念願の食事デートで彼女が中座。数分後に戻ってきた女の姿に、28歳男が言葉を失ったワケ
◆これまでのあらすじ
大手証券会社に勤める青山駿介(28歳)は、高校からの友人である岳(28歳)に連れられ、秋葉原のライブハウスを訪れる。そこで、地下アイドル『石ノ瀬理沙』の存在を知る。理沙はステージ上で、幼い頃に母親を亡くすなど、不幸な過去を背負ってきたことを語った。駿介は心動かされ応援を始めるのだが…。
▶前回:東大卒の証券マンがハマった恋の沼。“ある女”の凄まじい魅力に、真面目な人生は一変し…
努力の方向性【後編】
「今日のライブも最高だったよ。りさぷぅ、可愛かったなぁ」
「駿介、今日は大阪まで行ってきたんだっけ?」
石ノ瀬理沙のライブを観るために、駿介は大阪に足を運び、その帰りに岳を誘って東京駅近くの『肉ビストロ&クラフトビール ランプラント』に来ていた。
「地方まで遠征するとは…。ライブには毎回行ってるのか?」
「ライブだけじゃないぜ。配信も欠かさず見てる」
岳に秋葉原のライブハウスまで連れて行かれてから2ヶ月。理沙の出演するライブには必ず足を運び、定期的に行われているインターネット上でのライブ配信も見逃すことはなかった。
「まさか、そんなにハマるなんてなぁ…」
軽い気持ちでライブハウスに誘ったという岳は、驚きを隠せない様子だ。
「いやあ、りさぷぅは本当に頑張り屋さんだよ。あれだけたくさんのライブをこなしてさ。ステージごとに歌唱力も上がってきてる気がするな」
過去の不幸な生い立ちに挫けることなく、ひたむきに努力を続ける理沙に、駿介は心酔しているのだった。
「それだけ頻繁にライブに通っていたら、りさぷぅももう駿介の顔を認識してるだろう?」
「まあな」
初めてライブを観た日。偶然帰りに理沙を見かけたが、存在に気づかれずに通りすぎられてしまった。応援グッズを大量購入し、固い握手を交わした直後にもかかわらず…。
あの悔しさを糧に、理沙に認識してもらうため、駿介は努力を重ねてきたのだ。
「認識されただけじゃないんだぜ」
駿介は不敵な笑みを浮かべ、スマートフォンを取り出す。
「え…お前、まさか…」
差し出した画面には、理沙のLINEのアイコン画像が表示されていた。
「マジかよ!連絡先を交換したの?でもどうやって…」
岳が驚きを隠さず、駿介のスマートフォンを覗き込む。
「実は、仕事を依頼したんだ。来週末に、職場の先輩が結婚式を挙げるんだけど、その披露宴でやる余興について相談を受けてさ」
「…なるほど。それをりさぷぅに依頼したってわけか」
理沙へInstagramでDMを送ったところ、返信が届いた。
『理沙:詳しい内容を教えていただけませんか?』
そこで駿介は、勤務先である大手証券会社の先輩の結婚式であり、200人規模の大きな披露宴であることを伝えた。
『理沙:お仕事のご依頼ありがとうございます。お受けさせていただきます』
承諾の返信とともに、LINEのIDが送られてきたのだった。
「でも、りさぷぅは有名なアイドルってわけでもないし。その先輩もよくOKしたな」
「そこは、ゴリ押ししたさ。『絶対盛り上がるから』って。『将来絶対有名になるから』ってね」
駿介は、ファンとして応援するだけでなく、少しでも理沙が利益を得られるようサポートしたいと考えていた。
今回、理沙にその行動が受け入れられ、連絡先を入手するまでに至ったのだ。
― やっぱり、努力は嘘をつかないんだ。
ライブに足繫く通い、グッズを大量購入した。
努力の積み重ねが、理沙との距離を縮める結果をもたらしたのだと、駿介は強く実感していた。
◆
結婚式当日。
披露宴のプログラムが進む中、駿介は司会を務める女性の傍らで待機している。スーツのジャケットの内側には、びっしょりと冷や汗をかいていた。
「あの…。出演者の方の到着はまだでしょうか…」
司会の女性が駿介に尋ねてくるものの、「もうすぐだと思うんですけど…」と曖昧な返答をするしかない。
披露宴は中盤に差しかかっていたが、理沙がまだ会場に来ていないのだ。
LINEを送っても返信がなく、駿介は途方に暮れていた。
場内では、お色直しを終えた新郎新婦が各テーブルを回っており、あと10分ほどで余興の開始予定時刻となる。
「プログラムの順番を入れ替えましょうか…」
司会の女性に提案されたときだった。
すぐ脇にある扉が少し開いて、「青山さん!」と名前を呼ばれた。
駿介が急いで扉を出ると、既にステージ衣装に着替えた理沙が立っていたのだが…。
「り、りさぷぅ。どうしたの?その怪我…」
理沙の右腕は三角巾で支えられ、足もとを見ると膝にも包帯が巻かれていた。顔も、頬に絆創膏が貼られている。
「実は、こちらに向かおうとしたところで階段から落ちてしまって…。病院で治療を受けていました。連絡できなくてごめんなさい」
「い、いやいや。よくそんな状態で来てくれたね」
頭を下げて謝る理沙に、駿介はむしろ同情を寄せた。
「でも、その体で歌ったりするなんて…辛いよね?司会に事情を伝えてくるけど…」
会場内に戻ろうとする駿介を、「待ってください」と理沙が制止した。
「やらせてください。お願いします」
理沙が力強く訴える。
キラキラと輝くその瞳の奥に、アイドルとしての使命をまっとうしようという覚悟と信念が見て取れた。
◆
披露宴終了後、駿介と理沙は、式場近くにある中華レストランを訪れている。
