「離婚したくない」一週間ぶりに家に帰ってきた浮気夫から、まさかの告白。妻は…
前回:「朝帰りを咎められたらどうしよう…」秘密を持った妻が確信した、夫への想いとは
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「お2人、もう少し近づいてください。そうそう!もっとぐぐっと!いいですね!」
何度も繰り返されるシャッター音とフラッシュの光には、いつまでたっても慣れないものだと京子は思う。今日は夫婦で撮影をしている。京子が脚本、崇が監督した映画の劇場用パンフレットに使うための写真だ。
「じゃあ次は監督がキョウコ先生の肩を、ぐっ!と抱き寄せる感じで!」
カメラマンの指示に、崇がぎこちない笑顔を見せて、京子の肩にそっと手をまわした。この撮影が、家を出ていった崇と京子の一週間ぶりの再会だった。
一週間ぶりの再会で、崇が最初に発した言葉はそれだった。京子が大輝の家から朝帰りしてしまった日にかけた電話にも崇は出なかったが、その翌日、来週の写真撮影の後に話せたら、というLINEが送られてきた。それは彼が家を出て以来初めての返信だった。
崇に言われるまで、この撮影があることを忘れていた京子だったが、話をできる日が確定したことで少しホッとした。
― 少しやつれた気がする。
並んだ崇の横顔を見上げながら、京子はそう思った。
「はいじゃあ、次は見つめ合ってみましょうか!カップル感強め、ラブラブなご夫婦って感じを演出しちゃってください!」
まあ、お2人は演出しなくてもラブラブですよね、と付け足したカメラマンの声に、撮影スタッフがドッと笑ったが、京子は愛想笑いが精一杯だった。いつもならこういう時、写真を撮られることが苦手な京子を崇がリードし、リラックスさせてくれるのだが、今日はそれがない。
京子をみつめる崇の表情は固い。カメラマンに、監督、珍しく緊張しちゃってます?いつもみたいに奥さんにじゃれていいんですよ、と茶化されてもその表情は崩れず、結局…崇のギブアップにより、≪見つめ合うラブラブ夫婦の写真≫は撮れぬまま写真撮影は終わった。
門倉夫妻と付き合いの長いカメラマンは言葉に遠慮がない。もしかして夫婦喧嘩中ですか?なら早く謝った方がいいですよぉ〜と突っ込みを入れられ、崇が苦笑いしている。
「映画、楽しみにしてます。久しぶりに門倉夫妻がタッグを組んだ作品ですからね」
カメラマンの言葉に、京子は、この映画を作り始めたのはいつだったか…と記憶を辿る。
― 確か…4年前?
未来から届いた手紙に端を発するこの映画の企画を思いついたのは京子だった。崇に話すと、さすがキョウちゃん!と乗り気になり、2人でアイディアを練って企画を固めた。その後懇意にしているプロデューサーに、京子が書いたプロットを持ち込むと映画化が決定し、今日に至るのだ。
映画を作るには長い時間を要する。この映画の企画を思いついた4年前には、想像もしていなかった状況に、陥っている今を思うと、何とも言えない気持ちになる。
― 次の4年は?4年後の私と崇は…どうなっているのだろう。
撮影を終え、タクシーで自宅に戻った。
自分の家だというのに、リビングのソファーに座る崇は、どこか居心地が悪そうだった。その様子を盗み見ながら、京子はコーヒーメーカーに豆を入れる。
崇が気に入っているペルー産の豆が削られていく音の中で、何から話そうかと頭を整理していく。
「落ち着かないみたいだね。居心地悪い?」
L字型のソファーの角に座る崇に、コーヒーを渡しながらそう言うと、崇は唇をかんだ。その視線が気まずそうに落ち、京子は、自分の言葉がイヤミに聞こえてしまったのかもしれないと後悔した。
崇と向き合える位置に座り、小さく深呼吸をしてから言った。
「…なんで帰ってこなくなったの?」
ゆっくりと顔を上げた崇が、伏目がちに答える。
「離婚したくなくて」
「…どういうこと?」
「キョウちゃんと会ったら、離婚して、と言われると思って。だから電話もLINEも怖くて返せなかった」
京子は、盛大に溜息をつきたい気分になったけれどそれを我慢し、答えた。
「…私だって離婚したくないよ」
