突然、足が動かなくなる恐怖…元伊藤忠商事会長・丹羽宇一郎が「大病を患ってわかったこと」

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元伊藤忠商事会長、そして民間人初の中国大使を務めた丹羽宇一郎さん。仕事に生涯を捧げてきた名経営者も85歳を迎え、人生の佳境に差し掛かった。『老いた今だから』では、歳を重ねた今だからこそ見えてきた日々の楽しみ方が書かれている。

※本記事は丹羽宇一郎『老いた今だから』から抜粋・編集したものです。

予期せぬ病に倒れた

今の私は早朝の散歩を大切にしていますが、健康状態に問題がないわけではありません。高齢者の悩みのなかで常に上位にくるのは健康問題。「自分はまだまだ元気」と思っていても、若い頃と同じというわけにはいきません。

何の前触れもなく病に襲われることもあります。じつは、私もそうでした。

八〇歳になって半年ほど過ぎた二〇一九年の夏、職場の事務所を出て地下鉄の駅に向かって歩き出そうとしたとき、突然、足が一歩も前に出なくなってしまったのです。

しかたなく目の前を走るタクシーを呼び止めて帰宅し、友人に相談して最善の勧めの病院で受診したところ、「即入院」との宣告。中学三年のときに盲腸の手術をして以来の入院でした。

血液検査や画像検査の結果、担当の医師から告げられたのは、「リウマチ性多発筋痛症」という初めて耳にする病名でした。

「この病気は、はっきりした原因がわかっていません。免疫機能が本来は攻撃するはずのない自分の身体の組織を攻撃する自己免疫疾患の一種だと考えられています。免疫機能が認知症をおこしたようなもの、とたとえればわかりやすいかもしれませんね」

医師からこのように説明されても、なかなか受け入れることができませんでした。それまで血圧や血糖値などはすべて正常で、過去に同級会があったときには「薬を飲んでいないのは俺だけだよ」と、ワイフに自慢していたくらいなんです。すると医師はこう言いました。

「丹羽さん、この病気は、それまで薬を飲んだことのないような健康な人が突然発症することが多いんです。私の患者さんも、ほとんどはそういう方ですよ」

そんなことを聞いても何の薬にもなりません。これはもう、ドクターの言うとおりにするしかない。まさに「俎まないたの鯉」の心境でした。

病に苦しんでいる人のなかには、薬を服用しても効果がなかなか現れないことに耐えきれなくなって、自己判断で薬の服用をやめてしまったり、「もっといい医者がいるはずだ」と病院を何度も変えたりするケースが、少なからずあるようです。

担当医はこうやって決めた

素人判断で薬を勝手にやめるのは危険だと思いますが、「今のままで大丈夫なのか」と不安になる気持ちは、私にもよくわかります。病気をすれば誰でもそう思うでしょう。セカンドオピニオンを求めるのも、患者として当然の権利です。

けれど、私自身は、今の病院や医師を変えようとは思っていません。

私の担当医は、いわゆる「かかりつけ医」ではありませんが、初診から入院時にかけての病気に関する説明や、さまざまな発言から、「この人なら信頼できる。お任せして大丈夫だろう」と感じたからです。

もともと私は、「自分のことは自分で責任をもってやるしかない」という考え方で生きてきました。医師選びもそれと同じです。医学の専門的なことは私にはわかりませんが、自分自身が「この人なら信頼できる」と感じるなら、それが自分にとってベストの医師だと思っています。病院選びについては、「自宅の近隣にある」ことが大事だと思います。

高齢になると、通院は年に一日や二日ですむことではなくなりますし、体力が低下し、足腰も弱ってくるので、家から病院まで距離があると、とても通いきれません。

「やっぱり近くの病院じゃなきゃ続かないよな」これが私の実感です。

日々の生活のなかで私が最も大事にしているのは、「現状維持」。健康状態を今より悪くしないことです。人間の健康状態を階段にたとえるなら、私たちは加齢とともに長い階段をステップダウンしていくことになります。

階段を逆戻りしようとする人もいますが、歳をとってからのステップアップには限界があるでしょう。むしろ、身体をさらに悪くして階段を転げ落ちてしまうようなことにもなりかねません。それよりも、今のステップにできるだけ長く踏みとどまるように努力するほうがいい。

さらに連載記事〈ほとんどの人が老後を「大失敗」するのにはハッキリした原因があった…実は誤解されている「お金よりも大事なもの」〉では、老後の生活を成功させるための秘訣を紹介しています。

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