、領土問題が一朝一夕に解決しないのは当たり前だ。

こうしたことに、「共に民主党」など韓国の野党は、「日本に媚(こ)び阿(おもね)る『媚日外交』」として、強く反発している。そんな中で、もしも高市首相が靖国神社を参拝したなら、韓国の世論は沸騰するだろう。その結果、「右派政権の先輩」である朴槿恵(パク・クネ)元大統領のように、尹大統領が任期途中で引きずりおろされてしまう可能性もあるというのだ。

そうした「悪夢」を考えると、靖国神社に参拝しそうにない石破新首相が就任して、メデタシメデタシなのである。実際、キリスト教徒の多い韓国では、石破新首相を「クリスチャン首相誕生」ともてはやしてもいる。

後編【「あの男だけは、誰もが嫌っている」…石破茂政権は長続きできるのか】では、さらに石破氏の「政治家としての資質」について考察していく。

「あの男だけは、誰もが嫌っている」…石破茂新政権は長続きできるのか