なんと「あおり運転させない」クルマ…!ココロが「丸ハダカにされてしまう」自動運転が目指す衝撃の未来

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「冷やすメカニズム」を根底から覆す冷蔵庫、意外な魚のおかげで完成した高温でも触れるレンガなど、なぜできたの? どうやって働くの? と、思わず頭をかしげてしまうようなびっくり発明の数々をご紹介してきた、本サイト人気連載「さがせ、おもしろ研究! ブルーバックス探検隊が行く」。

なんと、1世紀半近くにもわたって日本の産業支えてきた「産業技術総合研究所」の全面協力のもと、『「あっぱれ! 日本の新発明 世界を変えるイノベーション』として刊行!その中から厳選おもしろ発明をご紹介します。

今回は、クルマがドライバーの感情を読み取って、運転をアシストする自動運転技術を取り上げます。事故防止はもちろん、「運転する」楽しさが感じられることを目指しているそうです。さっそく研究室を探検してみましょう。

*本記事は、『「あっぱれ! 日本の新発明 世界を変えるイノベーション』(ブルーバックス)を抜粋・再編集したものです。

感情……この不合理なるもの

私たちは製品やサービスを、価格や性能だけで合理的に選択しているわけではない。

たとえば電化製品にしても、安くて性能がよい商品が「なんか気に入らない」と感じて、あえて高価で性能の低いものを選ぶことは誰にでもあるだろう。どう考えてもお買い得なのに、それを勧める店員の態度が気に入らず、「絶対こいつからは買うものか」と内心で毒づきながら店を出てしまうことだってある。

感情に振り回されて不合理な判断をするのは愚かなことかもしれないが、まあ、仕方がない。それも含めて人間だもの。

さて、そういう人間を相手にしている以上、製品やサービスを提供する側は当然、ユーザーにできるだけ「快」を感じてもらい、「不快」をなくしたい、と誰でも当たり前にそう考える。

だが、人の心は目に見えないし、何が心地よいかは十人十色なので厄介だ。たとえば新製品のパッケージの色を会議で決めるにしても、出席者はそれぞれ感性が違うので、どの色が多くの人の心をとらえるのかという「正解」はわからない。結局は「勘」に頼らざるを得ないのである。

さて、前置きが長くなったが、そうした不合理な感情を科学の力で「見える化」しようとしている人が産総研にいると聞いて、われわれ探検隊は出動した。向かったのは、自動車ヒューマンファクター研究センター。そこに、「快感情を強め不快感情を弱める技術」を研究している木村健太さんがいる。

かぎりなくサイエンスに近い心理学

「私は文学部出身なので、なんで産総研で仕事を? とよく聞かれます。たしかに、ここでは珍しいんですよね、文学部の心理学科出身者なんて」

開口一番にそうおっしゃるぐらいだから、文学部の心理学科とは人間の怒りや悲しみなどをブンガク的に語るところだと勘違いしている人も多いのかもしれないが、実験によって得たデータに基づいて人間を研究する心理学は、じつは文学部のなかでもっとも理系っぽい分野だ。

「心理は物理量に落とし込むことはできないので、どこまでやっても人文社会科学系の学問なんだろうとは思いますが、アプローチはかぎりなくサイエンスに近づけようとしています」

これまでは、どのような研究をされてきたのですか?(探検隊)

「脳波、心拍、ホルモン、血圧などの生理的な指標を計測し、怒りや喜びといった感情を定量的に評価することで『見える化』する研究をやってきました。物を使うのは人間ですから、心理まで含めた技術を考えるのが、工学だと思っています」

「以前は産総研の身体適応支援工学グループという部署でそれをやっていたのですが、『その研究、自動車に使えるんじゃないの?』という話になって、いまの研究センターに移ってきたんです」

クルマの中は理想的な「実験室」だった

木村さんの手がける分野は「感情工学」もしくは「感性工学」などと呼ばれる。そこで積み重ねてきた基礎研究をもとに、ドライバーがどのようなときに「快」「不快」を感じるかを実験しながら調べていき、具体的に「自動車」という製品の応用研究につなげる、というのが、木村さんに期待された仕事だった。

ところが、自動車での実験は、じつは基礎研究にも役立つらしい。

「心理学では、狭い実験室に閉じ込めた被験者に、喜怒哀楽の感情を喚起する映像を見せるなどの刺激を与えて、その反応を見ることが多いんです。

でも実験室は非日常的な場所なので、被験者の反応が日常生活と同じになるとはかぎらない。そこへいくと自動車の中は、行動が限定されていて、決まった動作がほとんどという点では実験室に近い一方で、非日常でもありません。いわば、半分実験室、半分日常です」

「だから実験的に統制された環境で、ドライバーの日常的な心理状態のデータが取れるんです。正直、ここに異動するまでは自動車にさほど興味はなかったんですが、基礎研究にも使えるよいデータが取れるので、やりはじめたらすごく面白くなりました」

