旧ソ連の構成国だったアゼルバイジャンとアルメニアの間で、再び武力衝突が発生しました。両国の長い争いも、ウクライナとロシアの争いもあくまで「紛争」とされます。「戦争」という言葉が使われないことには理由があるのです。

突如として開始されたアゼルバイジャン軍の攻撃

 日本時間の2023年9月19日、カスピ海の西岸に位置するアゼルバイジャンが、隣国アルメニアとの間で係争地域となっている「ナゴルノカラバフ」において、軍事作戦を開始しました。アゼルバイジャン国防省の声明によると、これは同地域内における「対テロ作戦」とのこと。なお20日には双方が停戦で合意し、武力衝突は収まっている模様です。


アゼルバイジャン軍の軍用車両(画像:アゼルバイジャン国防省)。

 もともと、ナゴルノカラバフはアルメニア系住民が多く住む土地で、アゼルバイジャンとアルメニアとの間では、その帰属が長らく問題とされてきました。旧ソ連時代には、ここがアゼルバイジャンの領土に組み込まれたものの、アルメニア系住民に自治権が与えられる形で「ナゴルノカラバフ自治州」が誕生しました。

 その後、旧ソ連の衰退とともに問題が再燃し、1988(昭和63)年から1994(平成6)年にかけて「第1次ナゴルノカラバフ紛争」が発生します。そのさなか、1991(平成3)年には「ナゴルノカラバフ共和国(アルツァフ共和国)」としてアゼルバイジャンから一方的に独立を宣言し、先述した第1次ナゴルノカラバフ紛争にも勝利しました。

 ただし、国際社会において同「共和国」は国家として承認されておらず、アルメニアによる占領地域として取り扱われてきました。その後2020年には、軍事力を増強したアゼルバイジャンが大規模な攻撃を実施(第2次ナゴルノカラバフ紛争)、「ナゴルノカラバフ共和国」は支配地域の多く失う結果になったのです。今回の軍事攻撃も、この大きな歴史の流れの中で起きた出来事といえます。

 ここまでナゴルノカラバフ“紛争”と書いてきましたが、こうした軍事的な衝突が発生すると、ニュースや新聞などでは「〇〇戦争」という表現がよく見られます。一般的には「武力を用いた争い=戦争」というイメージを持つかもしれませんが、アゼルバイジャンとアルメニアの長い争いも「戦争」とは呼びません。実は、法的にも決まりがあるからです。

「戦争」には当たらないワケ

 国際法上、伝統的に戦争とは「当事国による戦争意思の表明」をもって行われるもので、さらに一定のルールを守る必要はありますが、基本的には無制限の武力行使が許されています。究極的には、相手国を壊滅させることも不可能ではないわけです。

 しかし、第2次世界大戦を経て、国際社会では戦争を含む一切の武力行使(軍事力の行使)が原則として禁止され、その例外として、

(1)他国から攻撃を受けた際の自衛権の行使
(2)国連安全保障理事会(安保理)決議に基づく集団安全保障措置

の場合のみ、武力行使が許容されているのです。


9月15日に行われた、アルメニア軍とアメリカ軍による軍事演習「イーグル・パートナー-2023」の様子(画像:アルメニア国防省)。

 そして、これらはいずれも武力行使の目的などに照らして、その規模や期間などに関する限定が付されています。従って、無制限の武力行使が許容される戦争とは、その性質が全く異なるのです。

 そのため現在の国際社会において、戦争という表現を当事国が用いることは、「自国が違法な武力行使を行っている」という主張をすることになってしまうため、避けられる傾向にあります。たとえば、ロシアによるウクライナ侵攻に際しても、当のロシア側はあくまで自国の行動の根拠を「自衛権の行使」に求めていますし、今回の軍事行動に際しても、アゼルバイジャンはあくまで「対テロ作戦」と主張していることは冒頭で説明したとおりです。

 いずれにせよ、武力による現状変更は許容されるものではありません。仮に、当事国が「自衛権の行使」や「対テロ作戦」と主張したとしても、それが妥当であるかどうかは国際社会の中で客観的に判断されることになります。