読者から届いた素朴なお悩みや何気ない疑問に、人気作『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社刊)の作者・菊池良さんがショートストーリーでお答えします。今回は一体どんな相談が届いているのでしょうか。

ここはふしぎなお悩み相談室。この部屋には世界中から悩みや素朴なギモンを書いた手紙が届きます。この部屋に住む“作者”さんは、毎日せっせと手紙に返事を書いています。彼の仕事は手紙に書かれている悩みや素朴なギモンに答えること。あらゆる場所から手紙が届くので、部屋のなかはぱんぱんです。

「早く返事しないと手紙に押しつぶされちゃう!」それが彼の口ぐせです。
相談に答えてくれるなんて、なんていい人なんだって? いえいえ。彼の書く返事はどれも想像力だけで考えたショートストーリーなのです。

さぁ、今日も手紙がやってきましたよ──。

【今回の相談】友人との定期的なコミュニケーションがうまくできず、疎遠になってしまう

友人との定期的なコミュニケーションがうまくできず、疎遠になってしまいます。人と会うときはいつも「久しぶり」です。(PN.スパークルさん)

【作者さんの回答】友達の知らなかった一面に触れてみよう

いつからか「背中」の写真を撮ることが流行りだした。いまでは猫も杓子も背中を撮っている。

きっかけはあるボクサーがポートレートとして公開した背中の写真だ。その写真は彼を真後ろから捉えていて、トレーニング後の体温の高い肌が生々しく捉えられている。この印象的な写真は人々の心をつかんだ。

いつの間にか、自分の背中を撮ることがブームになっていったのだ。

ある美術評論家は雑誌に寄稿した記事でこう語った。

これは興味深いできごとだ。

人類史において、背中は基本的に無視されてきた。中世においてさまざまな肖像画が描かれたが、いずれも「正面」を捉えたものだ。「背中を描いてくれ」とオーダーしたものがいなかったことは、想像に難くない。

世界一有名な肖像画はかのモナ・リザだが、だれも彼女の背中を見たことがない。

この「正面」重視の傾向は近年においても顕著だった。わかりやすいのは自撮りだ。自分の顔を撮るという行為は、まさに肖像画の系譜に連なる。

しかし、現代人はやっと背中に目を向けるようになったのだ。「正面」という重力から開放されたのだ。

恐ろしいことに、人類の背中はこれまでまったく記録されてこなかった。このブームが単なる一過性のものではなく、歴史的な文化運動であることは間違いない。

●「背中」ブームはテレビ番組でも取り上げられ…

このブームはテレビ番組においても取り上げられた。そのなかで、実際に背中を撮った若者が匿名を条件にインタビューを受けている一幕があった。カメラはインタビューに答える彼を後ろから撮影していた。そう、背中だ。

インタビューでは、初老のキャスターが質問を投げかけていたが、最後まで彼の行動を理解できていないようだった。

──なぜ背中の撮影に興味を持ったのです?

一度も自分の背中をちゃんと見たことがない事実に気づいたんです。顔は毎日見ますよね。しかし、背中はどうですか? 自分の身体の一部なのに一度も見ずに死ぬのかもしれない。そう考えてぞっとしました。

──あなただけでなく、ほかの人も背中を撮っていることはどう思われますか?

よいことだと思います。自分だけでなく、私たちは知人の背中もちゃんと見たことがありませんよね。他人の背中を見ることは、大いなる発見です。

──自分で背中を撮ることは難しいですよね。どうやっているんですか?

難しいですが、不可能ではありません。友達同士で背中を撮り合う人もいますよ。

──私なら恥ずかしくて無理ですね(笑)。

キャスターの顔はあざけっているようにも見えて、それが原因で批判も殺到した。彼が思うよりも、人々はもっとカジュアルに背中を撮っているのだ。

友人同士で背中を撮り合う──これは一般的な休日の過ごし方になった。

街を歩いていれば、お互いの背中を撮り合っているグループに必ず出くわす。彼らは楽しそうに相手の背中にカメラを向けている。それは秘密を少しだけ共有するような行為だ。友達の知らなかった一面に触れて、彼らはより仲よくなる。「背中」にはそんな魔法があるようだ。

さきほどのテレビ番組には続きがある。若者へのインタビューのあとに、背中の写真を集めることを趣味にしている女性が出てくる。彼女はいろんな人から背中の写真を譲り受けているのだという。

「背中の博物館をつくりたいんです。私たちはたしかに生きていて、こんな背中だった、そういうことを記録するような」

いつかあなたの背中が博物館に展示される日がくるのかもしれない。

【編集部より】

友達と背中を撮影しあって、コミュニケーションをつづかせようってことでしょうか。
何回もできることじゃないですし、相手と予定を合わせづらいから疎遠になるのでは? 背中の写真だけで、何度もコミュニケーションができる気がしません!

「ふしぎなお悩み相談室」は、毎月第2金曜日に更新予定! あなたも、手紙を出してみませんか? その相談がすてきなショートストーリーになって返ってきます。