(写真:Xeno/PIXTA)

年金生活者の年金平均月額は約20万円だ。この他に配偶者の収入などがあり、世帯としての収入は、月25.5万円程度となる。他方、支出月額は、食費7.6万円など約28.6万円と、経済的に優雅な生活を営んでいるように見える。昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕するーー。野口悠紀雄氏による連載第121回。

日本でも普通になった「年金生活者」

年金生活者」という言葉を私が初めて知ったのは、学生時代にドストエフスキーの小説を読んだときだ。そこには、『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフの母親プリヘーリャなど、年金生活者が何人も出てくる。当時の日本では年金だけで生活することなど考えられなかったので、大変興味を引かれた。

それから60年以上経ったいま、日本でも年金生活者は普通の存在になった。私の周りにも年金生活者は大勢いる。しかも、彼らは、ドストエフスキーの小説に登場した年金生活者とは違って、経済的に優雅な生活を営んでいる。

では、その人たちはどれだけの年金をもらい、どれだけの生活費を使い、そしてどれだけの資産を持っているのだろうか?

これを直接、相手に尋ねるのは、なかなか難しい。実際、「同窓会やクラス会で、年金額を話題にしてはいけない」と言われる。自分より年金が多い人がいると、心は穏やかでなくなるからだ。

しかし、年金生活者がどれだけの年金をもらってどのような生活をしているかには、誰しも興味がある。そして、その情報を入手する手段はある。個々の具体的な人の年金額ではなく平均的な数字だが、「家計調査」を見れば、かなりのことが分かるのだ。

ただ、ちょっとしたノウハウが必要だ。家計調査自体はよく使われる一般的な統計なのだが、年金生活者の実態を知りたいとなると、それを示している表がどこにあるかを見つけ出すのは容易でないからだ。

公表されている家計調査の統計表には、さまざまな観点から分類されたきわめて多数のものがあり、しかも、それらがあまりうまく整理されていない形で提示されているので、初めて見る人は、混乱状態に陥るだろう。

年金生活者の最新のデータは、次のところにある。「2023年、家計調査、所得支出編。第3-12表、(高齢者のいる世帯)世帯主の就業状態別、二人以上の世帯」を検索語として検索し、「第3-12表」を開く。

ここには、多数の項目が示されているのだが、そのうち「65歳以上の者がいる世帯(世帯主が65歳以上、無職世帯)」を見る。これが、ほぼ年金生活者の概念に一致すると考えてよいだろう。

この区分の属性は、次のようになっている。世帯人員が2.34人。世帯主の配偶者のうち女の有業率が11.1%。世帯主の年齢は76.4歳、持家率は94.1%。広さは40.3畳だ。

平均年金額は、モデル年金の約9割

まず公的年金額を見ると、月額20万1929円となっている。年間では約240万円だ。

この額は、2023年の厚生年金の「モデル年金」22万4482円より1割ほど少ない。「モデル年金」とは、厚生労働省が年金額の水準を決めるために使っている概念であり、標準的な世帯(平均的な賃金で40年間就業した夫と専業主婦の妻の世帯)の年金だ。

家計調査に表れる公的年金支給額がその年の厚生年金モデル年金より低い理由として、2つのことが考えられる。第1は、国民年金の受給者も入っていること(2023年の国民年金の モデル年金は、6万6250円)。第2の理由は、賃金が上昇した場合、既裁定者の年金は、物価上昇分はスライドして増えるが、実質賃金上昇分は増えないことだ。

「所得代替率」とは、公的年金を受給し始める65歳時点のモデル年金額が、その時点の男性現役世代の平均手取り収入(賞与込)と比較して、どの位の割合かを示すものだ。財政検証で公表している。2019年の財政検証では、所得代替率は61.7%だった。

政府は、所得代替率が50%を下回らないこととしている。退職後の年齢になれば、子育ては終わっており、子供の教育費等を負担する必要はないから、働いていたときのほぼ半分の収入で生活が成り立つというのは、納得できる考えだ。

なお、年金以外にも収入はある。いま考えている区分の場合、世帯主の勤労所得はゼロだが、配偶者やその他の世帯員の収入が、2023年で月8万 3000円ある。その他にも収入項目があり、これらを合計したものを「実収入」と呼んでいる。2023年では月額25万5973円だ。

年金生活者の支出はどれくらいか

支出は、「実質支出」という概念で示されている。月額28万6176円だ。

支出の内容を見ると、最大のものが食料で、月額7万6062円。次が交通・通信費で、3万1439円だ。

以下、次のようになっている。住居:1万6304円(うち設備修繕・維持1万3455円)、光熱・水道:2万3809円、家具・家事用品:1万0864円、被服及び履物:5346円、保健医療:1万6210円、教養娯楽:2万3861円、その他の消費支出:4万8681円、直接税:1万3367円、社会保険料:1万9864円。

決して豪勢な生活というわけではないが、まともな生活だと考えてよいだろう。

黒字(実収入ー実支出)はマイナス3万0203円。これは、預貯金引き出しや保険金などで補填している。

金融資産の保有状況に関する統計は、所得支出編とは別系統の統計である「貯蓄・負債編」にまとめられている。

2人以上の世帯のうち世帯主が65歳以上の世帯(2人以上の世帯に占める割合42.6%)について2022年を見ると、貯蓄額の平均が2414万円だ。この数字を見ると、多くの人が、「自分の金融資産保有額はかなり少ない」と感じるだろう。これは金融資産の分布の特性による。より詳しくは、次のとおりだ。

一般に、金融資産の分布は、「パレート分布」という分布になっている。これは、身長や体重などの「正規分布」とはかなり違う性質を持つ分布だ。極めて大きな値のサンプルが、ごく少数あるのだ。この場合、平均値は、多くの人が感じる実感より、かなり高い値になる。

金融資産は、ごく一部の少数の人々が極めて多額の資産を持っている。このため、平均値の計算においては、それらの人々の影響が大きくなり、日常的な感覚に比べると、高い値になるのだ。

そこで、貯蓄保有世帯の中央値を見ると、1677万円だ(貯蓄保有世帯の中央値とは、貯蓄0世帯を除いた世帯を貯蓄現在高の低い方から順番に並べたとき、ちょうど中央に位置する世帯の貯蓄現在高)。多くの人にとって、こちらのほうが日常的感覚に近い。

金融資産の大部分が、預金

前項で見たのは、2人以上の世帯のうち世帯主が65歳以上の世帯だ。ところで、収入・支出で見たのは、このうちの無職世帯だ。そこで、2人以上の世帯のうち世帯主が65歳以上の無職世帯(2人以上の世帯に占める割合32.0%)の1世帯当たり貯蓄現在高を見ると、平均値は2359万円となり、前項で述べた値より少し低くなる。

貯蓄の種類別に1世帯当たり貯蓄現在高をみると、定期性預貯金が865万円と最も多く、ついで通貨性預貯金が699万円、有価証券が400万円、「生命保険など」が390万円、金融機関外が5万円となっている。

こうした現状に対して、「預金に偏りすぎており、株式投資を増やすべきだ」との意見がある。しかし、こうした考えが適切か否かは、疑問だ。高齢者になってからは入院や介護などで不意の出費があり得るので、常にそれに対応できる流動性の高い資産を持っていることが必要だからだ。

実物資産面はどうか? すでに述べたように、持ち家率は極めて高い値であり、しかも広い住居だ。この資産価値がどの程度になるかは、住んでいる地域にもよるので一概には言えないが、金融資産よりかなり高額になる可能性が高い。

(野口 悠紀雄 : 一橋大学名誉教授)