部下が能動的に働いてくれるようになるには? トヨタ流マネジメントのコツを聞きました(写真:kouta/PIXTA)

2022年度の世界全体の生産台数と販売台数がともに過去最高を記録したトヨタ。「そんなトヨタで鍛えられた『紙1枚』のスキルを使えば、部下をもつマネジャーの悩みの多くが解決できます」と話すのは、「紙1枚!」シリーズのベストセラー著者・浅田すぐるさん。

新著『あなたの「言語化」で部下が自ら動き出す 「紙1枚!」マネジメント』を刊行した浅田さんに、トヨタ流マネジメントのコツを聞きました。

全社方針を言語化した「トヨタフィロソフィー」

日本的カルチャーを色濃く残した組織・環境では、知らず知らずのうちに「自分の意志よりも、自分以外の集団的な意志・空気・同調圧力」を優先しがちです。したがって、「自分で考えろ」「当事者意識を発揮しろ」と頭ごなしに言ったところで、それだけでは暖簾に腕押し状態が続いていくだけとなってしまいます。

「社会的手抜き」や「意見・主張より世間・空気」といった受け身の状態を乗り越え、部下が能動的に働いてくれるようになるにはいったいどうすれば良いのか。

その悩みを解決できるキーワードをヒトコトで言語化してしまうと、結論は「目的のジブンゴト化」です。

皆さんの会社では、理念や方針、ビジョン等が策定されているでしょうか。

それらは実際にどの程度、定着あるいは機能しているでしょうか。

私がサラリーマン時代の大半を過ごしたトヨタには、「トヨタフィロソフィー」といったものがあります。

一部を紹介すると、たとえばミッションの項目には「わたしたちは、幸せを量産する」、あるいは、ビジョンとして「可動性(モビリティ)を社会の可能性に変える」といった言葉も掲げられています。

あなたの会社には、このように明文化されたものがあるでしょうか。

他にも、「基本理念」「トヨタウェイ」「トヨタグローバルビジョン」「トヨタ・ビジネス・プラクティス」、等々。さまざまなレイヤー・位置づけ・目的で、マネジャー・プレーヤー問わず全社員が働くうえで重視すべきことが言語化されています。

トヨタには「視える化(みえるか)」という有名な企業文化があり、こうした明文化もその具体例です。詳しい話は他の拙著に譲りますが、トヨタの強さの源泉の1つが「言語化」力であるという点だけは、本書でも強調しておきたいと思います。

世界中のトヨタで実践されている「方針管理」

加えて、ミッションやビジョンを達成するために、あるいは理念や規範を体現するために、トヨタでは1年ごとに「年度方針」が策定されています。ただ、時間軸としては「年度」方針ですが、空間軸に重きを置けば、これは「全社」方針と言い換えることも可能です。

なぜこう言い換えたのかというと、「全社」としての方針ができあがり次第、今度はそれが「部門」方針、「部」方針、「室」方針、「グループ」方針というように細分化、ブレイクダウンされていくからです。

各トヨタパーソンは上部方針を一通り確認しつつ、最終的には自分の業務の方針を「紙1枚」に書き出してまとめていきます。

これが最も具体的で、自身の仕事に直結する「目的=何のために働くか?」の方針です。全ての仕事は、自らの言葉で言語化したこの方針を達成するために行い、方針に沿って働くことが、最終的には全社方針や企業理念、フィロソフィーといったものともつながっていく。

逆もまた真なりで、そうした上位方針や明文化された組織文化との「つながりを実感して働ける」からこそ、ブレずに、主体的に、当事者意識を発揮して日々業務を遂行していけるようになるのです。

以上、トヨタのマネジメント手法の1つである「方針管理」の一端をご紹介しました。

英語では「Hoshin-Kanri」とそのまま表記され、世界中のトヨタで実践されています。あなたの会社には、似たような仕組みがあるでしょうか。

一方、転職したグロービスでは、次のような取り組みが行われていました。

入社してまもなく、上司から「今度みんなで集まってホテルに籠るから」と言われ、訳もわからずとりあえず参加するという機会がありました。

当日は会社の理念や歴史、方針を再確認する時間があり(私にとっては確認ではなく初めての機会でしたが)、それをベースに、自分はこの1年どう働いていきたいかについてグループで話し合ったりしました。

