商品を販売する最良の方法は、多くの場合1対1だ。これは何世紀にもわたって、ハイエンドのラグジュアリーブランドにとっては重要な戦略となっている。近年では、eコマースの急成長やAIチャットボットのような新興テクノロジーによってブランドと顧客との距離がますます離れつつあるため、こうしたつながりがこれまで以上に重要になっている。

高級百貨店から生まれた伝統的なクライアンテリングは、販売員が顧客の情報や購買習慣を把握し、新商品や今後の購入について積極的に相談に応じるなどして、顧客との密接な関係を築くものだ。

高級テーラードブランドであるゼニア(Zegna)が4月初頭に発表した2023年度第4四半期決算報告を見れば、1対1のクライアンテリングがブランドにもたらす可能性は明らかだ。ファッションブランドのトムブラウン(Thom Browne)でCEOを務めるロドリゴ・バザン氏は、クライアンテリングが同四半期のブランド成功の鍵であり、数百万ドル(数億円)相当の売上をもたらしたと語った。同ブランドの全体としての四半期収益は4億1000万ドル(約627億円)を超えており、6年前にゼニア傘下に加わったときから26%増加した。

「4月4日にロサンゼルスで開催された20周年記念ディナーのように、当社はどんなブランドの節目も、顧客の節目、そして顧客のためのイベントとなるよう、昨年から意識的に取り組んできた」とバザン氏は電話で話した。「このようなイベントを通じて、顧客とのあいだで数百万ドル(数億円)が動いている。現在はニューヨークで顧客にショーコレクションを紹介するだけでなく、主要な顧客との1対1の機会を作ることにも特に注力している」。

クライアンテリングの機会を見逃しているブランド



しかし、セレクトショップのエッセンス(Ssense)でパーソナルショッピング部門を率いたのち、昨年リテールコンサルティング会社のロックリンジョセフ(Loughlin Joseph)のクライアンテリング部門責任者に就任したカーリン・ローレンハーゲン氏によると、多くのラグジュアリーブランドがクライアンテリングの機会を逃しているという。

「現在、小売店の給与体系では熟年の従業員を維持することが難しくなり、多くの小売店が若い従業員を雇用している」とローレンハーゲン氏は言う。「そして、注力しているのは売上だけだ。ブランドや小売業者は数字やKPI(重要業績評価指標)を重視する傾向があるため、時間がかかり追跡しにくいクライアンテリングの質的な利点の多くを見逃している」。

ロックリンジョセフはニューヨークとロンドンを拠点とするいくつかの小売業者に対して、クライアンテリングについてコンサルティングを行っている。ニューヨークを拠点とし、1000ドル(約15万円)を超える価格帯のラグジュアリーファッションブランドのメルケ(Melke)もそのひとつだ。

しかしロックリンジョセフの創業者であるルアリ・マホン氏は、ラグジュアリーブランドでなくてもクライアンテリングへ投資することによって利益を得ることができると語った。

「ラグジュアリーブランドばかりではない」と同氏は話す。「カーリンと私が小売店を視察したなかで最高の顧客サービスを提供していたうちの1社は、D2Cメンズウェアブランドのバックメイソン(Buck Mason)だ。同ブランドのシャツは45ドル(約6900円)だが、スタッフの対応は素晴らしく、知識が豊富で、親切だった」。

テクノロジーの発展による新たなクライアンテリング



新しいテクノロジーはクライアンテリングに新しい時代をもたらした。ローレンハーゲン氏は「シア−(Seer)」というプラットフォームを使用しており、これによって販売員がテキストを入力できるルックブックを作成したり、顧客情報ややり取りを追跡したりすることができるという。近年には、2021年に1億ドル(約153億円)以上でフィンテック企業のクラーナ(Klarna)に買収されたeコマースファームのヒーロー(Hero)のように、似たようなテクノロジープラットフォームも登場している。同氏によると、一部のハイエンドなクライアント企業のなかには、購入履歴や興味データを記録するのに紙とペンを使うようなアナログの方法を好む人がいるという事実があるにもかかわらず、である。

主要なクレジットカードおよび金融機関のすべてで採用されているセキュリティ基準「ペイメントカード業界データセキュリティ基準(Payment Card Industry Data Security Standard、PCI DSS)」では、クレジットカード番号など特定の顧客情報を紙で保管することを明確に禁止している。代わりにこれらの情報は、デジタルセキュリティ保護の下でデジタル化して保存する必要がある。

「古いスタイルのクライアンテリングを維持するには、乗り越えなければならないハードルがたくさんある」とローレンハーゲン氏は話す。「そのため、これまでのやり方に慣れている年配のスタッフを抱えるクライアントに対しては、現在のやり方を教えなくてはならない」。

同氏によると、eコマースと実店舗のどちらのブランドにとっても、対面または電話による1対1の顧客対応が依然として優れたクライアンテリングサービスの基準であるという。

情報が溢れる世界で価値があるのは「1対1」の対話



時計ブランドのシチズン(Citizen)を手がけるシチズンウォッチアメリカ(Citizen Watch America)でプレジデントを務めるジェフリー・コーエン氏は、クライアンテリングは商品を購入する人だけのものであってはならないと語る。たとえばシチズンでは、時計の修理のために店舗に来店する顧客に対してクライアンテリングの提供をはじめることがよくあるという。実際、そうすることが同社の小売戦略の中心となっている。時計の寿命は何十年にもおよぶため、シチズンに初めて来店する理由は、新しい時計を購入するためではなく、ほかの人から受け継いだ古い時計の修理をするためであることが多い。

「時計は世代を超えるものだ」とコーエン氏は話す。「人々は皆、祖父が持っていた時計を好んでいる。顧客が来店した際にはコンシェルジュサービスが利用できる。顧客にじっくりと向き合い、当ブランドを紹介する」。昨年、シチズンは前年比15%増という記録的な利益を達成した。

ロックリンジョセフ創業者のマホン氏は2017年までスウェーデンのデニムブランドであるヌーディージーンズ(Nudie Jeans)で働いていたが、このときにも修理を求めて初めて来店した顧客向けにクライアンテリングサービスを提供しはじめることが戦略のひとつだったという。

「クライアンテリングは、小売戦略というよりも、コミュニケーション戦略やマーケティング戦略として捉えるべきだ」と同氏は語った。「当社がブランドコンサルティングを行う際には、クライアンテリングを小売シナリオだけに限定しないようにと伝えている。ソーシャルメディアの世界で情報が氾濫している今、顧客との1対1の対話は貴重で、投資する価値があるものだ」。

[原文:One-on-one clienteling is still a brand's best friend]

DANNY PARISI(翻訳:ジェスコーポレーション、編集:都築成果)