7000人診察して見えた、他人の幸せが絶対許せない人の「頭の中」

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根性論を押しつける、相手を見下す、責任をなすりつける、足を引っ張る、人によって態度を変える、自己保身しか頭にない……どの職場にも必ずいるかれらはいったい何を考えているのか。5万部突破ベストセラー『職場を腐らせる人たち』では、これまで7000人以上診察してきた精神科医が豊富な臨床例から明かす。

ある家電メーカーでは40代の男性社員があれこれケチをつけるので、周囲は辟易している。たとえば、新しいプロジェクトを立ち上げようと頑張っている後輩に「どうせうまくいかないよ」「やるだけ時間の無駄」などと言う。そのプロジェクトがうまくいき、みな喜んでいても、「これが続くかどうかわからない」「次はそんなに簡単じゃない」などと水を差す。いつも他人の喜びを台無しにして、やる気をくじくそうだ。

本人は厳しい現実を教えてやっているつもり

この男性が何にでもケチをつけるのは、今に始まったことではない。5年ほど前にも、同期のトップで課長に昇進した男性社員に「どうせ課長になっても、責任ばかり重くなって、給料はあまり上がらない。大変な思いをするだけだよな」と言ったことがあるらしい。それだけではない。「管理職になったことをきっかけにうつになる『昇進うつ』というのがあるそうだから、気をつけないとな」と心配そうな素振りも見せたという。

そのせいか、課長に昇進した同期は、自分がうつ病になるのではないかと不安になり、昇進直後の面談の際、私に「昇進うつというのがあるそうですね。僕もそういうのになるんでしょうか」と質問した。私は「昇進したからといって、みながみなうつになるわけではありません。昇進うつになるのはごく一部」と説明し、なぜこのような不安を抱くようになったのかと尋ねた。すると、例の男性から昇進うつになる危険性を指摘され、かなり動揺していたことが判明したのだ。

それ以外にも、海外赴任が決まって喜んでいた同僚に「外国は日本と違って治安が悪いから心配だな。それに、奥さんが海外での生活になじめないとか、子どもの学校のことで苦労するとかいう話もよく聞くよな」と言ったこともあるそうだ。

とにかく一言多く、何にでもケチをつける。そのため、せっかく喜んでいたのに、それをぶち壊されたように感じ、怒っている人が社内には多い。しかし、そういう反応に本人はまったく気づいておらず、無頓着のようだ。

しかも、「がっかりしないためには、最悪の事態を想定しておかなければならない。うまくいっているように見えるときこそ、落とし穴があるのだから、用心しないとな」というのが口癖で、自分がネガティブな面ばかり指摘することを悪いとは思っていないように見える。

しょっちゅう他人の喜びに水を差し、顰蹙を買っていても、本人の言によれば「あまりにも無邪気に喜んでいるから、問題点を指摘して、現実はそんなに甘くないことを教えてやっているだけ」ということになる。

根底に潜む羨望=他人の幸福が我慢できない怒り

この男性の考え方は必ずしも間違っているわけではない。たしかに、常に最悪の事態を想定しておくことによって、問題が起きたときにより迅速に対処できるかもしれないし、幻滅せずにすむという効用もあるかもしれない。また、どこに落とし穴が潜んでいるかわからないから、用心するに越したことはない。

あるいは、この男性がネガティブな面ばかり指摘するのは、ペシミスト(悲観論者)だからかもしれない。ペシミストは、たとえ自分にいいことがあっても、あまり喜ばない。少なくとも表面上はうれしそうな素振りを示さない。まるで、手放しで喜ぶと不幸を招きかねないと思い込んでいるように見えることさえある。だから、自分自身がペシミストであるがゆえに、他人が喜んでいるのを目にすると水を差すようなことを言わずにはいられないという見方もできよう。

だが、どうもそれだけではなさそうだ。というのも、この男性が若い頃はすごい頑張り屋で、同期の出世頭になるのではないかと期待されていたことが、同期の女性社員の話からわかったからだ。

実際、課長の一歩手前のポジションまで昇進したのは、この男性が同期のなかで一番早かった。ところが、直属の上司と反りが合わなかったこともあって、なかなか課長になれなかった。やがて、先ほど述べたように、別の男性社員が同期のなかで最初に課長に昇進。その際、せっかくの昇進に水を差すような言葉を吐き、昇進うつの危険性まで指摘したわけである。

これまでの経緯を振り返ると、この男性の胸中には、羨望、つまり他人の幸福が我慢できない怒りが潜んでいる可能性が高い。自分も昇進したくて、若い頃はそれなりに努力を重ねていたにもかかわらず、課長の一歩手前のポジションで足踏みする羽目になった。一方、同期は自分よりも先に課長に昇進した。その幸福が我慢ならなかったのだろう。

だからこそ、同期が手にした幸福にケチをつけたと考えられる。いくら喉から手が出るほどほしくても自分は手に入れられない幸福に浸っている他人を見ると、そのネガティブな面をいちいち指摘して、価値を否定せずにはいられない。

「他人の幸福は必ずしも甘いわけではない。むしろ酸っぱい。ときには苦いこともある」と自分で自分に言い聞かせて、怒りと悔しさを和らげようとしているようにも見える。まさにイソップの「酸っぱいブドウ」を地で行く話といえよう。

つづく「どの会社にもいる「他人を見下し、自己保身に走る」職場を腐らせる人たちの正体」では、「最も多い悩みは職場の人間関係に関するもので、だいたい職場を腐らせる人がらみ」「職場を腐らせる人が一人でもいると、腐ったミカンと同様に職場全体に腐敗が広がっていく」という著者が問題をシャープに語る。

どの会社にもいる「他人を見下し、自己保身に走る」職場を腐らせる人たちの正体