世界に誇る本の食文化「ラーメン」。価格の壁を超えた店は、どのような特徴があるのだろうか(画像:著者撮影)

東京商工リサーチの発表によると、2023年1〜8月のラーメン店の倒産(負債1000万円以上)が28件(前年同期比250.0%増)に達し、前年同期の3.5倍と大幅に増えていることがわかった。コロナ禍の厳しい状況から明け、いざこれからというときに原材料の高騰や水道光熱費の問題などが直面し、営業が続けられないラーメン店が増えてきている。

ここで必ず出てくるのがラーメンの「1000円の壁」問題。どんなに美味しくても、どんなに高級食材を使っていても、ラーメン1杯の価格が1000円を超えるとお客さんが心理的に「さすがに高い」と感じてしまうという問題だ。多くのラーメン店は原価や人件費などと戦いながら1000円以内の価格を長年守ってきた。

単純に原価が上がり続ける中、同じ値段で提供し続けることは当然難しく、値上げを余儀なくされるわけだが、ラーメンの適正価格の問題は根深い。

味の進化は目覚ましいラーメン、「1000円の壁」問題

「国民食」「B級グルメ」などと言われてきたラーメンは、味の進化は目覚ましいものがある一方、価格がそこに追い付いていないという問題がある。

「1000円の壁」問題を打破するためには、ラーメンの価格の二極化・三極化が必須であると、筆者は以前から提唱してきている。そばに立ち食いそばから高級そば店まであるように、寿司に回転寿司から高級寿司店まであるように、ラーメンも二極化、三極化することが必要だろう。ラーメンは、もう十分に誇るべき日本の食文化なのだから、高級路線の店がもっとあってもいいはずだ……そう考えてきたのだ。

既存のラーメン店の中でも、「1000円の壁」を突破し成功しているお店もあるが、この後例えば「一杯2000円」となったときには、今と同じやり方では難しくなってくると考えられる。高価格帯を今後成り立たせるためには、まず「客席回転数(回転率)からの脱却」がマストになってくるだろう。

予約制・高価格帯でラーメンを楽しむお店

ところで先日、久しぶりに松戸にある「中華蕎麦とみ田」に行ってきた。

「中華蕎麦とみ田」はラーメンデータベースでは99.753点で全国1位、食べログのラーメン部門では3.95点で全国7位(ともに2023年9月16日現在)と日本を代表する超人気店。あまりの長い行列から予約制となり、「1000円の壁」も突破。予約したお客さんのみがゆったりと時間を過ごしながらラーメンを楽しむお店に進化した。


(画像:著者撮影)

「とみ田」では現在看板メニューの「つけめん」が並(200g)で1500円。筆者は久しぶりの訪問だったので贅沢にいこうと下記を注文した。

・つけめん 小(150g) 1450円
・特選全部乗せ 味玉バージョン 1100円
・心の味ジャンボ焼売(1個) 400円
・おかわり 冷やし麺(塩) 600円


合計 3550円

2000円どころか3000円を超える超贅沢だったが、これがまったく「高い」とは感じなかったのだ。

お店に入ると店主の富田さんが明るく迎えてくれ、丸い氷の入ったグラスに水が注がれ、熱々のおしぼりとともに提供される。目の前で富田さんが一杯一杯を丁寧に仕上げていく。常連との会話を楽しみながら、緊張感も強すぎずいい空間だ。

まず別皿で特選全部乗せのチャーシュー、そしてジャンボ焼売が提供される。そしてつけ汁、麺、味玉が登場し、客のテンションもマックスに。


(画像:著者撮影)

麺だけでも最上級、至高の一杯

すばらしい食材と技術で仕上げられた至高の一杯。濃厚ながらまったくくどさのない豚骨魚介スープに、みずみずしく光る極太ストレートの自家製麺。硬すぎず柔らかすぎずちょうどいい茹で加減と締め加減で、麺だけでも最上級のクオリティーである。


(画像:著者撮影)


(画像:著者撮影)


(画像:著者撮影)

“幻の豚”TOKYO-Xのチャーシュー4種類

チャーシューは王道の煮豚(バラ)、本格吊るし直火焼きの肩ロース、醤油のみで煮上げた煮豚(モモ)、低温調理で仕上げた内モモの4種類。すべて“幻の豚”と呼ばれるTOKYO-Xのチャーシューである。焼売もTOKYO-Xの自家製ひき肉で作ったジャンボサイズ。


(画像:著者撮影)

食べ終わったらスープ割りが待っている。柑橘と和ダシのスープでつけ汁とはまったく違うじんわりとした美味しさ。またここから新たな食事が始まるかのような感動で、一度で二度美味しいとはまさにこのことだ。


