2月2日にアップルが発売した「Vision Pro」3500ドル(約52万円)。一見するとゲーム用VRヘッドセットと同じように見える(筆者撮影)

2月2日、アメリカでXRヘッドセットのVision Proが発売された。世界一のテクノロジー企業であるアップルが初めて作ったゴーグル型のデバイスということで世界中から注目されたものの初期生産数は10万台に満たず、アメリカ国外での販売は今年2024年中だといわれている。

日本では入手できないため、渡米して購入または個人輸入をして初期ロットのVision Proを手に入れた日本のエンジニアやマーケター、ジャーナリストもSNSで散見される。iPhoneやMacBookのような慣れ親しんだデバイスではなく、久々のアップルの初物として高い期待を抱いているようだ。そうやって日本にやってきたVision Proを筆者も体験させてもらった。

エンターテインメント目的なら使う価値がある


映像作品を見たときの解像度は極めて高い。音響もよく、自分専用映画館としての価値はある(筆者撮影)

ファーストインプレッションとしては、3500ドル(約52万円)という高価なVision Proではあるものの、既存のオールイン型XRヘッドセットと比較すると明らかに高い性能だ。100万円を超える100インチテレビを持ち歩ける醍醐味というべきか。リビングに限らず書斎やベランダなど好きな場所で、映画館最前列から最後部座席まで自分好みのスイートスポットで映画やドラマ、アニメを思う存分楽しめる快楽がここにはある。

メガネサイズのARグラスでも、”100インチを持ち歩ける"といったキャッチコピーが使われることが多い。しかしその100インチが置かれた場所は数メートル先の印象。実際に体験すると宣伝文の数字ほど大きく感じることはない。しかしVision Proは現実であってもバーチャルであっても空間内のどこにでも自由な大きさのディスプレーを設置できる。

スピーカーの音質にも驚いた。耳の中に入れるイヤホンや耳を覆うヘッドホンではなく、耳の周りが開放状態にあっても低音から高音まで過不足なく聴こえてくる。音質の傾向はAirPods Proと近く、アップル製品を使い続けている人ならば馴染み深いものだ。

金銭的に余裕がある人が選ぶエンターテインメントデバイスとしては価値がある。では、仕事で使うとしたらどうだろうか。Vision Proは働き方を改善してくれるデバイスとなるだろうか。


横から見たところ(筆者撮影)

移動が多いホワイトワーカーなら活用できる

大画面を持ち歩けるという資質を持ったVision Proで期待されているのが、モバイルオフィスだ。Vision Proにはもともと航空機内で使えるトラベルモードが備わっており、移動中の狭いスペースでも大画面ないしは複数の画面を表示させることで、オフィスにいるときのような高い生産性を保ちながら業務を推進できる。

しかしこのトラベルモード、現状、タクシーに乗車しているときは使いものにならなかった。電車の中でも使いづらいという話を聞いた。流れ行く車窓を認識させてしまうと、表示したウィンドウやウィジェットの類がすごい勢いで吹っ飛んでいくからだ。自分の周囲に固定しておくには車窓があまり視界に入らない場所で使うしかない。これは自動運転が当たり前となる時代までには修正してほしいと感じるところだ。

歩きながらの使用はまったく適していない。試すまでは歩きスマホ問題を解決してくれるデバイスになるかと考えていたが、こちらもまたウィンドウの位置を自分の周囲に固定することができない。徒歩移動中のナビは、従来どおりスマートフォンやスマートウォッチに頼るのがよさそうだ。

イスに座ってしまえば問題なく使用できるので、カフェのオープンテラスや公園の東屋なら、広大な画面が使えるオフィス空間が作れると考えてよい。鉄道の駅に設置されたカプセル式のシェアオフィスでも快適に仕事ができるだろう。

文字入力が多すぎる職業には向かない


重くて疲れると言う人もいるVision Proだが、VRヘッドセットに慣れた身からすると納得できるもの(筆者知人撮影)

実際に屋外でVision Proを使ったときの印象を記そう。なんといっても文字入力のしにくさには閉口した。ソフトウェアキーボードを見て、目線で文字を選び、膝上に置いた指の操作で文字の入力をしていくのだが、ハードウェアキーボードやスマートフォンのフリック入力に慣れた身としては、高価で最新のデバイスでなぜここまでストレスを感じなくてはならないのかとうんざりする。

これならば最初からハンドコントローラーが付属している10万円以下のXRデバイスを使いたくなる。Bluetoothキーボードを使うという手段もあるが、手元のiPhoneでフリック入力した文字をVision Pro側のウィンドウ内に入力するシステムが欲しい。

同時に、文字入力を前程としない仕事であれば効果は高いのかもしれないと考えられる。Vision ProのUIを用いてWord書類やExcel/PowerPointデータを確認できるアプリがまだないため、想像にすぎないが、データを目視して、修正点やコメントを入れたい場所を注視、音声認識・文字変換によるコメントや指示の入力はしやすそうだ。

公共交通機関で移動中の使用には抵抗があるが、将来的に音漏れしにくいマスクをつけた状態で声を拾ってくれる仕組みが導入されれば、別の入力デバイスがなくても快適に仕事ができるようになるのではという期待はいだける。

高精度な立体視ディスプレーとしての可能性


iPhone 15 Proで撮影した空間ビデオ。iPhoneの画面で見ると平面という印象だが、Vision Proならば立体的な描写でリアル(筆者撮影)

ところで一部のiPhone Proシリーズ、iPad Proシリーズには対象物との距離が測れるLiDARスキャナーが搭載されている。このLiDARスキャナーを用いて静止物の3Dモデルを生成する技術が進化してきた。

TeamViewer社が提供する『TeamViewer Spacial Support』は、LiDARで作った3Dモデルを遠隔地にあるVision Proで確認しながら、3Dモデルに対して注釈をつけられるソリューションだ。平面となる普通の写真や動画と異なり上下左右どの方向からでも対象物が見られるメリットがある。このソリューションを使えば、オフィスにいながら交通の便が悪い工場の機材の状態確認が可能だ。

ドローンに装着したLiDARスキャナーと連携する仕組みを作れば橋やトンネルといった交通インフラの劣化状況も確認しやすくなるし、自然災害の規模や範囲も立体的に把握できる。

iPhone 15 Proで撮影できる立体映像の空間ビデオをVision ProにAirDropして確認してもらう手法をとる現場も増えていくかもしれない。Vision ProもiPhone 15 Proも高価な機材とはいえ、オフィスと現場の密なコミュニケーションをシームレスに行える仕組みはメリットがあるからだ。

働き方改革としても期待できる

現場に足を運ばなくても確認作業ができる点は、建設業における時間外労働の上限規制(2024年問題)など、長時間労働を是正しながらも生産性を向上させる働き方改革としても評価されるのではないだろうか。

同様のソリューションは10万円以下のXRヘッドセットを用いても実現可能だが、隅々を細部まで確認するとなると主にゲーム用として作られた広視野角のXRヘッドセットより、狭視野角ゆえスペック以上に高精細だと感じるVision Proが求められていくと考えられる。

とはいえ、誰もがいますぐ手を伸ばすべきデバイスではない。なにせ日本での発売が決まっていなければ、実ユーザー数の把握もしにくい現状ゆえ、Vision Pro用のビジネスアプリやソリューションが増えていくとは言い切れない状態だ。アメリカで購入したはいいけれども返品制度の期限が来るまでに返品したユーザーも多いという。消費者目線で見ると海のものとも山のものともつかないデバイスだ。

少なくとも社会の役に立つと思えるアプリが出揃ってくるまでは、静観していいだろう。

(武者 良太 : フリーライター)