近年、社会問題化しつつある客による度を過ぎた迷惑行為。いわゆる「カスハラ」と言われるものですが、なかでも多いとされるのがタクシー乗務員に対してです。その悪質性と対策を女性タクシードライバーに聞きました。

かなり深刻な交通関係者へのカスハラ

 昨今、問題となりつつある悪質クレーム行為「カスタマーハラスメント」、通称「カスハラ」。直近では、秋田県能代市を拠点に路線バスや観光バス、タクシーを運行する「第一観光バス」が地元紙に掲載した意見広告が注目を集め、SNSやTVなど様々な方面で話題となりました。

 実際、交通関係者へのカスハラは多いようです。全日本交通運輸産業労働組合協議会(交運労協:KeyWorkers)が公開している「悪質クレーム(迷惑行為)アンケート調査」のレポートでも、直近2年以内で利用者からの迷惑行為被害にあった割合が46.6%でした。この調査は総回答者数2万908件なので、半数近い9700人あまりの人たちが「受けた」と答えている計算になります。


愛車のハンドルを握る村瀬沙織さん(雪岡直樹撮影)。

 なかでも、迷惑行為を受けたと回答した割合が最も高かったのがタクシーです。タクシードライバーは実に3分の2近くの58%にものぼっており、バスや鉄道の従事者よりも多くの人が迷惑行為にあったと答える結果となっていました。

 タクシードライバーのカスハラはどれほどひどいのか、東京都下の南多摩エリアを中心に営業している個人タクシードライバーの村瀬沙織さんにハナシを聞きました。

 村瀬さんは法人時代を加えると、2008(平成20)年夏からタクシー運転手として働いているそうですが、昔からカスハラはあったそう。細かく見れば時代とともにその内容や対応策は変化しているものの、基本的には「不退去」「法令違反の強要」「暴言」、この3つが多いと言います。

運賃は払ってくれた。そこから発生する「カスハラ」

「不退去」とは、すなわち目的地に着いたにもかかわらずクルマから降りないというものです。これについては「料金への不満」というものも含まれるそうで、実例としては「いつも○○円なのに今日は高いから払わない」や、「いつもと同じ料金しか払わねえからな」といったものが当てはまります。

 タクシーメーターに表示された金額に対し文句をつけ、値切ったり払わないとゴネたりするのだとか。ひどい場合は警察を呼び無賃乗車や詐欺などで解決するといいますが、一番厄介なのが、メーター表示額を“払ったあと”に延々と文句を連ねて絶対に降りないと居座るケースなんだそう。

 この場合、運賃は払っているため警察に助けを求めても対応が難しく、客の気が済むのを待つしかない状況だと語ってくれました。

 村瀬さん曰く、タクシー車内にも「不退去罪」のようなものが適用されるとイイなと、いつも思っているそうです。

身体障がい者や老人もやりかねない「カスハラ」とは?

 二つ目の「法令違反の強要」というのは、簡単にいうと交通違反をするよう要求してくることです。

 一方通行の逆走に始まり、右左折禁止の場所やスクールゾーン、居住者専用道路などを「行け! 俺が全責任を負うから行け!」と無理強いしてくるのだとか。これに対して村瀬さんは「法令違反の責任を第三者が負うことはできないだろうが!」と吠えたくなるのを我慢して、丁寧に客の要求を断ると話してくれました。


八王子市内を走る村瀬沙織さんの愛車(雪岡直樹撮影)。

 ほかにも、意外といるのがバス停や駐停車禁止場所で「ここで止まって!」や「足が悪いからここで止まってくれないと困る」と客が言い出すことだそう。なかには「俺は障がい者だ! ここで止まれ!」と、さも優遇されるのが当たり前という体で強要するケースもあると言います。

 こういった客に対しては、身体障がい者や体が不自由だからといっても、駐停車禁止場所には停まれない、安全第一だからホント理解して欲しいと思うとのことでした。

人はどこまで醜悪な言葉遣いになるのか…

 そして、最も多いのが「暴言」なのだそう。これは前出の「悪質クレーム(迷惑行為)アンケート調査」のレポート内でも、最も印象に残っている利用者などからの迷惑行為という項目で約半分の49.7%を占め、ダントツ1位だったものです。

 タクシーでは、「遠回りしただろ」「なんで右曲がんねえんだよ」「お前ふざけんなよ」「ゆっくり走ってんじゃねえよ」「てめぇ今行けただろ」といろいろあるようで、村瀬さん曰く「どういう教育受けたらヒト様にそんな言葉遣いできるわけ!?」と思える話し方をする人が、老若男女問わずいると言っていました。

