コロラド州のキリスト教徒のグループが、数百万ドル(数億円)の資金を投じてモバイルアプリのデータを購入し、ゲイ向けの出会い系アプリを利用した司祭を追跡していたことが、The Washington Postの報道により判明しました。こうした一連のスキャンダルに対しては、ゲイ差別であると非難する声が上がっている一方、性的指向にかかわらず聖職者が品行を慎むのは当然の義務であるとする意見も根強く、プライバシーや監視社会の議論を巻き込んだ複雑な問題としてアメリカ社会で波紋が広がっています。

Colorado Catholic group bought app data that tracked gay priests - The Washington Post

https://www.washingtonpost.com/dc-md-va/2023/03/09/catholics-gay-priests-grindr-data-bishops/

Working for Church Renewal | Jayd Henricks | First Things

https://www.firstthings.com/web-exclusives/2023/03/working-for-church-renewal

The Washington Postは2023年3月9日に、コロラド州デンバーの非営利団体「再興のためのカトリック信徒と聖職者(Catholic Laity and Clergy for Renewal:CLCR)」というグループが、2018年から2021年にかけて、主にゲイの男性が利用する出会い系アプリのGrindr、Scruff、Growlr、Jack'd、多様なセクシャリティーの人が利用するサイト・OkCupidなどのデータを入手していたと報じました。プロジェクトに詳しい内部関係者は「データの大半はGrindrのもので、調査はゲイの司祭を見つけることを念頭に置いたものだった」と証言しています。

情報を提供した匿名の関係者2人の話によると、CLCRのプロジェクトには、アメリカ合衆国カトリック司教協議会(USCCB)の議長であったジェフリー・バリル氏がGrindrの使用を暴露されて辞任に追い込まれた2021年7月の事件に関与していたメンバーも参加しているとのこと。

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ゲイの司祭がスマートフォンアプリで追跡されたことは世界中でニュースになり、批評家はこの一件を「武器化された反ゲイ監視」と呼びました。一方、CLCRの代表であるジェイド・ヘンリックス氏は、キリスト教系の専門誌・First Thingsに寄稿した記事の中で、「この種のアプリは、カジュアルかつ匿名の性的な出会いに特化していることに注意が必要です。これは、司祭や神学校の学生がストレートだゲイだという話ではなく、程度はどうあれ関係者全員を何らかの形で傷つけるような、教会の務めに反する証となる行為なのです」と反論しました。

The Washington Postが入手した文書には、CLCRがデータブローカーを通じてアドエクスチェンジ(広告取引所)で集められた情報を入手していたことが記載されていました。CLCRは、アプリのデータを教会の住所や神学校の位置と照合し、出会い系アプリを使用した聖職者を洗い出していたとのこと。

CLCRは、このプロジェクトに少なくとも400万ドル(約5億5000万円)を費やし、判明したデータを十数人の聖職者に共有していました。これまでのところ、アプリを使っていたことが辞任や解雇につながったのは前述のバリル氏以外は確認されておらず、CLCRのプロジェクトの影響は不明です。関係者のひとりは「もし聖職者が昇進を見送られたり早期退職に追い込まれたりしても、その理由は明かされないのが通例です」と話しました。



Grindrの広報担当者はThe Washington Postに対し、Grindrは2020年初頭には位置情報の共有を停止していたと述べました。また、GrowlrやScruffなど他のアプリの運営企業も、CLCRが調査を行った期間に位置情報を第三者と共有したことはないとしています。一方、マーケティング会社・OptiMineのマット・ヴォーダCEOは「主要なアプリはポリシーを変更して対応していますが、デジタル広告業界ではまだ正確な位置情報の売買が当たり前に行われています」と指摘しました。

CLCRのヘンリックス氏はFirst Thingsへの投稿で、「どんな企業もアプリのデータを使っているのに、なぜ教会が使っては駄目なのでしょうか?こうしたデータは、例えば小教区での活動や、典礼が執り行われる日程など、教会生活に関する洞察を得るために使うこともできるかもしれません」と述べて、CLCRがアプリのデータを用いたことを擁護しています。

今回の報道では、民間の団体がアプリのデータを用いて個人の行動を特定したというプライバシー問題だけでなく、聖職者のセクシャリティーという長年の議論も争点となっています。保守派のキリスト教徒は、カトリックの聖職者がここ数十年間に起こした性的虐待の被害者のほとんどが男性であることを指摘し、ゲイの聖職者を問題視してきました。一方、被害者を支援している専門家は、問題なのはゲイの聖職者ではなく、独身主義や聖職者のセクシャリティーをめぐる議論の単純化であると主張しています。

カトリック教会の十戒のうち第六戒では、「姦淫してはならない」と定められています。これは聖職者の独身制や、結婚した信徒の場合では貞操を守ることに通じていますが、具体的に何がこの戒律に抵触するのかについては、デジタル社会の到来以前から教会の指導者たちの間で意見が分かれてきました。



例えば、スマートフォンに出会い系アプリを入れることや、そのアプリで性的な会話をすること、公衆浴場でセックスを見ることが教会法に規定される性行為にあたるのかどうかは、専門家の間でも見解が一致していないとのこと。

ミネアポリスの教区などで働いた経歴を持つ教会法学者のジェニファー・ハセルバーガー氏は「これは新しい問題ではありませんし、インターネットは新しいツールに過ぎません」と指摘した上で、司祭がスマートフォンにGrindrをインストールしているだけでは、第六戒に反することはないとの見解を示しました。

また、ニューヨークの教会法学者であるジェラルド・マーレイ神父は「バリル氏が追及を受けたのはいいことだと思いますが、Grindrに焦点が当てられることを『反ゲイ』と呼ぶのはガスライティングです。問題の本質は不貞行為や、キリスト教徒に対する不祥事でしょう」と話しました。