今くるよさん(吉本興業HPより)

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 日本人の3人に1人が「がん」で亡くなると言われて久しいが、実は多くのがんの罹患・死亡率は減少傾向にある。しかし近年、患者が増えている“稀有ながん”の一つに「すい臓がん」が挙げられる。年間の死亡者数は3万人を超え、「早期発見が難しいがん」として知られるが、ここに来て新たな治療法の研究が進み、“希望の光”も見え始めている。

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【写真を見る】「えっ、あの人も…」 すい臓がんで亡くなった著名人たち

 漫才コンビ「今いくよ・くるよ」の今くるよさん(享年76=本名・酒井スエ子)が5月27日、膵がんのため死去した。1980年代の「漫才ブーム」を支えた立役者の一人で、いまでは珍しくなくなった女性漫才コンビの草分け的存在だった。

今くるよさん(吉本興業HPより)

 膵がんとは膵臓(すいぞう)にできるがんのことで、映画プロデューサーの叶井俊太郎さん(享年56)も今年2月、同じ病気で亡くなった。また経済アナリストの森永卓郎氏(66)も「ステージ4のすい臓がん」であることを公表し、いまも闘病中だ。他にも女優の八千草薫や作家の石原慎太郎、元横綱「千代の富士」の九重親方、プロ野球の星野仙一などもすい臓がんで亡くなっている。

「すい臓は胃の裏側に位置し、体の深奥部にあるため内視鏡や超音波が届きにくいこともあって、早期発見が難しく、すい臓がんは別名“サイレントキラー”とも呼ばれている。日本人男性のがん別の死亡率では4位に、女性では3位に入り、25年前と比べて(死亡率は)3倍以上になるとのデータもあります」(医療ジャーナリスト)

 すい臓がんの早期発見や治療が困難なのは、部位が位置する構造上の問題だけでなく、実は別の理由も指摘されている。

免疫細胞を“ブロック”

『がんは8割防げる』や『がん検診の大罪』などの著書がある新潟大学名誉教授の岡田正彦氏が言う。

「アメリカの調査結果となりますが、すい臓がんと診断された米国人の『4人に3人が1年以内に死亡している』とのデータがあるなど、すい臓がんの致死率の高さは高止まりしたままです。その理由として最近、すい臓がんは免疫機能を“不全”にさせる可能性が指摘されています。細胞が“がん化”すると、私たちの体は〈異物〉と認識し、がん細胞に対して免疫細胞が攻撃を仕掛けます。白血球の一種で『マクロファージ』と呼ばれる免疫細胞もその一つで、がん細胞を捕食・消化して死滅させる役割を担っている。しかし、すい臓にできたがん細胞のなかには、このマクロファージを“撥ねつける”たんぱく質をつくり出すことが報告されています」

 ヒトの体内では毎日、数千個の細胞が“がん化”していると言われるが、多くの人にとって特に問題とならないのは、体の免疫機能が正常に働いているためだ。すい臓がんに“見つかった時には手遅れ――”といったケースが多いのは、免疫機能が正常に作動しないことが理由の一つに浮上しているという。さらに、

「たとえば肺がんなら“喫煙”、胃がんなら“塩分の摂り過ぎ”など、がんを誘発する直接的なリスクファクターをそれぞれ挙げられますが、すい臓がんの場合、それがハッキリしない。もちろんアルコールやタバコ、肥満などが要因となることは指摘されていますが、“すい臓がんになる原因”を問われると、医師の側も“よく分かっていない”と答えざるを得ない部分が残ります」(岡田氏)

解明近づく「すい臓がんの発症メカニズム」

 そんななか、海外では「すい臓のなかにカビが巣くう」ことでがん化するとの研究報告が登場しているという。

「すい臓のなかを走る膵管と、肝臓と胆のうから伸びた総胆管は十二指腸に接する辺りで結合し、その部分をファーター膨大部と呼びます。すい臓から分泌される膵酵素と肝臓や胆のうから分泌される胆汁は、このファーター膨大部を通じて十二指腸へ流れ込みます。しかし十二指腸内の食べ物の一部が同部を経て膵管に逆流し、すい臓のなかに(がんを誘発する)カビが入り込む可能性が指摘されているのです」(岡田氏)

 さらなる研究によって、すい臓がんの「原因解明」へと近づくことが期待されているそうだ。

驚きの「最新治療法」

 また治療法に関しても最近、新たな動きが――。

「すい臓がんに関しては現在、ワクチンを使った2つの治療法が注目されています。一つが『ELI-002 2P』と呼ばれるワクチンで、すでに初期段階の臨床試験を終え、今年後半から第2相臨床試験が始まる予定です」(岡田氏)

 すい臓のがん(腫瘍)の90%以上にがんの進行を促すKRAS遺伝子の変異が見られるとされ、米テキサス大を中心とした研究チームはこの“KRAS変異”を免疫細胞に〈標的〉と認識させ、攻撃させるワクチンを開発。第1相臨床試験では、ワクチンを投与した84%(25人中21人)に期待された反応が見られたという。

「もう一つが、コロナ時に脚光を浴びたメッセンジャーRNAを使ったワクチンです。ドイツのビオンテック社が開発中のもので、『個別化メッセンジャーRNAワクチン』と呼ばれています。“個別化”とは患者ごとの遺伝子情報に合わせたワクチン製造が可能なことを指し、投与によって免疫機能の向上をもたらすという。総合科学誌『ネイチャー』に掲載された論文では、同ワクチンが“すい臓がんにも効果がある”とされ、話題を集めました」(岡田氏)

 こちらもまだ第1相臨床試験が行われた段階だが、すい臓がん治療の「切り札」として期待する声は多いという。

デイリー新潮編集部