バッタを倒しにアフリカに行った、前野ウルド浩太郎氏が「現地での大ピンチ」を乗り切った《意外な作戦》…こうしてキツさも越えた
今、異例の快進撃を続けている昆虫学者がいる。アフリカの砂漠の中でバッタの研究に邁進する姿が、多くの人々の共感を得ているのだ。
その戦いの日々を綴ったのが、長年にわたり食料危機の原因となるサバクトビバッタ大発生の対策のため、アフリカでフィールド研究を続ける昆虫学者の前野ウルド浩太郎氏の『バッタを倒すぜ アフリカで』。
『孤独なバッタが群れるとき』『バッタを倒しにアフリカへ』に続く本作で、シリーズ累計33万部を超え、その勢いは止まらない。
「昆虫学者になりたい」という夢に邁進、無収入を武器に京都大学の白眉プロジェクトに応募した前野ウルド浩太郎氏。研究に賭ける情熱と本気度に打たれた京大総長が面接ではっと顔をあげ、ウルド氏を見つめてこう言った。
「過酷な環境で生活し、研究するのはほんとうに困難なことだと思います。私は一人の人間として、あなたに感謝します」
バッタを愛してやまないウルド氏のこれまでを<バッタを倒しにアフリカに行った、前野ウルド浩太郎氏の《本には書かなかった》七転八起のウラ話>に引き続き明かします。
こんなに感動する面接があるのか
自分なりにつらい思いをしてきましたし、それを京都大学の総長が見抜いて労をねぎらってくれたのです。面接の場で感謝されることなどまずありませんから、こんなに感動する面接があっていいのだろうか、と思いました。
京都大学ほどの大学をまとめる方の感性はすさまじいものがある。こういう方に出会うと、私もそうなりたいなぁ、と憧れます。
合格したこともうれしかったですが、人間の可能性を目の前で見られたことに感動しました。松本元総長は、のちに私が研究をまとめて評価され、日本学術振興会賞を受賞したことをとても喜んでくださったと聞いています。
――日本学術振興会賞は、45歳までの若手研究者を対象に研究の発展を支援する目的の賞で、iPS細胞の研究をされた山中伸弥教授も受賞されていますね。ご苦労が認められてほんとうによかったです。
「プレゼント大作戦」で人の心をつかむ
――文化が違うと価値観が違います。モーリタニアの人々とのコミュニケーションは、どのように取られていたのですか。
前野:そもそも文化が違うのですから、コミュニケーションをとるのは難しいことで、たいへん気をつけています。仕事上、どうしても現地の方たちの持っている能力に頼ることも多いのです。ですから、まず挨拶をすること。
それから、お近づきの印として、先にたくさんのお土産を持っていき、お世話になるかもしれない方々に配ります。モノで心をつかむプレゼント大作戦をやり、強引に仲良くなりました。
それから、何かいいことがあったら、手柄を自分のものにするより、人を立てる方にまわって自分一人のものにしないようにしています。
「おかげさまでうまくいきました」と他の方々がいるところで世話になった方を褒め称え、態度で示すと、相手も私のよさを分かってくれるようになります。そういう気遣いが、外国の人とうまくやる秘訣かなと思っています。
エピソードの山分けがしたい
――最初にモーリタニアに行ったときからサポートしてくれている、ドライバーで相棒のティジャニさんのエピソードに一章を割いています。たくさんのよかれと思っての失敗談が、学術的な本の内容のいいアクセントになっています。まさに魅力爆発ですね。
前野:モーリタニアはフランス語圏なのですが、私はフランス語ができなかったんです。だから、彼と私の二人だけに通じる言葉を編み出してコミュニケーションをとっていました。
彼とはいろんなことがありましたが、起きた事件を独り占めしているのはもったいないので、ぜひとも日本の人たちと山分けしたいと思っているんです。
――エピソードの山分け、いいですね! 税関でお酒を没収されるとか、ポリスにバイクを盗まれるなどの事件が次々に起こります。そういったことを恨みがましく話す人もいますが、前野さんは逆手にとって面白そうに語り、魅力的な国に仕立てあげていますね。
前野:私は日本代表としてモーリタニアに送り込まれているので、ただ研究成果を上げるだけだともったいない。研究者は論文を書くのが一番の使命ですが、論文は難しくて一般の人たちにはなかなか届きません。それなら、現地で起こった面白い話や考えを一般書にまとめて出版することが、読者の皆様への直接の還元になるのではないか。
アフリカでのエピソードをムダにしたくない。魚でいえば、骨まで全部食べたい。使えるものは全部使っていきたいと思っています。