ちなみに、グロービスのビジョンは「経営に関するヒト・カネ・チエの生態系を創り、社会の創造と変革を行う」と言語化されています。

私は「GLOBIS知見録」というオウンドメディア(自社媒体による情報発信)業務を担当していましたので、このビジョンでいうと「チエ」の領域に該当します。

グループで話をしながら、「ああ、これから自分はビジネスに関する有益な知見(=チエ)を社会に届け、ビジネス環境の底上げに貢献する仕事をしていくんだな」という感覚が高まっていき、帰京後はシンプルな判断基準のおかげで能動的に働けるようになっていきました。

仕事をしていて選択に迷う時も、「ビジョンの達成につながるかどうか?」というシンプルな問いに立ち返ることで、ズレたりブレたりすることなく動けるようになっていったのです。

以上、こうした取り組みについてグロービスでは「リトリート」と呼ばれています。もちろん社員同士の懇親や組織としての一体感醸成といった目的もあるのですが、本書の文脈では「これは要するにトヨタの方針管理と同じことを、カタチを変えてやっているんだな」と体感する機会になりました。

残念な上司が口にするトホホな言い訳

ここまで、トヨタ、グロービスのそれぞれで体感したエピソードを通じて、まずは私自身がどうやって当事者意識を発揮し、主体的・能動的に働けるようになったのかを共有させてもらいました。

2つの体験談は、表面的には異なる内容に見えたかもしれません。

ですが、根底に流れているアプローチは両社とも同じで、冒頭で紹介した「目的のジブンゴト化」です。

ここから先は、特に皆さんの会社と照らし合わせながら読んでほしいので、ステージ別に箇条書きしてみます。

あなたが置かれている状況は、今どの段階でしょうか。

●ステージ1:ビジョンや方針が、そもそも策定されていない
●ステージ2:策定されていても、会社から明確な説明がない
●ステージ3:説明もあった気はするが、覚えていないし活かせてもいない

まずは「ステージ1:ビジョンや方針が、そもそも策定されていない」という段階です。日々多くのビジネスパーソンの方々と関わっていると、次のようなセリフを見聞きする機会が頻繁にあります。

「いやー、うちの会社は方針とかビジョンとかないんですよね」

独立して社会人教育の世界で働くようになって10年経ちましたが、特に初期の頃は、こうした発言をする人が思った以上にたくさんいて、見聞きするたびに驚いていました。

ビジョンや理念、方針等が何もないと断言することは、「何のために働くのかという判断基準・ものさしがありません」と宣言しているに等しいからです。

そんな状態では、マネジャーとしてもプレーヤーとしても、判断や選択、意思決定することができなくなってしまいます。

「何を軸に管理したらよいかわからない」と言っている人に、そもそもマネジャー業務は務まりません。にもかかわらず、「うちにはそんなのありません」と平然と言ってのけてしまう人が、どうしてこんなにも数多くいるのか……。

「部下が自ら変わっていくマネジメント」に向けた第一歩

多くのビジネスパーソンと交流する中で、しだいに問題の所在がわかってきました。


「うちの会社にはビジョンがない」と公言し、勤務先への不平不満に終始するマネジャーには、ある共通点があります。

それをヒトコトで言語化したものが、次の1行です。

他ならぬマネジャー自身が、主体的に働けていない。

第1章で「世間」や「空気」、「社会的手抜き」といったキーワードを紹介しました。個人としての能動性よりも、集団への受動性を優先する傾向の強い組織が日本にはまだまだ多いため、そのような職場環境ではそもそもマネジャー自身が主体的な姿勢で働きにくくなってしまう……。心当たりのある人は、まずはこうした前提やメカニズムについて深く認識してほしいと思います。

そのうえで、自身の当事者意識を取り戻すことから、全てをリスタートしていきましょう。それができない限り、部下も受け身でしか働いてくれないという構造がいつまでも再生産されていくだけです。

(浅田 すぐる : 「1枚」ワークス代表取締役/作家 社会人教育のプロフェッショナル)