木村さんが「実験室」としている自動車を見せていただいた(図「実験室の自動車」)。研究所の廊下を進んで、なんの変哲もないある部屋のドアを開けると、その真ん中にドーンと乗用車が鎮座していた。なかなかの「非日常感」だ。

被験者はここでドライビング・シミュレーターを見ながら自動車を「運転」し、さまざまな状況で「感情」がどのように変化するか、データを取られていくわけである。

公道での実走実験も必要…でも、お巡りさんに止められることも

ただし、より日常に近いデータを取るためには、やはり公道に出ての実走実験も欠かせないらしい。

「被験者に実際に運転してもらって、たとえば産総研のあるつくばから常磐道を通って、都内まで往復するなどの実験をやっています。車内にたくさん機材を積んでいるし、ドライバーは脳波を計測する電極のついた白いキャップを被っているしで、事情を知らない人にはかなり怪しく見えるみたいです(図「公道での実走実験の記録写真」)」

「お巡りさんに『大丈夫ですか?』と車を停められたこともありました(笑)。なにか重症の患者が運転していると思われたかもしれません。実験中はトイレに行くときもキャップを脱げないので、パーキングでも周囲の人にギョッとされます」

「居眠り運転」の防止から「怒り」の抑制まで

木村さんがとくに力を入れているのは、目の動きや心拍数の計測だ。目の動きは、ビデオカメラで撮影する。心拍数は、ステアリングに仕込んだ心電計で手指の脈拍を測る。ほかに、非接触で計測できる機械の開発も進んでいるという。

「脳波の計測器は、市販の自動車に搭載することはできませんよね。でも、ビデオカメラや心電計ならば、それが可能です。たとえば、ドライバーの緊張感や注意力などをモニターして、危険が予測されると警告を発するなどの新しい事故防止機能を考えることができるかもしれません」

なるほど、そういわれると「感情の見える化」は、自動車の安全性向上に役立ちそうだ。ほかにも居眠り運転防止機能や、近年、大きな問題になっている「あおり運転」を抑制する機能も、渋滞中のイライラやマナーの悪いクルマへの怒りを制御することで可能になるかもしれない。

「これからは自動運転がますます普及していきます。自動運転車に新しい機能を実装させることで、事故やトラブルを未然に防げるかもしれません」

「いまはドライバーの心理状態に対応して車のほうを制御するしかありませんが、たとえば怒っている人に、そのときの自分の表情を写真に撮って見せると、怒りが抑制されるかもしれません。運転している人にそんなものを見せるのは危険かもしれませんが、自動運転ならそれも可能でしょう。なにか問題が発生したときには強制的に路肩に停めるなどしてもいいかもしれない。そういう工夫はいろいろ考えられると思います」

だが、自動車メーカーが知りたいのは、怒りやイライラといったネガティブな感情だけではないらしい。むしろ、クルマの作り手・売り手ならではの、知りたい「ドライバーの感情」というものがあるという。

人間はどんなときに運転を「楽しい」と感じるのか

クルマをつくって売っている以上、まず知りたいのは、乗り心地のよいクルマとは何か、人間はどんなときに運転が「楽しい」と感じるか、ということのようだ。

「研究によって、運転が楽しいと感じるためにとくに大事なのは、心理学でいう『行為の主体感』だということがわかってきました。つまり、自分が主体的にこのクルマを操っているという感覚です。これがないと、運転していても楽しくないんですね。

たとえば、アクセルやブレーキなどが自分の直感とダイレクトにつながって動かないと、その主体感が損なわれる。加速や減速のタイミングが、自分の感覚より早すぎても遅すぎても、自分が運転している感じがしないんです」

昔の、ハンドルをぐるぐる回して開閉したウインドウがそうだったように、アナログな機械には「自分で動かしている」という実感があった。しかし、コンピュータで制御されるデジタルな機械は、スイッチを入れれば勝手に動くので、そういう「手応え」がない。

それでも、スイッチを押すとピピッと音が鳴ったり、ライトが光ったりするなどの反応があると、なんとなく「主体感」を持つことができる。

「自分がそれを『コントロールできている』と感じることは、人間にとって本質的な『快』なんだと思います。いま、テクノロジーはその『手応え』も用意しようとしているわけですが、ユーザーがそれに気づいてしまうと、主体感が高まらないことも研究からわかっています」

「だからこれからは、機械がすべてやっていると気づかれないように『さりげなくアシスト』することが、大事なテーマになってくると考えています。このことは自動車にかぎらず、バーチャル・リアリティの研究でも重視されています。その意味でも、これから工学の分野では心理学の出番が多くなると思いますよ」

「自動運転」なのに「主体感」を感じさせるテクノロジー面白いのは、その「主体感」が、クルマの自動運転でも求められることだ。しかし、ユーザーが何もしなくても目的地まで連れていってくれるのが自動運転だから、いわば「全面的アシスト」である。全然さりげなくない。だったら、バスやタクシーのように主体感ゼロの「おまかせ」でいいような気がしてしまうのだが、そういうものではないらしい。

