東京都内には、“お嬢様女子校”と呼ばれる学校がいくつもある。

華やかなイメージとは裏腹に、女子校育ちの女たちは、男性の目を気にせず、のびのびと独自の個性を伸ばす。

それと引き換えに大人になるまで経験できなかったのは、異性との交流だ。

社会に出てから、異性との交流に戸惑う女子は多い。

恋愛に不器用な“遅咲きの彼女たち”が手に入れる幸せは、どんな形?

▶前回:公務員の彼氏に3ヶ月で振られた32歳女。彼を家に呼んだことがきっかけで…




ハイスペ男と付き合うことに疲れた女:沙也加【前編】


「一皿一皿が、芸術作品みたいで素敵!」

沙也加は、4つ年上の彼・栄治と、代々木上原の『sio』に訪れていた。

大手商社に勤めている栄治がデートに選ぶお店はいつも、グルメサイトで高評価の、高級なレストランばかり。

沙也加は、自分では手が届かないような場所に連れ出してくれる彼に、大人の魅力を感じている。

「そういえば私、新しいプロジェクトにアサインされたの!」

大手IT企業に勤める沙也加が加わることになったのは、社内で力を入れて新しく始めるというアクセラレーションプログラムだ。

スタートアップ企業との協業や出資を目的として開催されるプログラムで、社内の様々な部署から参加メンバーが選出された。

「私、最年少選出なんだって!とっても嬉しかった…」

沙也加は甘えるような声で栄治に報告する。しかし、沙也加の言葉を聞いた栄治の表情が曇る。

「そのプロジェクトは通常業務と兼務だよね?そうやって浮かれて、主務をおろそかにしないように気をつけないといけないよ」

祝福の言葉もかけず、どこか否定的な反応を見せる栄治に、沙也加は落胆する。

「それに、これからアクセラレーションプログラムって、もう遅くない?今から始めるのって、沙也加の会社にメリットはあるのかな?」

― また、これね…。

栄治と仕事の話をすると、いつも上から目線のアドバイスばかりしてくる。

でも、沙也加がその気持ちを口にすることはなかった。

― こんなことでせっかくのデートでケンカしたくないし…。




デート翌週の金曜日。

沙也加は豊女時代の同級生・夏帆を誘い、中目黒の『ビーフキッチン』で食事をしていた。

「仕事の話をすると、急に上から目線になるの。嫌になっちゃう」

沙也加は夏帆に、栄治のことを愚痴る。




「男の人って、彼女よりも優秀でありたいと思うんじゃない?ましてや4つも年上なんだし、なにかと口を出したくなるのかも」

沙也加の“理想の恋人”の3大条件は「年上・大手企業勤め・年収1,000万以上」だ。

これまでの恋人も、この条件を基準に選んできたため、年上ばかりだった。栄治もそうだ。

彼は阪大を出た後、慶應の大学院を卒業し、商社に入社した。

夏帆の言うように、栄治は自分の経歴や仕事にプライドがあるのだろう。

「それに沙也加は仕事もできるしね。優秀な彼女に負けたくないって気持ちが潜在的にあるんじゃない?」

沙也加は、女子大を出たあと、同級生たちの中では比較的給料がいい大手IT企業に入社した。

今は役職もついている。

意識はしていないが、栄治とはついライバル関係になりやすいのかもしれない、と沙也加は思う。

「栄治と私、合ってないのかな…。なんか一緒にいると疲れるんだよね」

「うーん、なんとなくバリバリ働いて自立してる沙也加には、意外と年下とかも合うかもよ」

予想もしていなかった夏帆の言葉に、沙也加は戸惑う。

「年下…?」

「そうそう。我慢とか遠慮をしていたら、その恋愛に先はないよ」

「確かに、そうよね」

夏帆の言葉に、納得はするものの、沙也加は栄治との交際を終えるほどの決心はつかなかった。



2週間後の金曜日。

業務を少し早く切り上げ、沙也加は六本木の支社に向かっていた。

今日はキックオフパーティーという形で、沙也加がジョインするプログラムの顔合わせを目的とした立食パーティーが行われる。




― すごく華やかな雰囲気だわ!