信じられないという表情になった崇に、本当だよ、と言ってから京子は続けた。
「カドくんが私のことを1番大事といってくれたように、私だってカドくんが大事だし、これからも一緒にいたいと思ってる」
「…」
「…私はカドくんのことが…その…好きなんだなぁって…今回のことで気づいたから」
崇への想いをはっきりと口にしたのはいつぶりだろう。自分の想いを言葉で伝えることが苦手な京子だが、今日は精一杯、素直に伝えると決めていた。
「私はカドくんとやり直したい。だからウソは絶対つかないで。正直に答えて欲しい」
しばらくの沈黙の後、崇が小さく頷いた。
「美里さんが来たよ。私のところに」
「…聞いた」
「聞いた?……ということは、彼女とはまだ会ってるの?」
京子の質問に崇は黙り、手を組むと親指をこすり合わせた。それは、言葉を選ぶ時の崇の癖だった。
「オレはキョウちゃんのことが一番大切。失いたくない。それは信じてくれる?」
京子がうなずくと、崇は少しホッとしたようにその顔を緩め、続けた。
「彼女が2年前にオレのワークショップに参加したことが出会い。それは…もう聞いた?」
「…うん」
「最初に会った時、自分で脚本を書いて監督したショートフイルムを見せてくれた。驚いたよ。才能があると思った。毎回誰より真面目に課題に取り組むし、熱心に質問にくるし…そのうちに彼女の才能を伸ばしてやりたいという気持ちが強くなっていった」
ワークショップが終わっても連絡を取り合い、美里が崇に相談をする日々が続いた。最初は彼女の仲間を含めた数人で会っていたのに、それがいつしか2人きりになった。
でもその頃の話題は映像のことばかりで、崇にとって美里は、才能のある若者、それ以上でも以下でもなかったという。
「その当時、彼女に会ってた日に、今日なにしてたの?ってキョウちゃんに聞かれたら、こういう子がいてさ、って彼女の説明をしたと思う。それくらいやましいことなんて全然なかった。雑用係としてオレの現場に来たこともあったし。もしキョウちゃんがその現場にいたら紹介してたよ」
― 現場に来た?
胸にざらりとした感情が浮かび、その感情に突き動かされるように、京子は聞いた。
「…オレの現場ってどの現場?」
「全部は覚えていないけど、いくつか来たよ。今日写真撮影した映画の現場にも何度か来た」
― 私の企画に…私たちの作品の現場に彼女が…。
雑用係ではあっても、一度でも門倉組…つまり自分の作品に制作として携わった人間は、映画の最後に流れるスタッフクレジットに名前を載せるというのが崇のポリシーだった。つまり長坂美里という文字が、崇と京子の作品のスタッフクレジットの中にあるのだろう。
崇にとって唯一無二の存在であり、ともに作品を作り続ける。その絆は、京子にとって誇りであり喜びだった。世界の誰より、崇に認められることが京子にとっては大切で、だからこそできあがった作品は愛おしい宝物。そこに侵入者が足跡を残していたなんて。
そんな京子の葛藤には気づかず、崇は続けていく。
「1年くらい前に‥彼女が脚本を見せてくれたんだ」
撮影が予定より早く終わった日。帰ろうしていた崇に美里が、脚本を書き上げたので読んでもらいたいと持ってきたという。崇はその脚本を持ち帰り、後日意見を言う、と約束した。すると。
「めちゃくちゃよくできてたんだ。オレには絶対思いつかない発想だったから感動した。コレはオレが撮りたいと思う程、面白い脚本だった」
それはラブストーリーだったという。
― よりにもよって。
実は京子は、ラブストーリーを書くことが苦手で、恋愛を主軸にしたドラマや映画に、どうしても食指が動かない。刑事ドラマや社会問題がテーマの作品に恋愛が組み込まれたり…というものなら楽しく書けるのだが、ただ恋愛だけを紡いでいく作品に興味が持てないのだ。
だから、京子×崇の組み合わせでラブストーリーが作られたことはない。崇に恋愛映画やドラマのオファーが来た場合は、別の脚本家と組む。そのことについて京子が不満や不安を感じたことは、今まではなかった。でも。
― もし、美里さんとカドくんが組めるようになったら…?
