かつて天王寺動物園にあったある習慣とは?(写真:kazu / PIXTA)

現在も大阪にある天王寺動物園は、大正時代から昭和初期にかけて「東洋一」と言われるほどの威容を誇っていました。そのころの園長を務めていたのが林佐市。この林園長、『食道楽』という食通向け雑誌にたびたび登場する名物園長でした。

といっても林園長自身が食通だったというわけではありません。当時の天王寺動物園では動物が死ぬと、弔いの意味を込めて食べる習慣があったため、珍しい動物の食味評論家として有名になっていたのです。

島田勝吉『味と栄養の科学』から、林園長による美味しい動物ランキングを紹介します。点数が低いほどまずく、高いほど美味しいという評点となります。

老齢や病気で死んだ動物の肉なので、食材としてベストな状態にないことは念頭に置く必要がありますが、まずは最下位から。 

非常に高価だったアオウミガメ

1点 アオウミガメ(正覚坊)

これは意外に思えます。マンガ『ダンピアのおいしい冒険』で有名なイギリスの探検家ウィリアム・ダンピアは、“アオウミガメはウミガメの中では飛び切り美味である”と評価しているからです(『ダンピア 最新世界周航記(上)』)。

かつてのイギリスでは、ウミガメは貴族が食べる高級食材として珍重されていました。カリブ海で取れたウミガメを生け簀で運び、スープにして食べたのです。その運搬費が含まれるために、非常に高価となっていたのです。

中流階級以下の家庭ではあまりに高価なため手が出ず、仔牛の頭で「ニセウミガメスープ」を作っていたほどの、あこがれの食材でした。その後カリブ海周辺でウミガメスープの缶詰が生産されるようになり、安く入手できるようになりました。

2点 ペンギン

林園長によると、ペンギンは腐ったブリのような味がしたそうです(「惡食雑記」『食道楽 1929(昭和4)年5月号』所収)。ダンピアによるとペンギンの肉は“食料として可もなく不可もなしというところ”。

3点 サギ コウノトリ カワウソ アザラシ アシカ

以上3点以下の動物は、特別な料理法で料理しなければ食べられたものではないとのこと。以降の4点以上の動物は、普通に食べることができたそうです。

4点 ゾウ ウマ サル キツネ イヌ タヌキ イノシシ オオカミ シマウマ ワシ タカ

押本映三「象テキ前後」(『食道楽 1935(昭和10)年7月号』所収) によると、宝塚動物園に勤めている友人から病死した象の肉をもらい食べたところ、牛肉より美味しかったとのこと。林園長とは異なり高評価です。

ここらへんは個体の差あるいは主観の差かもしれませんが、それにしても天王寺動物園といい宝塚動物園といい、戦前の動物園では死んだ動物の肉を食べていたらしいのです。

戦前は値段も安かった馬肉

現在は高級肉となっている馬肉ですが、戦前は値段も安く、あまり上等な肉とは評価されていませんでした。というのも、かつては運搬作業用などの使役馬として使えなくなった老いた馬を食べていたからです(東京の馬肉食の歴史については拙著『串かつの戦前史』参照)。

そのためかつての馬肉には独特の臭みがあり、匂い消しのために味噌で煮て食べました。現在の馬肉に臭みはありませんが、東京の桜鍋(馬肉のすき焼き)は伝統を引き継ぎ、現在でも味噌味となっています。

シマウマはウマ科だけあって、ウマと同じランキングになっています。オオカミもイヌと同じランキングです。

5点 ライオン キリン シカ

6点 トラ ラクダ

ライオンとトラでは、トラに軍配が上がるようです。ちなみに林園長によると、ラクダの血は飲みやすくて美味しいそうです(片桐千春「惡食見聞帖」『食道楽 1935(昭和10)年7月号』所収)。

7点 クマ サイ カバ

林園長のランキングで高得点となっているカバの肉は、現在のアフリカでも美味しい肉とされているようです。

8点 ウシ バク

ここで誰もが食べたことのあるウシが登場します。食肉用としての飼育の伝統があるために、野生種をおしのけてさすがの高得点です。夢を食べるとされるバクも、ウシなみの高得点です。

9点 コガモ類 大蛇蛇類(原文ママ) ツグミ カエルの太もも

ツグミは、戦前において食通たちに珍重された小鳥です。

鳥の発酵食品としてはイヌイットのキビヤックがありますが、ツグミもそのはらわたを塩辛にしたり、米と麹でなれずしにして、発酵食品として食べました(篠田統『風俗古今東西』)。

戦後になってかすみ網猟(空中に細い糸の網を張って、ツグミなどの鳥をひっかけて捕獲する猟)が禁止されたため、ツグミの食文化も廃れました。

ちなみに大正時代にはウシガエルの養殖が行われており、ホテルなどでカエル料理が供されていました。ヘビを食べさせるゲテモノ料理店も存在しました。

江戸時代には「最高の肉」だった動物

10点 エウミ(原文ママ) ツル

「悪食雑記」(前出)によると、動物の中でエミューが最もうまいと林園長が発言していたそうなので、「エウミ」はエミューの誤記であると思われます。


エミュー(写真::saku0550 / PIXTA)

ツルは江戸時代には最高級の肉とされていただけあって、林園長のランキングでも最高得点。

シーボルトは『江戸参府紀行』において、江戸時代のツルについて次のように描写しています。

“ツルは日本ではたいそう珍重され(中略)将軍は毎年必ず自分で捕ったツルを天皇に献上する”

“ツルはたいそう高価で、一羽一二ないし二〇グルデンもする”

“ツルの肉はたいへん需要の多いもので、 大きな宴会ではそれで吸物を作り、肉は煮て食べる”

シーボルトもツルの肉を食べましたが、その味にはあまり感心しなかったようです。

“魚脂のような味のする料理で、この国の人々にはよりぬきの御馳走と思われているが、ヨーロッパ人の口には合わない”

ウィリアム・ダンピアは航海の先々で未知の動物を見つけるやその味を確かめました。ジャン・アンリ・ファーブルはセミなどの昆虫を食べました。目黒寄生虫館の亀谷了は寄生虫研究のかたわらそれを味わってみました。

博物学の根源は、つまるところ人間の好奇心にあり、視覚・聴覚・触覚・臭覚だけでなく、味覚もまた好奇心に駆られるのも、人間の性(さが)といえるのでしょう。

(近代食文化研究会 : 食文化史研究家)