会場に到着すると、思わず写真を撮りたくなるようなオシャレなケータリングとドリンクが並んでいて、沙也加の気分が高まる。

沙也加は、今日のパーティーを主催する人事部から運営の手伝いを任されている。

直接の接点はないが、社内の重役たちも参加している。

沙也加は運営担当という立場をうまく活用しながら、自分を知ってもらうチャンスだと、彼らに積極的に話しかけていた。

その時、選考を通過したスタートアップ企業の社長たちのスピーチが始まった。

社長といえども、参加者は沙也加より少し若いか同世代ぐらいの年齢のようだ。

― 若いのに、みんな自分の仕事に夢があって、スピーチも知的で素敵…。

キラキラと夢を語る彼らの姿を、沙也加は憧れに似た気持ちで見ていた。


「今、大丈夫ですか?」

食事を取りにきた沙也加は、先ほどスピーチしていた若手起業家の1人に話しかけられた。

「はい、どうかしましたか」

― うわ、イケメン!

身長は170cmないくらいで少し小柄だが、目鼻立ちがしっかりしている彼は、正直、沙也加のタイプだ。

「ご挨拶させて頂きたいと思って。今回参加しているベンチャーを経営している梅宮といいます。よろしくお願いします」

「私、このイベントを主催している会社の本条と申します。さっきスピーチされていたのを拝見しました」




沙也加は梅宮の仕事の話を聞きながら、その物腰が柔らかく落ち着いた雰囲気に、好印象を抱く。

彼はもともとサッカーをやっていた経験からスポーツビジネスに興味を持ち、今の会社ではスポーツイベントに関わる事業をやっているそうだ。

「本条さんはこのプロジェクトの運営メンバーなんですか?」

「今回のプロジェクトでは、各スタートアップ企業に、弊社のメンバーが3人ずつ、メンターという形で担当につくんですけど。私は、そのメンターになる予定です」

沙也加もどの企業のメンターになるかは、知らされていない。

今日のパーティーで、事務局がメンターの振り分けを発表する予定だ。

― このご縁で、梅宮君の企業担当になれたらいいな。

沙也加の気持ちが勝手に高まる。

「梅宮君は、どうして今回このプログラムに応募したんですか?」

「僕、今大学3年なんですけど、在学中になんとか会社を軌道に乗せたいなと思ってて」

「え、まだ大学3年生なの…?」

「あ、僕学生ベンチャーをやっているんですよ。今東京大学の3年生で、会社のメンバーも全員学生なんです」

― ということは、私よりも、ひと回りくらい下ってこと…!?

沙也加は、驚くとともに、少しショックを受ける。




その時、司会者の声が2人の会話を遮る。

「みなさん、交流は深められましたか?最後に、各メンター社員がどの企業を担当するか発表しますので、こちらのスクリーンをご覧ください!」

その瞬間「本条さん!一緒です!」という梅宮の声が聞こえてきた。

沙也加は、急いでスクリーンを確認する。

「え…本当に私、梅宮君の会社の担当に…?」



パーティーの片づけが終わり、帰る頃には日付が変わっていた。

沙也加はタクシーで自宅に向かいながら、先ほど梅宮からもらった名刺を眺める。

― 梅宮君、東大ベンチャーでイケメンだなんて、モテるんだろうな…。

ぼんやりと、名刺に書かれたフルネームをSNSで検索すると、すぐに彼のアカウントが出てきた。

東大の同級生と思わしき友人たちとともに、学生らしいあどけない笑顔で写る彼の姿を見て、沙也加の中に、不思議と切なさに似た感情が湧き上がっていた。

▶前回:公務員の彼氏に3ヶ月で振られた32歳女。彼を家に呼んだことがきっかけで…

▶1話目はこちら:「一生独身かもしれない…」真剣に婚活を始めた32歳女が悟った真実

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梅宮と交流を続ける中で、沙也加の心に芽生えた感情とは…?