◆これまでのあらすじ
祐奈(27歳)は幼馴染みの結婚式でスピーチをすることに。しかし式直前に「猫好きをアピールしてほしい」と内容の一部変更の打診を受ける。悩んだ挙げ句、犬のエピソードを猫に変更したところ、高評価。2次会で、総合商社に勤める猫好きのイケメンと知り合うキッカケにもなったのだが…。

▶前回:披露宴のスピーチを頼まれた27歳女。本番3日前、花嫁にお願いされた“ありえないコト”




招かれざる猫【後編】


「犬を飼うつもりで2人でここに引っ越してきたのに、なんで猫がいるのよ…」

祐奈に向かって、姉の由梨が不満げに呟いた。

部屋の出窓のスペースで、1匹の猫が気持ちよさそうに寝ている。

「仕方ないでしょう…」

祐奈も不貞腐れ気味に返事をする。

― お姉ちゃんのせいでもあるんだから…。

口には出さないが、祐奈の心には僅かにそんな思いが浮かぶ。

先日、祐奈は幼馴染みの美憂の結婚式で、友人代表のスピーチをおこなった。

「猫好きをアピールしてほしい」という美憂の依頼を受け、祐奈は悩んだ挙げ句、自らの犬好きを封印。美憂と自分の「猫好き」をアピールする内容に変更したのだ。

結果、スピーチは好評。

2次会の会場で、猫好きの超絶イケメン・平岡に声をかけられるきっかけにもなったのだが…。

しかし、平岡から届いたLINEは、祐奈が期待していた内容ではなかった。

『平岡:急な海外出張が入り、猫を預かって頂きたいのですが…』

― 本当は食事に誘われたかったけれど…。

肩を落としながらも、祐奈は快諾した。

― まあ、平岡さんとの関係は繋いでおきたいし。

それで今、家に猫がいるというわけだ。

理不尽とはわかっていながら、由梨にも多少責任があると、祐奈は思っている。

― 由梨のアドバイスがなかったら、猫好きだって勘違いされることもなかったんだから。

「…その人さ、猫をペットホテルに預けるじゃダメだったの?」

「他の猫の匂いを嫌がるんだって。私が平岡さんの家に世話をしに行ってもいいって伝えたんだけど、わざわざそこまで…っていう話の流れで、預かることになっちゃったの」

出窓で寝ている猫が、会話に反応するように顔を上げ、姉妹のほうを覗いた。

しかし、すぐに伏せて寝てしまう。

居心地悪くしている様子はないが、懐く気配もない。

― なんか可愛げがないんだよなぁ…。

どこかふてぶてしい姿を見て、祐奈のなかで、いっそう犬への憧れが強くなった。




祐奈は、自宅マンションからほど近い、青山にあるペットショップを訪れた。

普段はあまり足を踏み入れない、猫グッズを扱うコーナーを覗く。




祐奈が探しているのは、猫用おもちゃだ。

平岡は、祐奈が猫好きだと信じ、安心して預けてくれている。

それだけに、1週間ほど生活を共にするなかで、少しでも猫と距離を縮めておこうと思ったのだ。

― こういうのちょっと可愛いなぁ…。

釣り竿のような木の先に、魚のキャラクターのぶら下がったタイプのおもちゃを手に取って眺める。

すると、「すみません」と背後から声をかけられた。

振り返ると、店舗のエプロンを身につけた背の高い女性が立っていた。

― 店員さん?でも、最近どこかで会ったような…。

女性と会ったときの光景が頭をよぎり「あっ」と声を上げた。

「もしかして、美憂の結婚式の2次会にいらしてた…」

祐奈がそう言うと、女性が頷いた。

相手は、2次会の会場の隅から冷ややかな目で見つめてきた、ショートカットの女性だった。

「七瀬といいます。美憂とは高校時代からの友人です。私、ここでトリマーをしていて」

店の奥に、ガラス張りになったトリミングスペースがある。

最近、どの犬を飼おうか参考にするため、姉の由梨と一緒に店を訪ねる機会が何度かあった。その際、トリミング風景を覗くこともあった。

― だから結婚式のときも、会ったことがあるような気がしたんだ…。

2次会での記憶が蘇り、合点がいく。

「トリミングが終わってこれから休憩に入るんですけど、少しお話しできませんか?」

「あ…はい…」

急な誘いに驚いたが、美憂の友人ということもあり受け入れた。



ペットショップの近くにある公園に場所を移した。

途中で購入したホットドリンクを手に持ち、ベンチに並んで腰をおろす。

七瀬は、以前から美憂に祐奈の話を聞いていたそうで、存在は知っていたと語った。

最近、店で祐奈の姿を見かけるようになり、遠目に気づいていたものの、話しかけるタイミングがなかったのだという。

そのとき、七瀬がある事実を告げる。




「実は…。美憂の結婚式で最初にスピーチを頼まれたのは、私なんです」

「ええっ、そうなの…?」

「式の1ヶ月前くらいになって、美憂から電話がかかってきたんです。『猫好きをアピールしたい』って言い出して、スピーチの内容を変更してほしいって言われて…」

― 私のときと一緒だ…。

「もう原稿も完成していたっていうのもあるけど…。そんな依頼をしてくるのがちょっと信じられなくて」

「まあ、確かに…」

「私としては、事実にそぐわないことは言いたくないし…。それに自分の職業柄、ある動物に肩入れするような発言をするのが受け入れられなくて『辞退させてほしい』って言っちゃったんです」