駿介が、「打ち上げでも…」という名目で理沙を誘ったところ、快く受け入れられ、個室で2人きりの食事となった。
「りさぷぅ。今日はありがとう。会場も盛り上がってたし、先輩も本当に喜んでたよ」
「こちらこそ。喜んでいただけたなら何よりです」
円卓を挟み、お互いに手もとのグラスを掲げ、労いの言葉をかけあう。
披露宴中、司会から余興の開始が告げられ、理沙がステージに上がった。
怪我を負った理沙の登場に、場内がざわついた。
しかし、理沙がマイクを通して話し始めると、雰囲気が一変。
怪我をした事情を話し、どうしてもお祝いをしたくて駆けつけたと伝えると、その健気な思いに共感したのか、会場にいる全員が理沙の言葉に真剣に耳を傾けた。
気づけば会場中を味方につけたような状態で、パフォーマンスをスタート。大盛況のうちに20分間のステージを終えた。
大きな拍手に包まれる理沙の姿を見て、駿介も鼻が高かった。
「りさぷぅ、お腹空いてるでしょう?いっぱい食べて」
円卓の上に並べられた料理に遠慮なく手をつけるよう促すが、駿介はそこで自分の失態に気づく。
理沙は右手がふさがっているため、箸が握れないのだ。
「あ、ああ…ごめん。フォークか何かもらってくるよ…」
駿介が立ち上がろうとすると、理沙がそれを制止した。
「あ、大丈夫です。ちょっとトイレに行ってきていいですか?」
理沙が個室から出て行く。
― しまった。小籠包が好きだってことは知ってたんだけど、ツメが甘かった…。
理沙を喜ばせようと好みに合わせて店を選んだにもかかわらず、配慮が十分ではなかったことを悔やんだ。
肩を落としながら待っていると、扉が開いて理沙が戻ってくる。
「おかえり…。あ、あれ?」
理沙の姿を見て、駿介はその変化に驚く。
「え…。三角巾とか、包帯とかは?」
理沙の体から、痛々しい装備がすべて外されていた。
「はい。あれは、パフォーマンスのひとつなので」
「怪我は…してなかったってこと?」
「そうですよ。ああいう設定を作っておいたほうが、お客さんの心を掴みやすいので、たまにやるんです。でも、今日はちょっと準備に時間がかかって遅れてしまって、申し訳ありません」
「あ…いや…」
「あ、それでひとつ新しい発見があったんです。腕の包帯を太めに巻くと、小顔効果があるってことに気づきました」
理沙は嬉しそうに言いながら右手に箸を持つと、レンゲに小籠包を乗せ、器用な手つきで食べ始めた。
◆
食事を終えて、店を出る。
店舗は建物の2階のため、エレベーターが来るのを待った。
「ごちそうさまでした。今日はありがとうございました」
理沙が丁寧に礼を述べる。
「帰りは、タクシーかな?」
「いえ。車を待たせているので」
窓から下を覗くと、建物の前にアルファードが止まっていた。
― あっ!あのアルファードは確か…。
以前、同じ車に乗り込む理沙を見かけたことを思い出す。
「りさぷぅ。あの車の人って…どういう関係なのかな…」
「あれは、親しくしている社長さんです。お願いすると車を出してくれるんですよ」
「ああ、そうなんだ…」
疑うような間柄でないのはわかったが、どうも関係性が受け入れ難く、複雑な思いが芽生える。
「今日もたくさんのお名刺を頂いて、人脈が広がりました。こういったつながりも大事なので」
そこで、理沙のスマートフォンが鳴った。
理沙が手に取って画面を見ると、すぐに伏せた。
「出なくて大丈夫なの?」
「はい。お母さんからなので。あとでかけ直します」
「そっか、お母さんなら…」
駿介はそう言って、ハッと息をのむ。
「え、お母さん!?お母さんは、亡くなってるんじゃ…」
初めてライブを観に行った際、母親のお墓参りに行ったとMCで話していたが…。
理沙が、「ああ…」と呆れたように笑った。
「それも、パフォーマンスの一環ですよ。不幸を背負っていたほうが、応援したくなるじゃないですか。こういう努力も大事ですよね」
理沙のその言葉を聞いて、駿介は自分のなかで何かがフッと切れたような感覚をおぼえた。
「それに、亡くなったとはハッキリ言っていないんですよ。そういうニュアンスにも聞こえるように工夫して伝えてますから」
「じゃあ、『親戚をたらい回しにされた』って話していたのは…」
「脚色ですよ。脚色」
悪びれず、むしろ得意げに言ってのける理沙に、駿介は静かに返す。
「それって、努力なのかな…」
「…はい?」
「努力って、いい楽曲を作ったり、歌唱力を磨いたり、パフォーマンスを向上させることじゃないのかな…」
「う〜ん…。もちろんそれもあるけど、すぐに結果に現れないじゃないですか。もっと賢く努力をしないと。エレベーター来ないから、階段で下りましょう」
理沙が、衣装の入ったスーツケースを引きながら、2階フロアの外階段へと向かう。
― 違う。そんな努力の仕方、間違ってる。
たとえ遠回りでも、小さな努力を積み重ねることでたどり着いた成功こそが真の成功であり、駿介はそれを繰り返してきたと自負している。
成功への近道のため、人を欺き、心を踏みにじるような行動を「努力」と捉える理沙には、相容れないものを感じた。
駿介は、先を行く理沙の背後にまわる。
「ねえ。本当に階段から落ちたら、どのくらいの怪我をするんだろうね」
そう語りかけ、奇妙な笑みを浮かべた。
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