料理人として第一線を走り続けながら、シングルファザーで3人の子育てをしてきた笠原将弘さん。今年の5月に発売された『笠原将弘の副菜の極み158』(扶桑社刊)も順調に版を重ねて早くも5刷に。そんな公私ともに充実し、料理人としても円熟味を増した笠原さんに、仕事に対する姿勢や大切にしていることなどを聞きました。

笠原将弘さんが大切にしていることは?

予約のとれない和食屋「賛否両論」の店主として厨房に立つ以外に、テレビや雑誌など幅広い仕事をこなす笠原将弘さん。2012年に奥様を亡くされてからは、周囲のサポートを受けつつ、シングルで3人の子育てをしてきました。
そんな笠原さんが、仕事や家事をする上で大切にしていることとは…?

【写真】インタビュー中の笠原さん

●どんな仕事にも家事にも必要なのは「観察力」「洞察力」「想像力」

――笠原さんのお店『賛否両論』には、料理人を目指す若い世代の方もたくさん働いていますよね。お店に新しく入ってきた人に、まずはどんな言葉をかけているのでしょうか?

笠原将弘さん(以下、笠原):最初はなにもできなくていいから、元気にあいさつだけはするように、と言っています。今はいろいろな考え方や教え方もあるだろうし、書店に行けばビジネスに関する本も山のように並んでいるけど、僕がいちばん正しいと思っているのは、昔から言い伝えられてきた言葉なんです。小学校で習うような「うそをつくな」「遅刻をするな」といったごくごく当たり前のこと。難しいことは必要なくて、仕事の基本はこれだけだと思っています。

――たしかに、料理人の前に、人として大事なことばかりですね。ちなみに、笠原さんが日々大切にしている言葉はありますか?

笠原:そりゃ、もう「時は金なり」ですよ。僕は筋金入りの段取り好きですからね。この言葉を胸にいつも生きています。あとは「急がば回れ」かな。仕事は日々の積み重ねだから、急にできるようになるわけじゃない。自分のできることをコツコツ積み上げていくこと、これに尽きますよね。もう1つ、「立っているものは親でも使え」も好きですね(笑)。

これも本当に効率がいい言葉ですよね。厨房は予測不能なことの連続だから、手のあいた人がすぐに動かないと仕事が回らない。だから、僕も若い人たちに「今から買い物に行くけど、ついでに買ってくるものはある?」と聞いたりしますよ。遠慮せずに、僕のこともどんどん使うように言っています。

――だんだん仕事を覚えてきたら、今度はどんなことを教えるのでしょうか?

笠原:厨房に入って3〜4年たった頃に話すのが、僕が尊敬する野村克也監督の教えです。これは、修業時代に師匠から言われたことでもあり、じつは小さい頃に親父からたたき込まれたことにもほぼ共通しているんですが、仕事をする上で必要なのは「観察力」「洞察力」「想像力」という3つの力だということです。

――3つの力、どれも微妙に似ているようにも思えますが、それぞれ違う力ということですよね?

笠原:そうですね。まず「観察力」は周りをよく見る力のこと。これは特別な技術がいらず、だれでもできますよね。自分の周りをよく観察してみると、店の隅にほこりがたまっているな、花瓶に活けた花が枯れそうだなとか、情報はそこらじゅうに転がっているんです。それに気づくか、気づかないかの違いは、観察力があるかないかなんですよね。

――なるほど、「観察力」は普段の暮らしにも生かせそうですね。家の中や家族の様子を意識して観察すれば、もっと気づくことがありそうな気がします。

笠原:観察力を磨いたら、次のステップは「洞察力」を鍛えること。観察力は目に見えるものに意識を傾けるだけですが、洞察力はその先を読んだり、見えない部分を推測したりする力です。お客さんが食後に薬を出したらさっと水を出したり、左利きの方にはグラスやお箸の位置を変えたりと、よく観察した上で相手に心地いいと感じてもらえるよう先回りをするということかな。

――食事に行ったお店でさりげなく気遣いをしてもらえると、うれしいですよね。

笠原:最後はいちばん難しい「想像力」ですね。これは僕もまだまだ日々試されている気がするのですが、こうしたらこういうことが起きるだろう、相手にこう言ったらこんな気持ちになるだろう、ということを常に考えることです。たとえば、僕はコース料理を食べに行くときは、必ず食事の前にトイレに行っておきます。

料理人からすると、できたてのいちばんいい状態で食べてもらいたいはずだから、コースのしょっぱなからトイレに行くのは相手に失礼かなと思うんですよね。もちろん、コースの終盤に行きたくなるのはわかります。お酒を飲んだりすると僕も行きたくなるので(笑)。これは特殊な例ですが、相手の外見や気にしていることは口にしないなど、日常会話でも想像力は必要ですよね。

――お話をうかがっていると、「観察力」「洞察力」「想像力」という3つの力が必要だということは、あらゆる仕事や家事にもあてはまりそうですね。

笠原:そう、すべてにあてはまるんですよ。観察力を働かせれば、スーパーの特売にもすぐに気づくだろうし、洞察力を発揮すれば家族の体調変化も察知できる。皆さんもこの3つの力を鍛えれば、仕事も家事もスムーズにいくと思いますよ!

●若い人には成長してほしいから、愛情を込めてきちんと怒ります

――ところで、厨房で働く若い人にとっては、笠原さんは今や師匠という存在ですよね。世代の違う人たちと、日頃からどんなふうにコミュニケーションをとっていますか?

笠原:僕は店ではみんなから「マスター」と呼ばれています。僕らの時代と違い、今の若い人たちは、上の人を必要以上に怖がらず、フレンドリーですよね。そこがいいなと思います。「マスター、飲みに連れていってくださいよ」なんて、しょっちゅう言われますしね(笑)。お酒が入ると本音で話しやすいから、こっちも言いたいことを言ったり、「マスターの20代の頃はどんな感じでしたか?」と聞かれたり、恋愛相談にものったりしますよ。

――でも、ときには怒ることもありますよね。そうした場面で気をつけていることはありますか?

笠原:僕も年齢を重ねて丸くなったから、言い方もだいぶ穏やかになりましたけどね(笑)。技術的なことはあまり言わないけど、失敗を隠したり、遅刻したのに嘘をついたり、片づけをおろそかにしているときなどは、「それは違う」とはっきり言います。こうしたことをおざなりにしていては、いい料理はつくれませんから。

そりゃ、僕だって毎日鼻歌を歌いながら機嫌よく仕事をしたいけど、そうもいかないこともある。縁あって僕の店で働いてくれている人たちには、成長していい料理人になってほしい。だから、怒ることも必要だと思っています。ただ、気をつけているのは、怒ったあとはその気持ちを引きずらないこと。5分くらいしたらまた普通に話します。あとは1人ばかりを怒らないようにもしています。

――怒ったあとの対処の仕方、気持ちの切り替えも重要ですね。

笠原:まぁ、僕は仕事でいろいろあっても、一日の終わりの晩酌ですべて洗い流しちゃいますけどね(笑)。冷えたビールと気のきいたつまみや副菜があれば、たいていのことはどうでもよくなっちゃうんですよね。

 

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