「石破茂総理」の誕生で、いよいよ日本経済に巻き起こる「意外な事態」

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自民党総裁選において石破茂氏が総裁に選出され、新政権が誕生する。石破氏は安全保障通として知られており、どのような経済政策を語っているのかイメージしにくい人も多いかもしれない。石破政権の経済政策について分析する。

点の政策を面に展開すると

今回の自民党総裁選では、(石破氏に限ったことではないが)多くの候補者が派手な経済政策は打ち出さなかった。あえて言うならば、(その良し悪しはともかくとして)解雇規制の見直しなど労働市場改革を主張した小泉進次郎氏や、アベノミクスによる低金利政策継続を主張した高市早苗氏ぐらいと言えるかもしれない。

性格上、石破氏は壮大なキャッチフレーズを掲げるタイプではないが、個別政策を細かく見ていくと、経済運営の方向性はハッキリしている。それぞれ列挙すると、地方創生、最低賃金引き上げ、教育無償化、給食無償化、子育て支援の充実、海外に流出した製造業の国内回帰、下請法強化による中小零細企業支援、といったところである。

「点」という形で提示された一連の政策を「面」に展開し、一言でまとめると「中間層の底上げと格差是正」ということになるだろう。

近年、日本では格差拡大が進んでおり、一部では社会常識として受忍限度を超えた状態となりつつある。大企業社員と中小零細企業の社員、あるいは正社員と非正規社員との間には極めて大きな断絶が生じている。東京と地方を比較しても賃金には著しい違いがある。サラリーマンという同じ職業属性でありながら、企業規模のみで未婚率に著しい差が付くというのは、ある種の異常事態といってよいだろう。

全体の賃金を上げていくには、AI(人工知能)など高度産業を育て、全体の付加価値を高めていくのが理想的かもしれないが、今の日本社会は、こうした革新的な産業シフトを実現できる状況ではない。筆者は以前から何度も主張しているが、台湾TSMCを熊本に誘致したケースのように、相応の技術力を持った企業の製造拠点を日本に戻す(あるいは外資系企業の製造拠点を国内に誘致する)だけで、相当な賃上げ効果が期待できる。

製造業の国内回帰を促せば、現実問題として製造拠点の多くは地方に置かれることになる。おそらく石破氏は製造業の国内回帰を促すことで地方経済を活性化させ、さらに最低賃金を引き上げることで、全体の所得拡大を図る方針と考えられる。

これまで地方には高賃金を払える企業が存在せず、最低賃金が上がってしまうと企業経営に悪影響が生じる可能性があった。製造拠点の国内回帰で高賃金を払える企業を増やし、その波及効果によって他企業の業績を拡大できれば、最低賃金の引き上げにも対応できるだろう。

金融所得課税を提唱

台湾TSMC誘致は岸田政権下で実施された政策であり、基本的に石破氏の政策は、岸田政権が行ってきた各種政策との親和性が高い。実際、石破氏は、岸田政権の路線を踏襲する考えを示しており、その意味で大きな政策転換にはならないだろう。一方で岸田政権は、十分な財源の裏付けがないまま各種政策をスタートした感が否めないが、石破氏は財政規律重視の立場であり、財源についても言及しているところが特徴的だ。

石破氏は、岸田政権が導入を断念した金融所得課税の強化を主張している。

岸田政権は発足当初、金融所得課税強化の方針を打ち出したものの、株価が下落したことに加え、証券業界などからの猛反発を受け、事実上、撤回に追い込まれた。同じく金融所得課税を打ち出した石破氏に対しても「貯蓄から投資へ」という流れを阻害するとの批判が寄せられている。

これに対して石破氏は「NISAなど投資推奨策を邪魔するつもりはない」として、多額の資産を持つ富裕層に限定して課税強化するなど、軌道修正を図っている。

確かに金融所得を得ているのは富裕層ばかりではなく、多くは年金の足しにしたいという理由で、退職金など貯蓄の一部を投資に回している高齢者である。例えば、企業を定年退職して2000万円程度の退職金をもらい、年金だけでは生活できないので、投資で配当収入を得ている人などがこれに該当する。

資産をまったく保有していない層からすれば裕福といえるかもしれないが、月15万程度の年金に、わずかな配当収入(1000万円を3%で運用した場合、月当たりの配当収入は2万5000円)を加えて生活している人を富裕層と呼ぶのは無理がある。

金融所得課税を強化するのであれば、やはり億単位の資産保有者に限定した方が、全体への悪影響も少なく、かつ国民合意も形成しやすいだろう。

法人税への態度

石破氏は、もうひとつの財源として法人税についても言及している。総裁選中の討論会において「法人税はまだ上げる余地があると思っている。負担する能力がある法人はまだある。累進課税とは言わないが、負担する能力のある法人には、もう少し負担をお願いしたい」と述べている。

日本の法人税は安倍政権下で3回も減税されており、結果として日本企業の内部留保は600兆円という空前の水準まで膨れ上がった。本来、企業は蓄積した利益を次の成長のために先行投資する必要があるが、日本の大企業は多くをキャッシュとして貯め込み、設備投資を拡大していない。設備投資が増えなければ、経済学の理論上、景気が拡大するはずがなく、これが日本経済停滞の大きな要因のひとつとなっている。

石破氏が法人税の増税について、単なる税収確保という観点で言及しているのかは定かではないが、筆者は財源としての法人増税よりも、設備投資を促し、成長を実現するための税制改正と位置付けた方がよいと考えている。

これまで政府は設備投資を増やした企業には減税するなど、各種の投資拡大策を実施してきたが、効果はほとんどなかった。その理由は法人税がすでに相当程度、安くなっているので、企業にとって減税には魅力を感じないからである。このような場合には、逆のインセンティブを付与する方が効果的だ。

つまり、設備投資を積極的に実施しない企業には相応の増税を行い、逆に設備投資に積極的な企業には、現在の低い税率を維持させるという考え方である。

法人増税なら効果は大きい

一律に法人税を上げてしまうと、積極的に設備投資を行っている成長企業の活動を阻害する欠点があるのだが、逆のインセンティブを付与する方式であれば、投資に後ろ向きで賃上げをしない企業のみをターゲットにできる。企業は増税を回避したいので、これまで消極的だったところも設備投資を行うようになるだろう。

一連の政策群は丁寧に取り組めば、相応の効果を発揮すると考えられる。一方で、最大の欠点は効果を発揮するまでにはかなりの時間がかかるという点である。短期的には金融所得課税の強化や法人税の税制改正は、むしろ景気に逆風となる可能性すらある。

実際、総裁選が行われた9月27日の市場は、低金利持続を主張する高市氏が優勢と伝えられ、午前中は株価が上昇し、円安も進んだものの、石破氏が総裁に決まると一気に株価は戻し、為替も円高に振れた。石破氏は党内を二分する形で総裁の座に就任しており、今後の政治運営は簡単ではない。強い政権基盤を作らなければ、一連の政策は絵にかいた餅となってしまうだろう。

石破政権が掲げる経済政策は、富裕層や大企業に厳しく、大方の庶民や中小企業には優しいが、実現のハードルは高く相応の時間もかかる。このあたりをどう考えるのかが最大のポイントとなる。

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