【ねこに転生したおじさん】
Xにて連載中
著者:やじま

 「最近流行っている、おすすめのマンガを教えてよ」と知り合いに言われたので、「ねこに転生したおじさん」(以下「ねこおじ」)を紹介した。すると、試し読みをしたその人は開口一番こう言った。「こんな……素朴な絵のマンガが、本当に流行っているの?」。素朴という言葉に、言外の含みを感じたが、流行っているのは?ではない。「次に来るマンガ大賞2023」でWEBマンガ部門2位を取ったし、10月からアニメ化もされるのだ(フジテレビ系列「ぽかぽか」内にて放送予定)。

【TVアニメ『ねこに転生したおじさん』ティザーPV】

 本作はX(旧Twitter)で連載されていて、ひとたび更新されると5万もいいねがついたりする。5月1日に2巻が発売となり、流行っているのは間違いないのだが、確かに絵柄は素朴かもしれない。上記の「次に来るマンガ大賞2023」の他の受賞作一覧を見ると、「ねこおじ」だけ絵の……テイストがまるで違う。週刊少年ジャンプや、ちゃおのマンガに見慣れている人が違和感を覚えても、不思議ではない。

 だが、この絵柄も含めて、「ねこおじ」は人気なのだ。そこには、イマドキのSNS戦略と、「転生モノ」の見事なマリアージュがある。

可愛い猫と半透明のおじさんのギャップが癖になる

 「ねこおじ」は、突然猫に転生したおじさんが、転生前に勤務していた会社のコワモテ社長に拾われ、「プンちゃん」と命名されて一緒に暮らしていく話である。プンちゃんが何かリアクションをすると、背後霊のように転生前のおじさんの姿が半透明で描かれるのだが、その可愛い猫とリアルなおじさんのギャップがシュールでつい笑ってしまう。イケメンのオジサン、いわゆるイケオジとは対極にある、ごく普通の冴えないおじさんが、猫としての何気ない生活を楽しむピュアさに、猫だけでなくおじさんまで可愛く思えてしまう不思議な魅力がある。

ねこに転生したおじさん。その55より

 このプンちゃんの中身のおじさん、半透明なのがミソで、一度エイプリルフールでおじさんの方が直接描かれ、猫が半透明になる投稿があったのだが、確かにこのおじさんが全面に出てくると、画がしつこすぎる。半透明でぼんやりした描写だからこそ、多くの人がちょうど良い距離感でプンちゃんとおじさんを楽しめるようだ。

エイプリルフール投稿より

 登場人物もほとんどおじさんばかりなのだが、それぞれチャーミングなのも良い。飼い主の社長も、普段は仕事ができるクールなおじさんなのだが、プンちゃんにメロメロで赤ちゃん言葉を使ったりする。社長宅の両隣にもそれぞれおじさんが住んでいて、飼い猫を異常なまでに可愛がっている。その滑稽さもこのマンガの楽しみの一つだ。

ねこに転生したおじさん。その59より

毎日夜12時更新!人気の秘密はSNS戦略!

 「ねこおじ」がすごいのは、下記の2023年2月5日の記念すべき1回目の投稿以来、1年3か月以上、毎日夜12時頃に欠かさず更新していることである。盆も正月も休むことなく毎日だ。よくネタが尽きないなと関心するのだが、毎日更新があると分かっているので、就寝前に「ねこおじ」を読む読者も多い。寝る直前までスマホを見てしまうSNS世代の習慣に寄り添った戦略は、単純だが実行するのは意外と難しい。さすがの一言である。

トラックにはねられて、気がついたら猫に転生していたより

 また、毎日見るものだからこそ、瞬時に理解できる内容になっているのも特徴だ。TikTokのユーザーは最初の2秒間でその動画の視聴を続けるか否かの判断をしていると言われているが、それに対応するかのように、単純明快な話になっているし、余計な物は一切描かれない。例えば、一番最初にバズった上記の投稿には、「トラックにはねられて、気がついたら猫に転生していた」と文章が添えられている。だが、おじさんが、歩いている描写も、トラックにはねられる描写も全くない。ここが道路なのか、朝なのか夜なのかも分からない。だが、今のSNS世代にはそういう情報は不要で邪魔なのだ。「おじさんが猫に転生した」結果だけを数秒で理解できるという、タイムパフォーマンスの良さがウケるのである。

ねこに転生したおじさん。その198より

 もちろん、ストーリーの都合上、画像が3枚ある投稿もあるし、その投稿のいいね数が7万超えることもあるので、一概にタイムパフォーマンスだけで功を奏したと言うつもりはない。だが、冒頭のとおり、素朴な絵柄で背景がかなり省略されているからこそ、情報過多社会に疲れた(でもスマホは手放せない)人々にとって、逆に読みやすいのである。眠る前に、美麗で描き込みの多い作品は、脳みそが疲弊してしまう。

