東京都内には、“お嬢様女子校”と呼ばれる学校がいくつもある。

華やかなイメージとは裏腹に、女子校育ちの女たちは、男性の目を気にせず、のびのびと独自の個性を伸ばす。

それと引き換えに大人になるまで経験できなかったのは、異性との交流だ。

社会に出てから、異性との交流に戸惑う女子は多い。

恋愛に不器用な“遅咲きの彼女たち”が手に入れる幸せは、どんな形?

▶前回:デートを重ねても、決して付き合おうと言わない男。32歳女が彼に抱いた違和感




彼氏と半年以上続かない女:ひなた【後編】


ひなたとカイトは、神泉の『産直屋 たか』に来ていた。

これがふたりの3度目のデートだ。

カイトとは、毎日連絡を取り合いデートを重ねている。

だから、ひなたは“脈あり”だと感じているが、カイトから一向にアプローチの気配はない。

ひなたは今日こそ、カイトの真意を確かめると決心してきた。

「ちゃんと言うね。私、カイト君のこといいなと思ってるよ。

…カイト君も同じ気持ちでいてくれたら嬉しいのだけど、なんだか一線を引かれているような気がするの。どうして…?」

ひなたのストレートな質問に、カイトは少し困った顔をし、返す言葉を探す。

「話したことなかったけど、ひなちゃんのことを元々知っていたんだ」

「そうなの…?」

「直接の接点はなかったけど、僕たち公務員の同期でしょ?共通の知り合いも多いし、ひなちゃんの話を聞いたことがあって…」

思いも寄らぬカイトの返答に、ひなたは驚いた。

「それで聞いたんだ。ひなちゃん、職場で彼氏を作ってはすぐ別れる“役所クラッシャー”って呼ばれてるって…」

― 私、陰でそんなふうに言われていたの…?