――前野さんの文章からは、子どもの育つそれぞれの年ごろに読む本や、流行のアニメやゲームなどの話題がふんだんに盛り込まれています。その「普通力」が魅力となっているように思います。
前野:私のイメージでは、研究者は誇り高く失敗は見せない。でも、おそらく私が他の研究者と決定的に違うのは、「笑ってもらえるのが好き」ということだと思います。私は頼りないんです。『キン肉マン』というマンガがあります。キン肉マンはドジでおっちょこちょいで頼りないのですが、やるときにはやるキャラクターです。
私も「大丈夫なの?」という頼りなさがあるので、ファンの方々から応援してもらえるのかなと思うんです。「フランス語をちゃんとしゃべれないのか」「また騙されてお金をとられている」と……。
すべてがパーフェクトより、「私たちが応援してあげないと、ちょっとこの人ダメなんじゃないの」と心配されているところはあると思います。ふがいないですが。
――そこがこの本の魅力の一つになっているのかもしれませんね。『ドラえもん』に登場する出木杉くんのようだと、放っておいても自分でやれそうですものね。
食べてほしいほどの「バッタ愛」
――バッタ大発生時の駆除が最終目的の研究ですが、食べてほしいほどバッタ愛が強いのに駆除するのはつらくないですか。
前野:撲滅というのは、まったく考えていません。人間に害を及ぼすレベルに数が増えすぎることが問題なので、共存する、悪さをしない程度に抑える技術を開発したいですね。そうしたら、バッタが必要以上に人々から恨まれたりせずにすむのではないでしょうか。
私はむやみとバッタを殺す気はありません。研究のために解剖しますが、その命を奪うからには、彼らの亡くなってしまった命を論文のデータにして、墓標がわりに必ず残すことを自分のルールにしています。
――6月4日の虫の日には、バッタを供養されるそうですね。では将来、殺虫剤を使わず、地球環境にも人間にもやさしく、バッタと人間が共存できるくらいの安定した数にする。それぞれが生きていける平和バッタになるように研究していくのでしょうか。
前野:そうなったらいいですね。さらに、サハラ砂漠という過酷な環境で生きていけるだけでもすごいのに、そこで大発生するこのバッタのすごさを私がひとつずつ発見して、それを論文で発表して、人類で共有していきたい。バッタのすごさを人類に伝えたいという想いがあります。
――虫の面白さを多くの人に知ってもらいたいというお気持ちを感じます。バッタをほんとうにお好きなんですね。
バッタの婚活も、自分の婚活も楽しみつつ
――今後、どうしていきたいですか。
前野:自分自身の研究は続けていきますが、中高生向けに私の体験を伝えたいと思っています。今、私は研究所の研究員として働いているのですが、学生を教えるというシステムがありませんので、それを逆手にとって、中高生のところに出向き、話したいですね。
――自分の仕事や転職で悩んでいる読者に、メッセージをお願いします。
前野:生き方を悩んでいる人は、他の人がその悩みをどうやって乗り越えたかという事例をたくさん知っておくといいと思います。何かきっかけがあると、進む道が見えてきます。
この本のなかにも就職先探しや無収入の時のことなどを書きましたが、サイン会の時などに、読者の方から「前野さんの本を読んで勇気づけられて、この道に進みました」と言っていただくことがあります。つらいときに読んでもらって、心に残ることが何かひとつでもあったとしたら、こんなにうれしいことはありません。
――好きな道への後押しができたのですね!
前野:ええ、勇気を出す後押しですね。私がアフリカに行く姿を見て、「私も何かやってみよう」と一歩を踏み出すお役に立てたらと思います。
――バッタの婚活は着々と研究が進まれていますが、ご自分の婚活はいかがですか。
前野:進展は一切しておりません。今44歳ですから、ピンチですね。私の場合は、つらいことがあったら、それをどうやって面白い話につなげていこうかと考えるんです。婚活でなかなかうまくいかず、「自分なんか」と落ち込むところですが、「さあ、これをどうやっておいしく料理して、人の心をつかみにいこうか」と。
それで人が笑ってくれればいい。そんなマインドを持っていると、使い方ひとつで、つらいこともうまくいくのではないかと思います。
――きっといい方が見つかると思いますよ。せひご自身の婚活も成就し、バッタ愛をご家族で育んでいかれるようにお祈りしています。
インタビュー:高木香織
バッタを倒しにアフリカに行った、前野ウルド浩太郎氏が「現地での大ピンチ」を乗り切った《意外な作戦》…こうしてキツさも越えた