コミュニケーション戦略研究家が解説する、バスケットボールの名将ホーバス監督について(写真:taka/PIXTA)

一部上場企業の社長や企業幹部、政治家など、「トップエリートを対象としたプレゼン・スピーチなどのプライベートコーチング」に携わり、これまでに1000人の話し方を変えてきた岡本純子氏。

たった2時間のコーチングで、「棒読み・棒立ち」のエグゼクティブを、会場を「総立ち」にさせるほどの堂々とした話し手に変える「劇的な話し方の改善ぶり」と実績から「伝説の家庭教師」と呼ばれている。

その岡本氏が、全メソッドを公開し、累計20万部のベストセラーとなっている『世界最高の話し方』『世界最高の雑談力』に続き、待望の新刊『世界最高の伝え方── 人間関係のモヤモヤ、ストレスがいっきに消える!「伝説の家庭教師」が教える「7つの言い換え」の魔法』がついに発売され、発売たちまち大増刷するなど話題を呼んでいる。

コミュニケーション戦略研究家でもある岡本氏が「バスケ名将ホーバス監督に学ぶ『愛される怒り方』」について解説する。

驚くべき手腕の秘密は「愛される怒り方」


48年ぶりに自力での五輪出場を決め、注目を集めるバスケットボール日本男子チーム。

その采配を振ったトム・ホーバスヘッドコーチ(監督)は、2021年に女子バスケットボールチームを東京五輪の銀メダルに導いた名将です。

体格的にも決して有利とはいえないチームを次々と世界レベルに引き上げた驚くべき手腕の秘密は「愛される怒り方」にありました。

まさに「コミュニケーションの鬼」ともいえるホーバス監督の「金メダル級の伝え方」の真髄に迫ってみましょう。

ホーバス監督と言えば、身長203センチという大きな体躯で、練習中や試合中、まるで怒っているような大きな声で選手に声をかける姿が印象に残る方も多いでしょう。

その迫力に女子選手たちは声をそろえて「怖い」と表現するほどです。

「選手に怒る」と言えば、最近、大阪市の私立高校の野球部監督が選手に暴力をふるったとして問題になりました。

驚異的な成果を上げ、そして選手たちからも愛される「許される怒り方」と、人を傷つけ、やる気を下げる「許されない怒り方」の境界線はどこにあるのでしょうか。

「許される・許されない怒り方」の境界線は?

【1】「徹底的にロジカル」を貫く

バスケットの名門、ペンシルベニア州立大学で学んだホーバス監督は、かつては、トヨタ自動車で、国際マーケティングの仕事に携わり、FBIからも内定をもらったという知性派です。

自ら「NBAアナリティックスタイル」を標榜、その徹底した調査・分析、データ活用ぶりで知られています。

足の角度から、ディフェンス、アーチの角度に至るまで、こと細かに観察し、指摘するこだわりで、選手たちも「とにかく細かい」と舌を巻くほど。

つまり、すべての指摘にデータや科学に基づいたきっちりとした根拠・エビデンスがあり、怒られても納得感があるのです。

「世界一厳しい練習」と言われていましたが、「やっていた練習メニューにはすべて理由がある」(著書『チャレンジング・トム』より)。

だから、「怖いが愛情のある怒り方をする」「理不尽に怒らない」(オコエ桃仁花選手)と好意的に受け止められる。

うさぎ跳び100回、グラウンド30周などといった制裁的な「ど根性トレーニング」とはレベルが違うのです。

【2】「アジャスト」し続ける

彼はよく「アジャスト」という言葉を使います。「適応する」ということです。

アメリカ人ながら、日本語を磨き、日本文化に適応してきた彼だからこそ、「適応力」の重要性をよくわかっているのでしょう。

ペンシルベニア州立大学のバスケ部では、伝説の名コーチ、ブルース・パークヒル氏に鍛え上げられましたが、「(軍曹型の)手法に影響を受けながらも、自分はもう少し共感型」と形容するように、時代に合わせてそのスタイルをアジャストしてきました