決していい加減に交際をしてきたわけではないが、振られてきた男性から見れば、ひなたの態度は悪いものに映ったのだろう。

「一緒にいて楽しいのは間違いない。でもそう聞いていたから、これ以上踏み込んでいいのか、僕自身も不安な気持ちがあって…」

カイトの言葉に、ひなたはなにも返す言葉が出てこなかった。

― カイト君にそうやって思われていたなんて、なんだか気まずいし、もうこの恋は諦めるしかないのかな…。




『入籍しました!結婚式は改めて案内します!』

カイトと別れて自宅に帰ったところで、ひなたのスマホが鳴る。

サークルの同期LINEに、バラの花束を持った自撮り写真と共に通知された、結婚報告だった。

― ついに、スミレも結婚するんだ…。

卒業してすぐの頃は、このグループLINEで連絡を取り合ったり、定期的に集まったりしていた。

だが、最近は年に1度あるかないかの結婚報告のときぐらいしか、グループLINEは稼働をしていない。

サークルの同期女子は12人いて、早稲田と豊女の子が半分ずつくらいだ。

スミレは共学の進学校から、現役で早稲田に入学。大学進学を機に、名古屋から上京してきた。

彼女は学生時時代、サークル内で次々と交際相手を変える、いわゆる“サークル・クラッシャー”だった。




顔も可愛いし、愛想も良い。フットワークが軽く、なにより気になる男性が見つかれば、自分から積極的にアプローチを開始する。

彼女は、自分の“女としての武器”を理解していた。

その積極的すぎる姿勢から、ひなたは自分とは違うと冷めた目で彼女を見ていた。

ひなたも可愛いと評判ではあったが、スミレのように自分から積極的に男性に対してアプローチすることは苦手だったし、いつも恋愛は受け身だ。

豊女のひなたと早稲女のスミレ…。

ふたりは”対照的なモテる女”という目で、なにかと比較されてきた。

ひなたは大学に入学し、サークルで男慣れした周りの女性たちを見て、その振る舞いに驚いた。

― スミレみたいになりたくないって当時は思っていたけど…私も“役所クラッシャー”って言われていたなんてね…。

知らないところで噂されていた自分の悪評に、ひなたはすっかり落ち込んでいた。

むしろ、そうやって悪い言葉でひなたのことを周囲に漏らしていた、過去の恋人たちへの怒りのほうが強くなっていた。

『ひなた:聞きたいことがあるんだけど、来週少し会える?』

怒りのままに、ひなたは以前の恋人、淳也にLINEを送った。




水曜日の夜。

ひなたと淳也は、職場近くのカフェに集合した。

「私、職場で“役所クラッシャー”って呼ばれているんだって?淳也なんか言った?」

「そう呼んでいるのは、俺だけじゃないよ」

責めるように問いかけるひなたに、淳也は淡々と言い返す。

「淳也とは、確かに短い期間しか付き合わなかったけど、周りにそんな悪いように言わなくたって…」

「別にひなたを陥れようと思って言ったわけじゃない。

まだお互いを知り切れていない時に、理由もなくすぐに別れを切り出せるほど軽い気持ちで付き合うような人を、他人に勧められないから共有しただけ」

ひなたの言葉を遮るように、強い語気で突き返す淳也。

ひなたには軽い気持ちで交際をしてきたつもりはなかった。

でも、彼の言葉で気づいたのだ。

― 私の恋愛に対する姿勢が、“本気で向き合ってくれなかった”と思わせてしまって、相手を傷つけてしまっていたんだ…。


淳也は、明らかに落ち込んでいるひなたに、優しい声色でこう切り出す。

「ひなたは、これまで本気で誰かを好きになったことはある?」

これまで交際してきた人は何人もいるというのに、ひなたは淳也の問いに、誰の顔も浮かんでこない。

別れを切り出すのはいつもひなただし、別れて悲しいと思ったり、過去の人を振り返ることすらなかった。

「淳也のことも、きちんと好きだと思ったから付き合ったよ。でも私、好きだと伝えてくれることが嬉しかっただけなのかな…」

― スミレのこと、男に媚びる女だって冷ややかに見ていたけど、自分から好きになって積極的にアプローチする彼女より、私の方がひどい女じゃない…。

「一方的に僕が好きだったから、ひなたはつまらなかったのかもね。

思い通りにいかなくて、好きだけじゃうまくいかない…それでも相手を知りたいと思うのが、恋愛の面白さだから」

短い期間とはいえ付き合っていたというのに、淳也がこんなに冷静で大人びたことを言う人だと、ひなたは初めて知った。

「淳也ありがとう。人を好きになるってどういうことかわかった気がするわ」

ひなたの言葉に、淳也は静かにうなずいた。

ふたりはカフェを出て、ゆっくりと駅に向かって歩き始める。

駅のホームで、反対行きの電車に乗り込もうとした淳也が、別れ際につぶやいた。

「お互い次は、いい恋愛しようね」

自分のいら立ちを抑えるため、淳也を責めるつもりだったというのに、ひなたは彼から新しい視点をもらったような気がしていた。

淳也が乗り込んだ電車が動き出し、その姿が見えなくなるまで見送ったあと、ひなたはすぐにスマホを取り出し、電話をかける。




「カイト君。私、これまで本気で人を好きになったことがなかったのかもしれない。だから、付き合ってもすぐに別れるってことを繰り返してきたんだと思うの。

でも、あなたのことは、もっと知りたいし、これから時間をかけて、お互いのこと知っていきたいと思う」

少し時間を置いて、カイトが答える。

「僕も自分の目で見てひなちゃんのことをもっと知っていきたい。だから、これからもふたりの時間を作っていこう」

まだ気持ちが交わったわけでも、関係が大きく進展したわけでもない。

だが、ひなたはその言葉だけで、味わったことのない嬉しさを感じていた。




―4ヶ月後―

ひなたは、豊女時代の同級生「HELP」のメンバーと、恵比寿の『フレーゴリ』に集まっていた。

「ひなた、今度は何ヶ月?」

「結局たったの3ヶ月でした…」

加奈子の問いに、ひなたは答える。

カイトに思い切って電話をかけたあの日からデートを重ねて、付き合うことになった。

ひなたはこれまで味わったことのない喜びを感じ、舞い上がっていた。

しかし、結局カイトから別れを告げられた。

「なにが原因だったの?」

夏帆がひなたに問いかける。

「料理とか掃除とか家のこともまともにやれない、私のだらしない性格が無理だったみたい…」

「これまで向こうがゾッコンのうちに別れたから、いろんなことがバレずに終わってたのか…」

「こんなに自分から好きだって思えたのは初めてだったのに、あっけなく終わっちゃったよ…この人だったら結婚してもいいなって思えたのに…」

見たことのないほど落ち込むひなたの様子を見て、夏帆は言う。

「でもよかったじゃない。ひなたの心がここまで動くほどの恋がやっとできたんだし、今度はきっとうまくいくよ」

夏帆の言葉に、この悲しさも恋愛の面白さなのだと、ひなたは前向きにかみ締めようとしていた。

「そうよね。私にもちゃんと恋ができると知れただけ、大進歩だと思うわ…。

でも今日ぐらいみんな優しく慰めてよね…!」

やっと恋愛の楽しさも、苦しさも味わったひなたは、結婚は自分には向いていないだなんて思っていた過去の考えさえ、すっかり忘れていた。

カイトとの別れはまだ吹っ切れていないけど、ひなたは次こそは好きな人とうまくいくようにと、知らぬ間に恋愛に夢中になっていた。

▶前回:デートを重ねても、決して付き合おうと言わない男。32歳女が彼に抱いた違和感

▶1話目はこちら:「一生独身かもしれない…」真剣に婚活を始めた32歳女が悟った真実

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「年上って、ちょっとめんどくさい…」上から目線な彼氏の態度に疲れた沙也加の恋の行方。