文=加藤恭子 撮影=加藤熊三 写真提供=haccoba -Craft Sake Brewery-(ハッコウバ クラフトサケブルワリー)

“田んぼの情景”を最大限表現することをテーマとした、クラフトサケ「水を編む」シリーズの1本。南相馬市で自然栽培された88%精米のコシヒカリと、日本の山に自生するホップの変種、唐花草の煮汁を仕込み水に使っている。国内向けの日本酒(清酒)の酒造免許の新規取得が不可能な現在、日本酒の定義を軽やかに飛び越えた、自由で楽しい新たなSAKE文化が始まろうとしている 「水を編む-あいアグリ太田-」(haccoba -Craft Sake Brewery-(ハッコウバ クラフトサケブルワリー)) 500ml 2860円 


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柑橘類を思わせる甘酸っぱさとほのかな苦味

 シュポン!と、ビールのように王冠を栓抜きであける。グラスにぴちぴち弾けるうすにごりの酒を注げば、爽やかな青りんごのような穏やかな香りがふわり。味わえば、グリーンの柑橘類を思わせる甘酸っぱさとほのかな苦味が、すがすがしいほどきれいに調和する。アルコール度数は11%と軽め。暑い夏の昼下がりに飲んだらきっと最高!

「水を編む」は、東北地方などの山野に自生する唐花草(からはなそう)の煮汁を、酛(もと)の仕込み水の代わりに使っている


 

南相馬市に誕生したCraft Sakeの醸造所

「水を編む」シリーズは、2021年2月、福島県南相馬市小高に誕生した「haccoba -Craft Sake Brewery-(ハッコウバ クラフトサケブルワリー)」の代表作のひとつ。日本の醗酵文化を愛し、酒造りの情熱あふれる佐藤太亮(さとうたいすけ)さんが福島県に移住し、この地で新しい酒造りへの挑戦をスタートした。

 ところで現在、国内向けの「清酒(日本酒)」の製造免許の新規取得は厳しく制限され、現実的に新規参入はできない。免許を取得するためには年間60キロリットル、一升瓶に換算してなんと約3万3000本もの最低製造数量を生産・販売しなければならない。つまり、 “無理ゲー”である。

 さらにいちばんの障壁となっているのが、「需給調整要件」。酒税が国税収入において重要な地位を占めていることから、過当競争により酒税の確保が困難になることを防ぐため、現状では日本酒、焼酎、みりんについては新規の製造免許発行が原則、行われていない。ただし、2021年、輸出用に限り、清酒製造免許の新規発行が解禁された。

2021年2月、福島県南相馬市小高に誕生した「haccoba 小高醸造所&KITCHEN」。空き家になった民家をリノベーションした


 

醸造家としての“パラダイス”

 そこで近年、熱意ある醸造家たちに着目されているのが、比較的取得しやすい「その他の醸造酒」の製造免許。「水を編む」もこの品目に分類される。佐藤さんはこう説明する。

「『水を編む』は米と米麹の酒ですが、日本の野山に自生するホップの変種、唐花草の煮汁を酒母(酒のスターターとなるもの=酛/もと)の仕込み水の代わりに使っています。日本酒と同じ製造方法でも、こうしたハーブなどの副原料をほんのちょっと入れるだけで “その他の醸造酒”に分類されるんです」

 本当は日本酒を造りたいけれど、規制されていて仕方なく「その他の醸造酒」を造っているのでしょう? そう聞かれることがたまにある。しかし、そうではない、と佐藤さんは続ける。

「じつは僕らがいる位置って醸造家としてはパラダイスだと思っています。だって、僕らは限りなく自由。たとえば『水を編む』のように、きわめて日本酒に近づけた造り方もできるし、日本酒からめちゃくちゃかけ離れた表現もできるんです。ぶっちゃけ、ただの表記の問題にすぎず、官能試験で“日本酒か、その他の醸造酒か”、区別できない酒を造ることも可能です。現在の日本においては、“その他の醸造酒”ほど自由度の高い免許はないと思っています」

「haccoba -Craft Sake Brewery-(ハッコウバ クラフトサケブルワリー)」のメンバーと、オーナー兼醸造家の佐藤太亮さん(中央)。大学生時代、能登半島で出会った発酵文化と造り手の生きざまに惹きつけられ、IT企業に勤める傍ら日本酒を飲み歩き、酒蔵立ち上げを志す。阿部酒造(新潟・柏崎)で修業後、2021年2月、1つ目の拠点「haccoba 小高醸造所&KITCHEN」を誕生させた


東北地方に伝わる幻の“花酛”を復活

 日本の唐花草は、ビールに使われるホップと同じで抗菌作用があり、雑菌の侵入を防いで健全な発酵を促す効果があると期待されている。そのため、身近な山で唐花草が採れる東北地方では、昔から家庭でのどぶろく造りに唐花草が利用されていたようだ。しかし、明治時代に自家醸造が禁止されると、唐花草を使った“花酛”と呼ばれるどぶろく製法も衰退してしまう。

 佐藤さんは、全国各地に伝わるどぶろく造りを集めた名著『諸国ドブロク宝典』(農山漁村文化協会)で、この唐花草の花酛を知る。

「花酛は伝統的な製法でありながら、現代の感覚だとビールと日本酒の掛け合わせのような新しいイメージ。その存在を知ったときには、めちゃめちゃロマンを感じました。花酛の技術を取り入れれば、古さと新しさを備えた僕らの酒ができると確信しました」

「水を編む」(500ml)シリーズの年間製造量は約3500本。年3回リリース予定。ラベルが二重になっていて、表面の1枚をはがすと詩人・菅原敏の詩が隠されている


 

3年で3つの醸造場に。今後、ベルギー展開も

 事業展開のスピードも凄い。2023年7月には、2つ目の拠点となる「haccoba 浪江醸造所」を福島県浪江町に設立。さらに2024年2月には、無人駅の小高駅舎内に「haccoba小高駅舎醸造所&PUBLIC MARKET」がオープンした。

 今後はベルギーにも新たに醸造所を立ち上げる計画が進んでいる。

「世界では清酒はすべてSAKEとされ、日本における清酒の定義はほぼ意味をもちません。僕らは海外展開を視野に入れて創業したので、世界で通用するCraft Sake Breweryという言葉を正式名称として入れました」

 若き醸造家たちが軽やかに生み出す、伝統を超えたSAKE文化。躍動感あふれる新しい日本の酒の歴史が始まっている。

「水を編む-あいアグリ太田-」は、白麹を使用することで、柑橘類のような爽やかな酸味を表現。グリーンサラダなどフレッシュな料理との相性が抜群!


「はなうたホップス」は、花酛とビールの技法ドライホップをかけ合わせ、米のクリアな甘みとホップの爽やかな香りを表現


筆者:加藤 恭子