「謙虚な学び」をひたすら続ける

そのために、ひたむきに続けてきたのが「謙虚な学び」。昔、自分が教えられたやり方を良しとせず、知識をアップデートする努力を続けてきました。

休みには、自ら車を運転して、全米中のNBAやカレッジのバスケットボールチームの練習やゲームの現場を見て回り、常に、よりよい指導法を摸索したそうです。

そうして編み出したフォーメーションは100以上。それを徹底的に教え込みました。

深い学びと洞察に基づく指導と、自分が教えられたやり方を踏襲するだけの指導。違いは明らかですよね。

【3】心情(エモーション)を理解し、フォローする

コートの上では怒っても、必ず、その後には、フォローを入れることを心がけているそうです。

声を上げた理由を、丁寧にエビデンスをもって説明する。そのために、選手一人ひとりのボディランゲージや表情をつぶさに観察し、心情を読み取る努力を欠かしません。

そうした相互理解に大切だと力説するのが「ダイレクトなコミュニケーション」

「通訳を介すと、エモーション(感情)が伝わらない」からと、少々つたなくても日本語を貫いてきました。

「一方通行ではなく、納得するまで双方向でおこない、間違いがないかをチェックすべき」(前掲書)と説いています。

「トップダウンで命令する」がデフォルトである日本の組織のスタイルとははっきりと一線を画しているのです。

【4】節度のある怒り方

コート上での彼の語気は強く、気迫はありますが、決して、人を傷つけるものであったり、ヒステリックなものではありません。選手たちを鼓舞するための「計算された怒り方」という印象を受けます。

そこには、行き過ぎないように「一定のルール」があるのです。

「お前」といった呼び方はせずに、名前を呼ぶ。また、「こうしろ」という命令口調もなく、「なにをやっているんですか?」と問いかける

「厳しさを残しながら、なるべく丁寧な言葉を心がけました。思いを込めたポジティブな言葉だからこそ、相手も信じてくれる」(同前)というわけです。

リスペクトに年齢は関係ない

【5】「リスペクト」の文化を醸成する

ホーバス監督は、日本の体育会組織にありがちな上意下達の先輩後輩制度にも、異を唱えます

後輩が先輩に遠慮するといった悪弊をなくすために、「コートの上では先輩後輩は関係ない」と言って聞かせました。フラットな関係性がコミュニケーションを活性化させるからです。

女子代表チームのメンバーは、試合中、なかなか声を出せませんでしたが、お互いに声を掛け合えるように変えていきました。

誰が上でも下でもない関係性の中で、相互の思いやりや敬意を醸成する。「年齢に関係なくお互いをリスペクトし合えるチームはやはり、結果にも表れる」(同前)のです。

【6】そこに「愛」と「情熱」はあるか?

監督の恩師パークヒル氏いわく、「彼はいい選手だっただけではなく、とにかく、面白かった(funny)」のだとか。

基本は陽キャラで、ユーモアあふれた人のようです。

口調はたまに厳しくても、人柄がよく、選手から愛されている。その磁力の根底には、あふれ出る愛情と情熱があります。

バスケットやそれを教えること、そして、選手。それぞれへの深い愛情と情熱がほとばしり出ているから、人は大いに共感するのです。

「実践」と「練習」でメンタルを克服

【7】徹底した「刷り込み」で、メンタルを鍛える

自信がない人が多い日本人。人一倍努力家であっても、メンタルやマインドの弱さが女子チームの大きな課題だったといいます。

そこを克服するカギが、徹底した「実践」「練習」でした。

私もコミュニケーションの基礎をアメリカで学び、今は自らの学校でそのノウハウをお教えしていますが、人の行動変容や自信の醸成は、徹底した実践を通してしかありえません

正しいノウハウを学び、実践の場数を積み重ねる。ただ、聞くだけの研修など、ほとんど効果はないのです。

だからこそ、ホーバス監督は、女子チームに「世界一厳しい練習」を課しました。

正直、本当に世界一厳しかったかどうかなどわかりません。ただ、監督は「厳しい練習」と表現し、「君たちは世界で一番準備したから」と伝え続けたのです。

そして、「自分を信じて」「チームメートの力を信じて」と繰り返しました。そこから、選手たちの意識に生まれたのが、「世界一厳しい練習をくぐり抜けた強い自分像」と「自信」です。

実際に、「どのチームより練習したから」と馬瓜エブリン選手もコメントしていましたが、「これだけの厳しさを乗り越えた自分が負けるわけがない」という半ば、「洗脳」状態に置かれたのです。

まさに、筋肉の一筋一筋に、監督はその言葉で、選手に「自信」を刷り込んでいきました

令和の「鬼監督」は、昭和の「鬼軍曹」とまるで違う

きわめてロジカルに「勝ち筋」を見極める知性と、あふれ出る情熱、そして、圧倒的なコミュニケーション力

令和の「鬼監督」は昭和の「オラオラスタイル」を押し付ける「鬼軍曹」とは、似て非なるものということ。


岡本純子さんの「世界最高の伝え方セミナー」9月13日(水)に紀伊國屋書店梅田本店で実施します(詳しくはこちら)。

「ついていこうと思わせるリーダー」

「こういう方向性を明確に出してくれる上司が会社におったらなー」

ネット上にはこんな声があふれていました。

日本には、残念ながら、まだまだロールモデルが少ないのが実情ですが、今からでも決して遅くありません。

みなさんも、「世界最高の伝え方」を学び、「理想のリーダー・上司」になってみませんか

(岡本 純子 : コミュニケーション戦略研究家・コミュ力伝道師)