ねこに転生したおじさん。その207より

 例えば、207話では、猫や犬のオリジナルグッズを制作するショップ「にゃんにゃん屋」が1コマ目から登場するのだが、背景に何も描かれていないので、どんな店で何が売っているのか、店の全貌が全然分からない。だが、話の本筋としては、お隣のおじさんとにゃんにゃん屋の店長のおじさんが知り合いであることと、このお店でオリジナル衣装が作れること、この2点が分かればいいので、店内の様子などは不要なのだ。必要な情報以外は極力そぎ落とす、それが「ねこおじ」がSNSで人気になった理由の一つだ。ちなみに、念のため補足すると、やじま氏が2017年にXに投稿していた「くまちゃん、書店で働く。」シリーズなどをみると、背景が細かく描かれている。「ねこおじ」はやはりわざと、背景が少ないのだろう。

 タイムパフォーマンスや省略について力説したが、最近のこういった、エンタメですら必要最低限に絞っていくような流行に嫌気がさしている人も、本当のところは多いだろう。この「ねこおじ」がすごいのは、そういった層にアプローチするかのように、社長がインスタグラムをやっている、という設定のアカウントがあることだ。そこでは、タイムパフォーマンスとは無縁の社長が、かなり長い文章をプンちゃんの写真と一緒に投稿している。面白いのが、この長文が、本物のおじさんが書いたかのような、丁寧だが長くて回りくどい文章になっていることだ。Xでは省かれがちな背景もちゃんと描かれている。インスタグラムに不慣れな社長のアカウントなので、不定期更新で投稿数も少ないが、それがよりリアリティを生んでいて、「ねこおじ」のSNS戦略に抜かりはない。

猫に転生したものの…世界は移動せず!ささやかな日常を満喫する「ねこおじ」

 マンガやライトノベルで人気のジャンルとして「転生」があるが、異世界に転移することがほとんどである。対して、「ねこおじ」は、猫に転生したものの、世界は移動していないのが、特徴的だ。そう、世界はプンちゃんがもともといた現実世界のままなのだ。転生モノが大好きな人には、もしかしたら物足りないのかもしれないが、昭和生まれの筆者は、ここ十数年あまりの転生モノの流行にいまだに馴染めておらず、かえって現実世界のままであることにホッとしている。転生モノが断じて嫌いではないのだが、自分が持っている知識や技術が異世界でやたらと重宝されてもてはやされる、という設定についていけない感情がある。やたらめったら人々から仰々しく重宝されたい、みたいな願望はないし、異世界という急な環境変化に心身が順応する自信もまるでない。あまり、主人公に共感できないのだ。

ねこに転生したおじさん。その19より

 だが、「ねこおじ」は違う。プンちゃんが望むことは、「会社に行きたくない」に尽きる。これだけでかなり共感できる。その上、猫だから、化粧や自分磨きなど何もしなくても当たり前に可愛いし、ただ生きているだけで、それこそ息をしているだけで社長は褒めてくれる。部屋を散らかしても怒られることはないし、社長自ら片付けてくれる。しかも素晴らしいのが、これは現実世界のままなので、テレビをずっと見たり、ネットで動画を見ながら1日ゴロゴロしたりすることもできるのだ。社長が美味しい餌も用意してくれるし、好きな時に好きなところで寝ることができる。羨ましいに尽きるし、正直代わってほしいと筆者は思っているのだが、それこそが、社会に疲れた現代人の心を掴んでいるのではないだろうか。

ねこに転生したおじさん。その422より

 しかも、プンちゃんの転生前は、前述のとおり、現実社会によくいそうな、冴えない普通のおじさんだ。おじさんがイケメンや美女に転生すると、「やっぱり顔が良くないとダメなんだ」という、現実にリンクした悲哀をどこかに感じてしまうかもしれない。猫が無条件に可愛いからこそ、現実を忘れて楽しめるのだ。その上で、プンちゃんの後ろで半透明で描かれるおじさんのリアクションは実に庶民的。社長に宇宙一可愛いと褒められて照れるプンちゃんとおじさんは、笑いを誘うが、その面映ゆい幸福、普通は猫にならないとなかなか味わえないだろう。

ねこに転生したおじさん。その163より

 ゴテゴテの異世界に転生して忙しなく活躍する大冒険を望むではなく、便利で快適な現実世界で、何も努力しなくても存在そのものが可愛い猫になり、生きているだけでご褒美がもらえる、そんなささやかな贅沢こそが、本当に手に入れたい転生なのではないか…。庶民の深層心理をズバリ言い当てたかのような「ねこおじ」、「転生モノ」が苦手な人にこそ、楽しんでほしいと思う。

ねこに転生したおじさん。その204より

 もちろん、連載から1年以上経ち、ストーリーも面白くなってきている。特に最近は、話が「おじさんが猫の生活を満喫する」から、「正体がおじさんだといかに気づかれないか」にシフトし、プンちゃんの猫らしからぬ行動に笑うと同時にハラハラもして目が離せない。登場人物も増え、猫ではなく犬になったおじさんや、プンちゃんの言葉を理解しているかもしれない社長秘書のおじさん、プンちゃんの人間らしさに疑いを持つ宅配便のお兄さんなど、今後のプンちゃんとの関係が気になるキャラクターばかりである。他にも、社長の親族である、母親、甥っ子、弟とその息子も全員個性が強烈でユニークだ。是非、今晩の更新分から読んで、笑いと癒しで1日を締めくくる毎日を送ってみてほしい。

【ねこおじ その450】