美里が、第二の門倉キョウコになり得るということに気がついて、京子は愕然としてしまった。
崇は脚本の感想を言うため、会社近くのカフェで美里と会った。感動したことを伝えると、美里は泣いて喜んだ。そして作品化するなら、役者は誰がいい?音楽はどんなものを?と話が止まらなくなり、カフェを出てレストランに入ってもお互いの興奮は収まらなかったという。
「ここから…ちょっとキツイ話になるけど、いい?」
覚悟してるから話してと京子が言うと、崇は冷え切っているはずのコーヒーを一口、二口と飲んでから、言いにくそうに話を再開した。
「お互いに興奮が冷めぬままレストランを出て、駅までの道を歩いている途中で、彼女が泣き出した。自分の脚本を、門倉監督に認めてもらえる日がくるなんて信じられない、幸せ過ぎて怖いです、って」
そして…涙が止まらなくなり、動けなくなった美里を、崇は思わず抱きしめてしまったのだという。その夜に初めて彼女の家に…と言って黙った崇を、まるで知らない人みたい、と京子は思った。そして聞きたくなった。
「…サポートするよ、って言った?」
「…え?」
「美里ちゃんの作品が好きだからサポートするよ、って言った?」
崇の返事はなかったが、その表情で京子は悟った。美里が言っていたことは本当だった。崇は言ったのだろう。君をサポートするよ、作品作りに没頭してほしい、君の世界が好きだから、と。私へのプロポーズと同じ言葉を美里にも。
崇に先を促す京子は、促された崇が驚く程、落ち着いていた。
男女の仲になって以来、現場に美里を入れたことはないと崇は言った。美里の脚本を崇が映像化するという提案は既に断られているということも。
「オレの力を使わずに映像化したいらしい。…男女の関係になってしまったからこそ、監督としてのオレのサポートは受けられないと」
京子は笑えてきた。結婚生活を…京子と崇が2人でやり直すための話し合いをするはずだったのに。
「…カドくんって、ほんとは上手にウソがつける人だったんだね」
私、全く気付かなかったもん、と薄く笑った京子に、ごめん、本当にごめん、と崇がうなだれた。
「彼女に会うのは月に一回くらいだった。その度に…もうやめよう、こんなことダメだ、やめなきゃと思ってたのに…ごめん…でも」
「…」
「手紙が来て、キョウちゃんと話したあの夜以来、美里ちゃんと関係をもってはいない。それは信じて欲しい。確かに家には行った。でもそれは別れ話をするために…」
もうやめて、と京子が崇の言葉を遮った。
「これ以上は無理。今日はもう…やめよう。信じて欲しいと言われても…今は無理だよ」
力なく立ち上がった京子を…崇は言葉なく見送ることしかできなかった。
◆
― 今日も反応なし…か。
京子からの返信は1週間以上たっても来なかった。
大学構内にあるカフェで携帯を見つめながら、友坂大輝は今日何度目か分からない溜息をついた。既読になっていることをせめてもの救いだと思うことにして立ち上がった時、すみませんと声がして振り返る。
― この子、確か…
「お話したいんですけど、少しお時間頂けませんか?」
「…オレと?」
大輝にとって見知らぬ女性に声をかけられることは日常茶飯事で、ナンパなら断るの一択。でも、今、目の前にいる女性は。
「この前、キョウコ先生と私が話してたのを見てましたよね?」
「オレのこと探したんですか?よくどこにいるかわかりましたね」
「友坂さんって、この大学の有名人だから」
あ、私は長坂っていいます、とほほ笑んだ美里に…大輝は戸惑いながらも微笑み返し。
― この子の狙いは…?
そう思いながらも、美里の誘いにのってみることにした。
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