美憂からスピーチの内容変更の打診を受けた状況は同じだったが、対応の仕方には開きがあった。

毅然とした態度をとった七瀬に対し、譲歩する姿勢を見せた自分を、祐奈は少し不甲斐なく感じる。

「そのあと、祐奈さんに依頼したんじゃないかと…。急で大変したよね?私のせいで、ごめんなさい」

「あ…ううん。でも、2週間以上あったから、なんとか…」

気遣いある言葉を祐奈は嬉しく思ったが、「もうひとつ謝らないといけないことが…」と七瀬が続ける。

「祐奈さんが実家で飼われてたのって、ワンちゃんでしたよね?」

「うん。そうだけど…」

「スピーチでは、エピソードが猫になってたから。きっと美憂が注文をつけたんだと思って。そこが腑に落ちなくて、2次会のときに祐奈さんのことをつい変な目で見てしまって…」

祐奈は七瀬から向けられた、意味ありげな冷たい視線の意味を理解した。

納得のいかないことには抵抗を示し、申し訳ないと思えば丁寧に謝罪する七瀬の真摯な姿勢に、祐奈は好感を抱いた。


「祐奈さんって、平岡さんとお知り合いですか?」

七瀬から突然その名前を出され動揺したが、祐奈は正直に答える。

「あ…うん。2次会で声をかけられて。そこから…」

「もしかして、猫を預かってる?」

「そうだけど…。どうして?」

「あの人…平岡さん。周りから悪い噂しか聞かないんです」

祐奈は知りたくない情報と思いつつ、聞いておかなければならないことだと腹をくくる。

「以前に私も、美憂に紹介されたんです。彼は猫好きで、私はトリマーだから話も合うんじゃないかって。確かに見た目もいいし、話しやすかったけど…」

七瀬はあるとき食事に誘われたが、その前にある噂を耳にしたという。

「その噂っていうのは…?」

「ほかにも、紹介された友だちがいて。あのスペックなので、みんな好きになっちゃうんですよ。平岡さんはそれをいいことに、猫の預け先として利用したりするだけで…。結局、都合よく扱われるだけだって。だから食事も断りました」

七瀬から提供される情報と、平岡のイメージが重なる。




― 七瀬さんがデタラメを言うとは思えない。

祐奈は落胆するものの、心のどこかで予想していたかのように、妙に納得感があった。

「祐奈さんも、これ以上は関わらないほうがいいかもしれませんよ」

「うん。ありがとう」

自分の考えを明確に告げる七瀬の姿勢に、凛とした印象を抱き、祐奈は感心する。

― それに引き換え私は…。

祐奈は、自身のこれまでの行動を省みる。

ことの始まりは、美憂から結婚式の直前に電話を受けたときだ。

美憂は義母に取り入ろうとして、スピーチの内容の変更を打診してきた。

祐奈はそれを受け入れ、犬好きを翻し、猫好きという設定にして、意に反するかたちで対応した。

その行動は、祐奈のためというより、自分の注目を優先に考えてのこと。

そして現在、平岡に頼まれ、好きでもない猫を預かる状況だ。

義母に尻尾を振る美憂に嫌気が差すところがあったが、祐奈自身も同様にイケメンに尻尾を振り、外面よく振る舞っている。

自分のスタンスを崩さない実直な七瀬を前に、どこか恥ずかしさが込み上げた。



出張から戻った平岡に、祐奈は預かっていた猫を引き渡した。

その際、実は犬好きであるという事実を告げ「もう猫を預かることはできません」とキッパリと伝えた。

いよいよ、由梨と同居をした本来の目的である「犬を飼う」という計画が進み始める。

はずだったのだが…。

数日後の夜。

祐奈が部屋で過ごしているところに、由梨が仕事から戻ってくる。

「ええっ…」

由梨は、予想もしていなかった事態を目にして、たじろぐ素振りを見せた。

困惑するのも無理はない。例の出窓のスペースに、また別の猫が居座っているからだ。

「なんで、また猫がいるの…」

「これには深い訳があって…。実は、美憂から連絡があってね…」

祐奈が事情を説明する。

美憂は新居を構え、猫を飼い始めていた。

そこに新たに2匹目の猫を迎え入れた。

すると、体調に異変を感じ始める。

病院で検査をしたところ、猫アレルギーであることが判明してしまったのだ。




「症状が落ち着くまで預かってもらえないかな…」

美憂から依頼を受け、さすがに祐奈も呆れた。

だが、ここまで来たらもう、乗りかかった船。因縁めいたものすら感じ、観念して引き受けたのだった。

「なに?猫の怨念?私たちなんか悪いことした?」

事情を聞いた由梨はそんな不満を漏らしながらも、ここまできて無下に拒否するのかもどうかと、受け入れる姿勢を示した。

「いつになったら、犬が飼えるのよ…」

由梨の呟く声に反応するように、猫が顔を上げた。そこで申し訳なさそうな仕草でも見せれば可愛げもあるのだが、プイッと顔を逸らして窓の外を眺め始めた。

「はぁ…」

姉妹は同時に溜息をもらす。まだしばらく、犬は飼えそうもない…。

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