自動運転でも主体感のあるクルマ

「自動運転の実用化に向け、国も自動車メーカーも積極的に取り組んでいますので、産総研でも自動車メーカーとのあいだで自動運転の共同研究が増えています。そこでは研究の大きな方向性が二つある。一つは、自動運転を乗り心地のよいものにすること。もう一つは、自動運転でも主体感のあるクルマをつくることです」

「バスやタクシーと違ってユーザーが購入する製品なので、メーカーとしては愛着を持ってもらいたい。そのためには主体感がほしい。自分で操作はしなくても、なんらかの形で自ら運転しているような感覚です。そこで大事になってくるのが、ユーザーに合わせてクルマをパーソナライズする技術です」

ドライバーには、ブレーキのタイミングや車間距離のとりかた、カーブを曲がるときの角度など、それぞれ自分にとって快適な走りかたがある。助手席に座ると他人の運転が危なっかしく感じたりするのも、そのためだ。バスやタクシーではそれも大して気にならないが、自動運転の運転席に座れば、たしかに「うわわ、そんなに車間をつめるなよ」「ブレーキ遅すぎるぞ」などと文句をつけたくなりそうである。

「感情センサーを用いて、運転中のユーザーの不安や恐怖感などを測定し、それを自動運転の設定にフィードバックすれば、そのユーザーにとって快適な車間距離やカーブの曲がりかたなどを自動車が学習するでしょう。パソコンがユーザーの多用する漢字変換を覚えていくのと同じように、乗れば乗るほど自分好みのクルマになっていくわけです。かつての『たまごっち』がそうだったように、自分にフィットするようにクルマを育てていくことも、愛着を持つ要因になるのではないでしょうか」

でもそうなると、なかなか買い替えられなくなってしまいそうですが……。(探検隊)

「新車に買い替えるときは、機種変更したスマホにアドレス帳などを移行するのと同じように、ユーザーのデータ履歴を移植すればいい。まだ妄想レベルの話ですが、自動運転車はそういう方向に進歩していくのかもしれません。単なる移動手段にとどまらない楽しさがないと、買ってもらえませんから」

自動運転というテクノロジーの進歩に、心理学の果たす役割は大きそうだ。

「測定器」の進歩が広げた心理学の可能性

その一方では、「測定」についてのテクノロジーの進歩が、心理学の可能性を広げている面もあるようだ。

「センサーが小型化して、どこでも測定できるようになったのが大きいですね。2010年代になる頃までは心電計も巨大で私の背丈近くあったので、車載して公道で実験をおこなうことなどできませんでした。ステアリングに仕込めるぐらいのサイズになって(図「現在の測定器」)、研究が大きく加速しました。

いまは自動車にかぎらず、いろいろな場面で人間の感情を測れるので、研究者としては楽しくてしょうがないですよ。自分の子どもが生まれたときも、いい測定対象ができたとうれしくて、測りまくってました(笑)」

木村さんは産総研の人間情報研究部門というセクションの仕事を兼務して、そちらでは家電製品の使い比べ実験もしている。生理的な指標と被験者のコメントを合わせて分析して、何が「快」で何が「不快」なのかを分析する仕事だという。

「ときには、不思議なことに、生理的な指標では明らかに『快適』を示しているのに、本人の主観では『使いにくい』と感じている、ということもあるんです。そういうズレを見ると、人間の心はわからないものだと思いますね。だから面白いんですけど」

「心理学をやっていると『人の心がなんでもわかるんですよね』とよく言われます。でも、全然そんなことありません。むしろ私は、人の気持ちがわからないから、心理学をやってるんだと思っています。ずいぶん失恋もしてきましたし」

物書きの感情にも興味があるという木村さんには「どんな気持ちで原稿を書くんですか?」と逆質問もされたが、締め切りが迫るにつれて不安や恐怖感が高まっていく様子をモニターされるのは、ちょっと勘弁してほしいと思いました。

感情が「見える化」されたとき人類は幸福になるのか しかしそう考えると、測定器が進歩して、自分の心理状態がすべて「丸見え」になってしまうのは、いささか怖いような気もする。

「私も大学の授業では、学生にその話をします。仮に将来すべての感情が『見える化』されたとき、はたしてそれによって、人類はみんなハッピーになるのだろうか、と」

「自動車のような機械が、怒りや不安を制御することで安全性や快感情が高まるのは、もちろん、よいことです。でも、それこそ恋心や思想信条などは、究極の個人情報ですからね。技術的にその読み取りが可能になったときに、それをどこまで社会として受け入れるのか。今後はそういうことも、議論していくべき重要なテーマになると思います」

とはいえ、「快感情を高め不快感情を弱める技術」の発展は、人類に多くの恩恵をもたらすだろう。「あおり運転」のような感情的トラブルが減らせるなら、極端な話、犯罪やヘイトスピーチ、ひいては戦争のリスクだって軽減できるかもしれない。

いまの社会で心理学の果たす役割は、じつに大きい。そんなことを強く感じた探検であった。

*研究者の肩書き・所属は探検時のものです。

「あっぱれ! 日本の新発明 世界を変えるイノベーション

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