フランスで人気のマンガのサブスクアプリ「MANGAS.IO」は、双葉社や集英社など日本の出版社とも連携し、フランス人読者に読めるようにしている(写真:MANGAS.IOのサイトより)

今春、フランスのインターンシッププログラムで来日し、食洗機メーカーの業務に携わるキャロル・トランさん(25)は日本のマンガの大ファンだ。特にBL(ボーイズラブ)作品がお気に入りで昨年、出張で訪日した際には『佐々木と宮野』など計13冊をまんだらけで購入して帰国した。手に入れたのはすべて日本語版だ。

姉の影響で6歳から日本のマンガに魅せられ、一時はマンガ家を志したこともある。高校時代にはフランス語の先生との面接で「どんな本を読んだか」と聞かれ、「日本のマンガしか読まない」と答えたらひどく怒られた。

フランスのマンガ、「バンド・デシネ(BD)」は左開きで、色使いもフルカラーが基本。一方、日本のマンガは右開きで、白黒印刷が多いが、「まったく気にならない」とトランさん。「日本のマンガはアート。マンガのおかげで日本の文化が好きになった」などと話す。

日本に次ぐ世界第2位のマンガ大国

フランスのマンガ市場は日本に次ぐ世界2位の規模。読者数は約700万人と全人口の10%超に相当する水準だ。牽引役は日本のマンガである。

フランス政府は2021年、18歳の若者を対象に「カルチャーパス」を交付。スマートフォン、パソコン、タブレットの専用アプリをダウンロードすると300ユーロを使える仕組みで、書籍の購入や映画のチケット予約、音楽教室の受講などさまざまな文化活動への支出に充当できる施策だった。

ところが、フタを開けてみれば、「カルチャーパス」は「マンガパス」と化した。『鬼滅の刃』『ワンピース』『僕のヒーローアカデミア』といった人気シリーズの全巻を購入する若者が相次いだのだ。

日本のマンガは「フランス版新幹線」の車内でも読めるようになった。高速列車TGVの車内エンターテインメント用のポータルサイト「TGV inOui」を通じた電子マンガの無料配信が始動した。

コロナ禍でマンガ・アニメ熱が一段と高まった

コンテンツを提供するのは、マンガアプリのサブスクリプションサービスを手掛ける同国のMANGAS.IO。同社が2021年に立ち上げたプラットフォームのモバイルアプリは「アジアのマンガのネットフリックス」(仏『ル・フィガロ』紙)と称されるなど、注目のスタートアップ企業だ。コロナ禍でフランスにおけるマンガ・アニメ熱は一段と高まり、MANGAS.IOにも追い風が吹く。月間利用者数は現在、約15万人を数える。

同社はフランスのKaNa、Ki-oonといった業界大手だけでなく、集英社、双葉社など日本も含む世界約30の出版社と連携、プラットフォーム上に約250の作品をそろえる。利用者は月額6.9ユーロ(約1090円)で全作品の購読が可能だ。

TGVでの配信開始は、運行するフランス国鉄(SNCF)とのパートナーシップ締結に伴うもの。TGVのポータル経由で15の出版社の約50作品を提供する。MANGAS.IOの推計によれば、同ポータルへの毎月の来訪者は約200万人。

「フランスのマンガ読者の80%は30歳未満」(MANGAS.IOのロマン・レニエ社長)で、若年層の乗客の掘り起こしを図りたいSNCFと利用者増を目指すMANGAS.IOの思惑が一致した格好だ。


MANGAS.IOのロマン・レニエ社長(右)とユン・イナダ・コンテンツ部長(写真:筆者撮影)

今回の両社の提携も日本のマンガがフランスの社会に深く根付いていることを示す好例と言えそうだ。MANGAS.IOのユン・イナダ・コンテンツ部長は「SNCFが運行する列車の車内でマンガを読める状況など、かつては想像すらできなかった」と振り返る。

1980年代後半には日本のアニメやマンガの暴力シーンの多さなどに対する批判的な見方がフランスで台頭。なかでも、その矛先が向けられたのは、同国のテレビ局TF1で1987年から1997年まで続いた「クラブ・ドロテ」という子ども向け番組だった。

番組のラインナップに、フランスにおける日本のアニメ・マンガブームの火付け役とされる「UFOロボグレンダイザー(仏では「ゴルドラック」というタイトルで放映された)や「ドラゴンボール」など日本の多くのアニメ作品が盛り込まれていたからだ。

2007年の大統領選の候補者にもなった社会党のセゴレーヌ・ロワイヤル氏は、1989年に上梓した著書で「日本のアニメは善人や悪人などに関係なく、誰もが殴り合う」などと酷評。当時は「日本のアニメやマンガが(メインカルチャーでなく)サブカルチャーとみなされていた」(イナダ氏)。

コレクション需要から「紙」が人気

しかし、今では「マンガ(manga)」という言葉がフランス語として広く浸透。以前は「日本のマンガは子ども向け」というイメージが強かったが、今ではファンの裾野が広がる。「40代以下は日本のマンガを読みながら育った世代」(イナダ氏)である。

マクロン大統領も若年層の有権者を意識してか、X(旧ツイッター)などでマンガ好きであることを折に触れてアピール。MANGAS.IOが扱う作品は現在、「全体の99%を日本のマンガが占めている」(レニエ氏)。

全国出版協会・出版科学研究所のまとめによれば、2022年の日本のコミック市場の規模は6770億円。電子コミックは4479億円で全体の66%あまりを占める。

一方、フランスでは依然として「紙」が電子マンガを圧倒。電子の売り上げ規模はわずか2%にすぎないという。コレクション目的で「紙」の日本マンガをどか買いする読者が多いからだ。

「フランスのBDにも日本のマンガの影響を受けた作品が多い」(アニメ制作会社のプロデューサー)。衰えを知らぬ日本のマンガ・アニメブーム。19世紀後半から20世紀前半にかけてクロード・モネやヴァン・ゴッホなど印象派の画家が浮世絵などに魅了され、団扇、扇子などのアイテムだけでなく技法まで自らの作品に取り入れるなどした「ジャポニスム」の熱狂を彷彿させる。

(松崎 泰弘 : 大正大学 教授)