■楽天銀行を上場させて資金調達をしたばかり

楽天グループが「金食い虫」と化したモバイル事業に悪戦苦闘を迫られている。5月16日には公募増資と第三者割当増資で最大3300億円の資金を調達すると発表。調達資金はモバイル事業の設備投資と社債償還に当てるとしている。

写真=つのだよしお/アフロ
楽天グループの社長兼楽天モバイル会長の三木谷浩史は、2023年5月12日(金)、東京で自社のスマートフォンの新サービスを発表した。 - 写真=つのだよしお/アフロ

増資で新たに発行する株式は最大5億4690万株に達する。増資前の発行済株式総数の34%に相当する株式が増えることになるため、報道が流れた直後から株式価値の希薄化を懸念した売りに押されて株価は大きく下げた。市場全体は海外投資家の買いで活況を呈し、株価が大幅に上昇したのとは対照的だった。

5月17日に日経平均株価は3万円を突破、その後も上昇し続けて22日には33年ぶりに3万1000円台に乗せた。そんな中で楽天の株価は5月12日の707円から5月18日には606円にまで下落、22日は613円で引けたものの、取引時間中には602円の安値を付けた。

それほど投資家に動揺を与えながらも大型の増資に踏み切らざるを得ないところに、楽天の苦しさが滲み出ている。なりふり構わぬと言ったところだが、つい1カ月前にも市場を使った資金調達をしたばかりだった。子会社の楽天銀行を東証のプライム市場に上場、保有株の一部を売却して717億円を調達した。これも携帯電話の基地局整備などに当てられる。

■携帯事業は1026億円の赤字

こうして調達を繰り返している資金も、砂漠に水を撒くように消えていく。2023年12月期は3000億円の設備投資を予定しているほか、今後3年間で9000億円の社債償還が控える。それだけではない。さらに毎年巨額の赤字を計上しているからだ。

楽天グループの連結最終損益は、携帯電話サービスを始めた2019年12月期から4期連続で赤字が続いている。2022年12月期は3759億円と最大の赤字を計上した。2023年12月期に入っても赤字が減る気配はない。

5月12日に発表した2023年第1四半期(1〜3月)も825億円の赤字だった。携帯事業の契約者数が454万件と前年同期の492万件から大きく減った。データ使用量1ギガバイトまで料金を「0円」とするプランを廃止した影響で解約が増えた。携帯事業は1026億円の赤字を出している。

なぜ、楽天が携帯事業でこんなに苦戦を強いられているのか。もともと、ドコモ、au、ソフトバンクの3社寡占で、楽天が新規参入する余地などなかったのではないか、と見られがちだ。ソフトバンクが携帯事業に参入する際は旧ボーダフォンを買収したにもかかわらず、それでも苦汁を舐める時期が続いた。楽天は一から自前で始めたわけで、そもそも事業として自立するのは無理なのではないか、というわけだ。

■楽天にとって不運だったのは「菅首相誕生」

最も楽天にとって「不運」だったのは、総務大臣経験者の菅義偉氏が首相になったことだろう。菅氏は官房長官時代の2018年8月に「携帯料金は今よりも4割程度引き下げる余地がある」と発言、話題になった。同年11月発売の月刊誌に手記を寄せ、「携帯大手の利益率は20%前後に達しており、電気やガスのようなインフラ企業と比較しても利益率が突出して高い。そもそも電波は公共物であり、国民の共有財産。諸外国と比べて格安で電波を用いている企業が過度な利益に走るのは不健全だ」と、大手携帯会社の儲け過ぎを批判したのだ。まさに楽天が携帯電話事業に参入しようとしていたタイミングだった。

寡占状態にある市場に、新規参入を許すことによって競争を加速させ、料金を引き下げていく。これは真っ当な競争政策と言える。当初、楽天が事業参入した際も、使い放題で月額2980円という価格で始めたが、これは3大キャリアの利用料の半額以下の料金プランだった。つまり、当時の価格状況の中では楽天のプランならば十分に戦えると見られていたのだ。

写真=iStock.com/west
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/west

■国民にはありがたい「官製値下げ」が災いに

ところが、「4割引き下げ」が持論の菅氏が首相になったことで状況が一変する。首相の強い要請を受ける形で、2020年12月にドコモが格安プラン「ahamo」を発表、auが「povo」、ソフトバンクが「LINEMO」で追随することになり、楽天と同水準まで値下げした格安プランが揃うことになった。政治家の介入による、いわば「官製値下げ」が一気に起きたわけだ。結果的に菅首相の施策が楽天から優位性を奪う結果となったのだ。

総務省の家計調査によると、この「官製値下げ」の効果は鮮明に表れた。2人以上世帯の月平均消費支出で「通信」を見ると、リーマンショック後の2011年の1万1928円から2019年の1万3599円まで8年連続で上昇していたものが、2020年から3年連続の減少となり、2022年には1万2598円になった。2022年は電気代が22.9%も一気に上昇するなど物価上昇が鮮明になったが、その中で通信料は5.2%も減った。家計消費で見る限り、菅首相の言った4割下げには及ばないものの、ピークからの下落率は7.4%に達した。

この国民からすれば、ありがたい「官製値下げ」が、楽天にとっては災いになったと言っていいだろう。

■「Rakuten最強プラン」が起死回生の一打になるか

ネット上では、楽天は携帯事業から撤退するのではないかとか、他のキャリアと統合するのではないかと言った見方も出ている。だが、万が一、そんなことになれば、菅首相の介入が新規参入を疎外し、競争を排除したことになってしまう。結局、既得権を持つ3社が有利になるということだろう。それを菅首相が意図していたとは思わないが、政府が価格をコントロールしようとして介入すれば、市場競争は大きく歪むことになるのは現実だろう。

写真=iStock.com/west
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/west

楽天自身は、今回の公募増資の発表資料の中で、Eコマースやトラベル、金融決済などの同社のサービスを展開していく中で、「モバイル端末が最も重要なユーザーとのタッチポイントであることに疑いの余地はなく」重要だとし、携帯事業を死守し続けていく覚悟を示している。三木谷浩史会長兼社長が描く、全体の事業構造に携帯事業は不可欠だということだろう。

つながりにくいと批判される楽天モバイルの通信環境を改善する切り札としてauを運用するKDDIとの間で、自社でカバーできていないエリアでの「ローミング」契約を新たに締結した。また、6月1日から「Rakuten最強プラン」と銘打って、データ高速無制限で最大2980円という新プランを投入する。これが起死回生の一打になるかどうかが楽天にとっての正念場だろう。

■「官製値下げ」は国民の利益に繋がるのか

政治家の介入による「官製値下げ」は国民受けが良いこともあって、繰り返されがちだ。6月からの電気料金の値上げに対しても河野太郎大臣と消費者庁が苦言を呈したことで、値上げ幅が圧縮された。電力料金も新規参入を促し競争状態を作ることで価格引き下げを進めていたはずが、いつの間にか「官製価格」の時代に舞い戻っている。一見、消費者のために動いているように見えて、結局は政府が競争をコントロールするようになり、市場は歪み、新規参入が阻害されることになる。

競争のルールが突然変わったことで悪戦苦闘を余儀なくされた楽天を見ていると、似たようなことが繰り返されかねない予感を覚える。岸田文雄内閣はガソリン価格の上昇を抑えるために巨額の補助金を出し、小麦粉の価格を引き下げ、電気やガスの価格もコントロールしようとしているからだ。果たして、それが長期的に見て国民の利益に繋がるのかどうか改めて考えてみる必要がありそうだ。

----------
磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
----------

(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)