約20万人が参加したバンコクの“プライドパレード”で見た光景――(写真はイメージ)

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 6月は性的マイノリティをたたえるプライド月間。世界各地でパレードが行われている。タイのバンコクでも「バンコク・プライド・パレード2024」が6月1日から3日間にわたって開催された。

【現地撮影】バンコク・プライド・パレード2024に現れた“謎の集団” 掲げるメッセージは

 タイはLGBTQ+に寛容な国として知られ、世界から参加者が集まった。政府もこのイベントを観光と結びつけ、3日間で86万人の動員を予測していた。

 初日に行われたパレードには約20万人が参加した。17時30分からはじまり、LGBTQ+の象徴でもあるレインボーカラーに彩られた派手な衣装とメイクの人びとが延々と列をなす。コースは、バンコクの中心街であるナショナルスタジアムからラチャプラロップ交差点まで。沿道はお祭り気分を発散する、極彩色の衣装をまとった人々で埋まった。

約20万人が参加したバンコクの“プライドパレード”で見た光景――(写真はイメージ)

 筆者もその派手なパフォーマンスに圧倒されたひとりだが、パレードも終盤にさしかかった18時ごろ、華やいだ空気が一変した。空爆を行う戦闘機の写真を掲げたり、「ミャンマーに自由を」「ガザ全員の解放がなければ真の解放はない」といった文言が書かれた旗やボードを掲げる一団が最後尾に現れたのだ。

 ガザへの攻撃を繰り返すイスラエルと、弾圧を行うミャンマーの国軍への批判。その抗議行動はわかるが、いったい、なぜ、プライドパレードの場でそれを訴えるのか。この抗議デモに参加していたのは、人権活動家、ミャンマー人、学生、教師、一般市民などさまざまだった。とくに若い世代が目立った。

“ピンクウォッシング”

 抗議デモに加わっていた団体に聞いてみると、こう答えてくれた。

「この世界で起こっていること、たとえば人権侵害や大量虐殺などについて認識を高めたいと思っている。プライド月間のパレードは、こうした問題も含まれなければいけない。世界中の多くのLGBTQ+が交差性差別に苦しんでいます。人権侵害のある地域では、LGBTQ+であることで、性別による侵害や嫌がらせを受ける可能性があるからです」

 交差性差別というのは、差別を受けているマイノリティが、複合的に別の差別を受けやすいという問題だ。

 別の団体のアピールはもっと直接的だ。

イスラエルのピンクウォッシングについて抗議します。パレスチナ人の権利もLGBTQ+も同じ人権であるからです」

 ピンクウォッシングとは、LGBTQ+に恩恵があるかのような印象づけをして、まったく別の政策を進めようというものだ。イスラエル政府はLGBTQ+に対するフレンドリーさを打ち出して、パレスチナ攻撃の矛先をかわそうとしているともいわれる。

 皆、意識が高い。しかしタイという国は、そういった人権問題とは別に、ミャンマー、そしてイスラエルに深くかかわっている。その実情が、パレードにつづく抗議行動に結びついているのだ。

LGBTQ+は無理やり徴兵されている」

 たとえばタイには、国軍の弾圧を逃れたミャンマー人が多く暮らしている。タイに密入国したミャンマー人も少なくないが、彼らは正式に働くことができないため、低賃金の不法就労で糊口をしのいでいる。デモの列のなかにいたミャンマー人、Mさん(30)はこう話す。

「私はバンコクの大学に通う留学生。だから顔を出してこのデモに参加できる。でもこの抗議行動に出たことで、ミャンマーにいる両親が捕まってしまう可能性はあります。私の周りには、軍事政権から逃れてきたミャンマー人がいっぱいいます。彼らは軍事政権に抗議したいけど、怖くて顔を出せない。国軍に両親を殺害され、山を越えてタイに逃れてきた人もいる。タイに観光ビザで入国し、そのままオーバーステイになっている人も多い。皆、金がないから、狭いアパートに共同で暮らしている。タイにいるミャンマー人には行き場がないんです」

 Mさんと同じ留学生のLさん(25)はLGBTQ+だった。

ミャンマーLGBTQ+は無理やり徴兵されているんです。前線に送られる人も多い。死んでもいい、って軍事政権は考えているんですよ」

今もイスラエルへ出稼ぎに行くタイ人たち

 そして、イスラエルには約2万6千人のタイ人出稼ぎ労働者がいた。イスラエルで得られる給与は、タイの約2倍。人手不足が深刻なため出稼ぎ労働者を優遇し、他国と違って出稼ぎの条件に語学試験がない。労働ビザがとりやすいこともあり、タイ人にとってイスラエルは出稼ぎ労働に行きやすい国だった。

 しかし、現在では危険がつきまとう。ハマスの襲撃に遭い、40人以上ものタイ人が死亡、負傷している。デモにはイスラエルで死亡したタイ人への保障を要求する団体も加わっていた。

 イスラエルに出稼ぎに行ったタイ人の多くが、いちど帰国している。しかし、最近になって、再び出稼ぎに行くタイ人は徐々に増えている。4月からイスラエル中部のペタク・ティクヴァでシェフとして働くYさん(45)もそのひとり。メールによる取材で、こう綴っていた。

「タイよりも賃金が高いからイスラエルでの仕事に戻ることにしました。1ヵ月に約9万バーツ(約36万円)ぐらいもらえます。紛争が起きたときは2、3回、攻撃があったので、そのたびに仕事仲間と逃げました。もちろん家族は心配してくれていますが、お金を貯めないといけません」

 このやり取りでは、あまり緊迫しているような感じはなく、笑顔の写真も送ってくれたのだが……。

 一見、華やかで明るいバンコクのプライドパレード。その最後尾につづく集団は、思わぬタイの現実を象徴していた。

澤野綾香(現地ジャーナリスト)

デイリー新潮編集部