 これについては、ひと通り聞いた後も「ホント多い」と呟いていたので、相当なんでしょう。

 では、これまで12年超のタクシー乗務歴のなかで最もひどいカスハラは? と聞いたところ、とてつもない経験を語ってくれました。

元キャバ嬢タクシー運転手の「ワースト・オブ・カスハラ」

 村瀬さんが体験した「ワースト・オブ・カスハラ」といえるのが、10年以上前にあった酔客とのこと。経緯は、まず酔っ払って乗車してきた客に対し、目的地付近に来たところで声掛けすると常に「まっすぐ」。路地や交差点のたびに進む方向を聞くものの、その都度「まっすぐ」しか言わなかったのだとか。

 そうこうしているうちに当初の目的地から離れてしまったため、変だと思いクルマを停め「だいぶ過ぎてますが大丈夫ですか?」と後席に声がけすると、客は寝ており、これまでの指示はすべて寝言だったんだそう。

 ようやく起きた客の第一声は、案の定「どこだココ! 遠回りしやがって!」。理不尽ながらも客の指示でここまで来たことを丁寧にかつ毅然と説明するも、客は「遠回りされた!」の一点張りだったと言います。


愛車のハンドルを握る村瀬沙織さん。若かろうが、女性だろうが、クレーマーには原則一人で対処しなければならない(雪岡直樹撮影)。

 最悪な雰囲気のなか、当初の目的地に到着すると、今度は料金を支払ったあとで説教が終わらない。このまま拘束が続くと次の仕事ができないので、理不尽ではあるものの、とりあえず謝ってこの場を終わらそうとするも、謝っても謝っても解放されず。そこで最終手段として警察に助けを求めるも、料金不払いでもなくただ降りないだけでは何もできないと警察官も傍観するだけだったそうです。

 そうこうするなか、この客が実は地元企業の社長で、保護司や慈善活動も行っており社会的地位が高い人物だということが判明。そのような人が「この運転手は態度が悪い」と言うので、村瀬さん(運転手)の言い分を警察官が聞くことはほぼなく、「あとは当人同士よく話し合って」と告げて去っていってしまったんだとか。

 その後「社長を呼べ」と大騒ぎ。タクシー会社の社長が来たことで振り上げた拳を下ろすかと思いきや、客の家に上げられ、応接間で説教と客の自慢話を1時間以上延々聞かされ、“嵐”が過ぎ去り村瀬さんが解放された頃には、太陽が昇っていたのだそう。

 このときは、まだタクシーにドラレコが付いていなかったため、事実を証明する手段がなかったことが本当に悔やまれたと言います。客の不退去はたまにあるものの、この不退去からの長時間拘束監禁は村瀬さんのタクシー人生で最も悔しく印象に残っているカスハラだと語ってくれました。

「売られた喧嘩は買わない」コレに尽きる!

 また、最近多いのが「乗務員証撮ってSNS晒し」「車内動画をSNS晒し」といったことだと言います。

 揉めごとの原因・背景などがよくわからないまま、客が自らに都合の良いように撮影動画を切り取ったり文章にしたりして、運転手を完全に悪と決めつけてその顔や個人情報をSNSに晒す行為は、本当に許せないそうです。運転手にも大切な家族や、守るべき人がいることを忘れないでほしいと熱く語ってくれました。


村瀬沙織さんの乗務員証(雪岡直樹撮影)。

 村瀬さんはタクシー運転手になる前はキャバクラ嬢として接客業にも従事していましたが、当時はひどい客にあたっても席を外れてボーイに「チェンジして」と伝えれば、その場から逃れることができたとのこと。それと比べるとタクシーは法人個人問わず客を乗せると“チェンジ”できないため、カスハラに遭うと100%精神的なダメージを負うと話してくれました。

 逆に、いまタクシー運転手として働いていると、キャバクラ時代は守られていた環境だったことを実感できるそうです。

 最後に村瀬さんが教えてくれたのが、「カスハラ対策3か条」です。

 もしカスハラに会ってしまったら、
・同じ土俵に立たない
・表情変えず毅然とした態度をとる
・相手の目を見つめて視線を一切そらさない

 これを徹底するのだとか。また原則「売られた喧嘩は買わない」これに尽きるとも言っていました。

 現在の旅客運送関連の法令は、簡単にいえば「輸送の安全第一」「旅客の安全第一」で、乗務員の心身を守る項目は皆無なため、結局は理不尽な言いがかりをつけられても耐えるしかないとのこと。そのため、村瀬さんは一日でも早い乗務員の心身を守るための早急な法整備を願うばかりだとも語っていました。