【写真】電気自動車にまつわる「充電器の設置が先か?EVの普及が先か?」の「鶏卵論争」が動き出している

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充電器の設置が先か、電気自動車の普及が先か。その”鶏卵論争”が動き出している(筆者撮影)

充電インフラが増えないから、EV(電気自動車)の販売が伸びない。EVの販売が伸びないから、充電インフラが増えない。

いわば「鶏が先か卵が先か」の議論が社会全体から聞かれるようになって久しい。そうした状況が今、大きく変わろうとしている。


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経済産業省が4月22日、第7回「充電インフラ整備促進に関する検討会」で提出した事務局資料によれば、2024年3月時点で、国内に整備されている充電器は、急速充電器と普通充電器をあわせて約4万口だという。この1年で、一気に約1万口が増えたことになる。

これは、国が2023年度(令和5年度)に充電インフラ補助金として175億円を手当したこと、都道府県や市町村でも充電インフラに対する各種の補助をした効果によるものだ。

国は、2030年に急速充電器および普通充電器を2023年前半の3万口から、その10倍に相当する30万口まで拡大する「充電インフラ整備促進に向けた指針」を示した。

2021年6月に改定した、グリーン成長戦略で掲げた「2030年までに15万口」という目標を2倍に引き上げたのだ。


指針のポイントとして「2030年までに30万口」が示された(第7回 充電インフラ整備促進に関する検討会 事務局資料より)

充電インフラサービス事業者の競争が激化

こうした高い目標を実現させるため、国は「充電インフラ整備促進に関する検討会」等を通じて、充電インフラに関する課題解決を急いでいる。

たとえば、「マンションなど集合住宅では充電インフラの整備が難しい」ことや、「2010年代に先行導入した充電器で設置事業者の収益性が悪く、新しい充電器への転換が進みにくい」ことなどに向けた具体的な解決策を考慮している。

そうした中、充電インフラサービスの事業者間での競争も激しさを増している。

昨年後半から今年前半にかけて、複数の充電インフラサービス事業者が開催した事業説明会を取材したが、ライバル各社の事業に対する牽制球を投げ合っている印象を持った。

2024年度の国の充電インフラ補助金には、前年度の約2倍となる360億円が設定されている。この使徒について、充電インフラサービス事業者各社から、充電インフラの設置場所や設置状況が「ユーザーにとって実効性の高いもの」を優先するべきとの声があがっている。

国は、こうした現場の声を十分に理解したうえで、補助金の申請手続きを厳密化することになるだろう。


ヨーロッパ以外で初の開設だというアウディ チャージング ハブ紀尾井町(写真:アウディジャパン)

メーカー(インポーター)主導の充電インフラとして、アウディ/フォルクスワーゲン/ポルシェの3ブランドが「プレミアム チャージング アライアンス(PCA)」を組み、2024年4月時点で全国356拠点を展開。出力150kWまたは90kWの急速充電器を設置している。

また、アウディジャパンは、都市部での充電拠点不足の解決策として、蓄電池を備えた急速充電器施設「アウディ チャージング ハブ」の展開を発表しており、4月26日にその第1弾を東京・紀尾井町にオープンさせた。

いまだ解決していない「EV三重苦」

では、充電インフラ数が一気に増えれば、「鶏が先か、卵が先か」という議論の堂々巡りは終わって、本格的にEVが普及するようになるのだろか。

私見では「話はそう簡単には進まない」と思う。

これまで「EV普及に向けた3大課題」として「車両価格が高いこと」「充電インフラが少ない」、そして「充電時間が長い割に航続距離が短い」が言われてきた。

このうち「充電時間が長い割には航続距離が短いこと」は、前述のような国の施策によって、理論上は解消する。

ただし、充電インフラには、EVを保管する自宅や事業所で定期的に行う「基礎充電」、外に出かけた際にガソリンスタンドでの給油のような感覚で使う「経路充電」、そして移動の目的地で行う「目的地充電」という、大きく3つのパターンをユーザーは理解する必要がある。


マツダ「MX-30 Rotary-EV」をサービスエリアで急速充電したときの様子。これは「経路充電」だ(筆者撮影)

残りの課題、「車両価格が高いこと」と「充電時間が長い割に航続距離が短いこと」については、自動車メーカーが主導した商品企画では解決できない、というのが長年にわたりEVを取材してきた者の実感だ。

一般論では、車両価格が高くなるもっとも大きな要因は「駆動用電池の価格」にある。直近で、自動車メーカー各社の開発関係者は「電池コストは、新車価格の3〜4割」と表現する。その電池容量を大きくすることで、航続距離は伸びる。

「リーフとi-MiEVの時代」から「テスラの時代」へ

2010年代初頭、日産「リーフ」と三菱「i-MiEV」がEVの主流だったころ、自動車メーカー開発者の多くは、電池容量はコストやクルマの運動性能にも直結するだけでなく、リサイクル等での環境への影響から、「大きくすればいいのではなく、適度なサイズを考えていくべき」という「未来に向けた社会変化と、それにともなう消費者の行動変容」を期待していた。