(画像:著者撮影)


(画像:著者撮影)

そしておかわり麺。夏限定の冷やしが楽しめるということで注文したが、三陸ワカメととろろが乗ったすっきりとしながらも旨味の深い塩スープに、つるんとした自家製麺が最高に美味しい。「とみ田」の濃厚だけではない別の魅力が感じられる。そしてこの冷やしもスープ割りができ、さらに一度で二度美味しい仕掛けだ。


(画像:著者撮影)


(画像:著者撮影)

食べ終わる頃にはすでに入店から1時間が経過。本当にゆったりした時間の中で最高の一杯が楽しめた。すべてが満足のクオリティーで3550円という価格も忘れてしまう時間だった。

改めて客席回転数からの脱却を考えてみる

勘のいい読者ならすでに気づかれているだろうが、筆者が「とみ田」への訪問録をこうしてつづっているのは、冒頭で触れた「客席回転数(回転率)からの脱却」をすでに達成している店だと改めて感じたからだ。

従来のラーメン店は、薄利多売のため客席回転数をとにかく重視し、「一日何杯売れるか」の勝負をしている。ラーメン店の平均の滞在時間はおよそ15分から20分で、長くても30分程度と言われており、1時間で1席が2〜4回転する計算だ。

では15分の滞在時間で果たして一杯2000円が取れるのか。ここが問題になってくるのだ。よく「パスタは2000円取れるのに、なぜラーメンは取れないのか」という話題を目にするが、これは滞在時間の差による違いが大きい。広い席で1時間ゆっくり過ごすパスタ店との大きな違いと言えるだろう。

ツッコミを承知で、あえて単純な計算をここでしてみたい。席数10席、営業時間8時間のお店として単純に客数×客単価×原価率で考えると、客単価800円のお店で平均滞在時間20分、原価280円(原価率35%)とした場合、1日の儲けは、

24回転×10席×客単価800円×65%(原価率35%)=124,800円

となるが、客単価2000円のお店で平均滞在時間1時間、原価500円(原価率25%)とした場合には、

8回転×10席×客単価2000円×75%(原価率25%)=120,000円

とほぼ変わらない結果となる。上の例の場合、一杯800円の中でやり繰りするとなると原価280円の中での戦いとなり、原材料高騰、水道光熱費の問題ですぐに原価を圧迫してしまうのに対し、一杯2000円であればまったく考え方が変わってくるのだ。

もちろん、現実の店舗運営はこんなにも単純な話ではない。飲食店には必ず混雑時間とアイドルタイムがあるし、1日トータルで考えても、「240杯も出る店はそうそうない」というツッコミが来ることも筆者自身想定している。また、良心的な価格のラーメン店を否定するつもりもない。

筆者がここで言いたいのは、「客席回転数から脱却することで、異なる経営戦略の景色が見えてくる」という考え方だ。

そういう意味では、「とみ田」は今後のラーメン業界の未来を変える可能性を示してくれている。「とみ田」のような、ゆっくり時間をかけて食べられる至高のラーメン。これこそが「2000円の壁」を超えられるお店なのだろう。


(画像:著者撮影)


(画像:著者撮影)

ほかには、神奈川の温泉地・湯河原にある名店「らぁ麺 飯田商店」もそういったお店の1つ。首都圏にあるお店でないにもかかわらず、ラーメン一杯で全国からお客を集める人気店だ。

その理由は、ゆっくりと温泉宿に一泊してから「飯田商店」のラーメンを食べるという「旅の一過程」として楽しむ人が多く訪れること。旅先だと、財布のひもは緩みやすい。オフィス街にあるラーメン店で、短い昼休憩の中で食べるラーメンとは、消費者の気持ちが変わってくるのも自然なことだろう。

何より肝心な「ものすごく美味しい」こと

こういった流れの中で、高価格帯に乗せるべく、おしゃれでゆったりとした空間を演出したラーメン店も増えてきているが、何より肝心なのが「ものすごく美味しい」こと。

「ものすごく美味しい」ということが何よりもの感動を生む。「とみ田」や「飯田商店」の店内はもちろん清潔感があり、しっかりとしたしつらえだが、過度な演出はなく無駄な緊張感もない。とにかくゆったりと「ものすごく美味しい」一杯が食べられるということが価値なのである。

これからラーメンの価格の二極化、三極化が進む中で、「とみ田」や「飯田商店」で過ごす1時間というのは、大きなヒントになるだろう。

(井手隊長 : ラーメンライター/ミュージシャン)