【マリーナ・オフシャンニコワ】「空襲警報」が目覚まし代わり…飢えた野犬が地雷原をうろつくウクライナの「世紀末的な日常」

写真拡大 (全4枚)

「NO WAR 戦争をやめろ、プロパガンダを信じるな」...ウクライナ戦争勃発後モスクワの政府系テレビ局のニュース番組に乱入し、反戦ポスターを掲げたロシア人女性、マリーナ・オフシャンニコワ。その日を境に彼女はロシア当局に徹底的に追い回され、近親者を含む国内多数派からの糾弾の対象となり、危険と隣り合わせの中ジャーナリズムの戦いに身を投じることになった。

ロシアを代表するテレビ局のニュースディレクターとして何不自由ない生活を送っていた彼女が、人生の全てを投げ出して抗議行動に走った理由は一体何だったのか。

長年政府系メディアでプロパガンダに加担せざるを得なかったオフシャンニコワが目の当たりにしてきたロシアメディアの「リアル」と、決死の国外脱出へ至るその後の戦いを、『2022年のモスクワで、反戦を訴える』(マリーナ・オフシャンニコワ著)より抜粋してお届けする。

『2022年のモスクワで、反戦を訴える』連載第18回

『「今じゃ誰も避難しないよ」…恒常化した戦争がウクライナにもたらした「ヤバすぎる現実」』より続く

どこへ逃げても無駄

朝6時、携帯で空襲警報のサイレンが激しく轟いた。ベッドから起き、ブラインドを上げて窓の外を眺めた。水平線で黒い雲が黒い海原と一つになっていた。不吉な静けさだった。

電話が鳴った。サヴェリイだった。

「起きたかい?ミサイル攻撃がありそうだ。報道によると軍艦が何隻かクリミアを出てオデーサ方面に向かったということだ」

「わざわざわたしを怖がらせたいの?どこへ逃げろって言うの?どこへ隠れろって言うの?ホテルの地下?」

「逃げても無駄だと思うね。飛んで来たら地下室で瓦礫の下敷きだよ。這い出せやしない」

「わたしもそう思う。でも死にたくはないわ」

「何とかなるさ」サヴェリイはわたしを元気づけようとした。

「ロシア兵よ、止まれ!」

「約束した通り、10時にレセプションで会おう。まずロシア領事館に連れて行くよ」

わたしたち4人はクルマのところに行った。サヴェリイはセキュリティアドバイザーに、ナビに入れてあるルートを説明した。カメラマンは三脚をトランクにしまい、わたしは携帯で空爆の地図を見ていた。ほぼウクライナ全土に赤い印がついていた。

交差点には大きな広告塔があった。

「ロシア兵よ、止まれ!プーチンのために人殺しはするな。良心を汚さないで家に帰れ!」

写真を撮り、自分のSNSにアップした。

数分後ニックはSUV車を赤い煉瓦塀のところに停めた。

「イルピン、ブチャ、マリウポリ」――大きな黒い文字で壁に書かれていた。

「戦争が始まる2日前に、ロシアの外交官が書類を燃やしているのがアパートの窓から見えたよ。その後、奴らはここから逃げ出した」サヴェリイが言った。

カメラを怖がる不気味な野犬

ロシア領事館のドアは固く閉ざされていた。入口は領土防衛隊の兵士たちが警備していた。

「行こう。廃墟になったホテルを見せてやるよ」サヴェリイが言った。「先月、ロシアの砲弾が飛んできたんだ。幸い、中には誰もいなかった」

町はずれに出た。岸辺に長い2階建ての建物があった。ホテルの真ん中の部分が完全に破壊されていた。

「どうも山の上にある電波塔を破壊しようとして、ここへ当たったようですね」

一緒に仕事をすることになったウクライナ人のセルゲイがクルマから出て言った。「地雷」と書かれた看板を風が揺らしていた。看板はホテルの敷地を仕切る細い鉄の鎖にぶら下がっていた。

わたしたちのまわりには誰もいなかった。海岸はまったく人気がなかった。遠くからわたしたちのほうをじっと見ながら、飢えた犬の群れが砂利道をうろついていた。セルゲイがカメラのレンズを犬に向けた。その瞬間、犬たちは凍り付いたようになり、次の瞬間尻尾を巻いて逃げ、長く遠吠えを始めた。わたしは手の平が冷たくなり、怖くなった。

「町へ帰りましょうよ」

わたしは一緒にいた人たちにそそくさと促した。

『「見てほしいものがある」…ウクライナの被爆地でロシア人女性がイラク従軍兵の男に見せられた「衝撃的なモノ」とは』へ続く

「見てほしいものがある」…ウクライナの被爆地でロシア人女性がイラク従軍兵の男に見せられた「衝撃的なモノ」とは