2024年5月現在、販売されるリーフは初代をアップデートした第2世代(筆者撮影)

それが、テスラが「モデルS」に大容量電池を搭載してきたことで、市場の見方が大きく変わった。テスラは充電時間を短くするため、自前で展開するスーパーチャージャーの高出力化を進めたのだ。

航続距離と充電時間(充電の高出力化)の観点で「ガソリン車、クリーンディーゼル車、ハイブリッド車と同等がそれ以上の利便性」を目指すという開発思想が、テスラを基点にメルセデス・ベンツなど欧米の大手メーカーで常識化するようになっていく。

充電時間の短縮と車両コスト削減を実現する手段のひとつとして、「交換式の大型電池」という考え方もあった。ユーザーは電池以外の部分を所有し、電池はリース(またはサブスクリプション)とするものだ。

しかし、アメリカのベンチャー企業が事業化を試みたり、中国メーカーの一部が実際に採用したりしたが、現時点では事業として成功したとは言いがたい。結局、日系メーカーも、テスラ由来の大容量電池をウリにするようになった。


テスラ モデルS「Plaid」では最高出力1020hp、600km航続距離(WLP)もの数値を誇る(写真:Tesla, Inc.)

そうした概念ではない成功事例としては、日産「サクラ」と三菱「eKクロス EV」の姉妹車で、低コスト→電池容量抑制→航続距離の限定を消費者に理解してもらう「軽自動車のEV」という商品性を定着させた。充電は自宅での「基礎充電」を推奨している。そのうえでユーザーの「行動変容」を求め、ユーザーはそれを受け入れている。

ただし、250万円から300万円を超える車両価格は軽自動車としては高額であり、国や地方自治体の補助金ありきの「本格普及に向けたリリーフ投手」という印象も残る。 

「電力は足りるのか?」という課題もある

このように、自動車メーカー間での競争をベースで考えると、「ある程度の大きな電池と高出力の充電」がEV開発のベンチマークになってしまうように思える。

充電インフラ事業者としては、そうした流れの中でEVの普及が進むことにより「量産効果でEV市場全体のコストが下がるだろう」という目論見がある。

一方で、EV需要が増えたら「電力は足りるのか?」という課題もある。この点については、資源エネルギー庁の「次世代の分散型電力システムに関する検討会」等を通じて、やっと議論が進み始めたところだ。


どこでどのように作られた電気で走らせるか。それがEVにとって大きな課題となる(筆者撮影)

さらに、EVだけにとどまらないクルマを主体とする「モビリティ」という観点でのエネルギーの需給関係や、社会における効率的な活用については、内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期/スマートモビリティプラットフォームの構築」でさらに深掘りされることになるだろう。

直近では、グローバルでEV需要が「踊り場」になったという報道が目立つ。「踊り場」とは、上昇ペースが落ち着いて停滞状態となっていることだ。その背景には、さまざまな要因が絡み合っている。

たとえば、欧州連合のグリーンディール(気候変動)政策パッケージ「Fit for 55」で、「2035年に乗用車と小型商用車はEV・または燃料電池車(FCEV)に限定」が事実上、変更されたこと。中国での経済成長の鈍化。そして、低価格な「モデル3」「モデルY」がもたらしたテスラブームの沈静化などである。

一方、ハイブリッド車(HEV)で知見のある日系自動車メーカー各社は、EVのみならず、プラグインハイブリッド車(PHEV)やFCEVを含めた各種電動車、クリーンディーゼル車、水素エンジン車などを、国や地域の社会情勢に合わせて複合的に展開する姿勢を貫いている。


トヨタは液体水素燃料を使うエンジンを研究し、レース(スーパー耐久)への実戦投入も行っている(筆者撮影)

さらに、日系ビッグ3のトヨタ、ホンダ、日産は全固体電池など、次世代技術の早期量産化に向けた研究開発を加速している。

「EV普及の3大課題」という議論を超えて

こうした、政治主導による環境関連事業への投資政策と、それらに大きな影響を受けながら研究開発を進める自動車産業界という関係性は、当面の間、変われないかもしれない。

だが、EVを取り巻く環境を俯瞰すると、車両コストや充電インフラ等を主とした「EV普及の3大課題」という技術領域を議論する時期は、すでに超えているように思える。


EVを含むエネルギーマネージメント事業全体に関する、パナソニックの展示(筆者撮影)

これからは、EVを日常の生活や事業の中で使う主要エネルギーである電力の仲間にしっかりと組み込んだ社会体系の作り方を、国・地方自治体・メーカー・販売店・サービス事業者・ユーザーそれぞれが真剣に考えるステージに入るのだろう。

現状でのEVは、ガソリン車やハイブリッド車の「代替」という範疇にとどまっており、充電インフラ整備についても場当たり的な印象がある。

本来、EVは地域社会のエネルギー/データ/移動を総括的に捉えるためのバロメーターであり、社会変革に向けた優良なデバイスであるべきだ。
そうした抜本的な社会変革を踏まえたサービス事業の一部として、充電インフラを位置づけるべきだと思う。

(桃田 健史 : ジャーナリスト)