日本がエリート外国人の職場に選ばれる為の条件
日本に勝機はあるか?(写真:JackF/PIXTA)
デジタル高度人材を獲得するために、就労ビザの要件を緩和する動きが世界で広がっている。日本もようやくその方向の改革に乗り出した。しかし、日本の給与は世界的にみて低い。また、言語の問題もある。日本は経済停滞の基本問題を、この政策で克服できるか?
昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第89回。
高度専門家のビザ要件を緩和
政府は、日本で働く高度な技術や専門的知識を持った外国人材(高度外国人材)に関して就労ビザの発給条件を緩めることを決めた。
第1に、世界の大学ランキングで上位100以内に入る大学の卒業生に対して、2年間の滞在期間を認める(現行は90日間)。
第2に、高度外国人材(修士号以上の学位と年収2000万円以上)につき、滞在期間1年間で永住権の申請を可能にする(現行は10年)。
どこの国もデジタル人材の獲得に懸命の努力をしており、デジタル人材の獲得競争が加速化している。
アメリカには、以前からH-1Bビザという制度がある。医者、財務アナリスト、コンピューター専門家など、専門知識を要する職業に就くための就労ビザで、学士以上の学位保持者が対象だ。延長も含めると6年間の滞在が可能だ。
4年制大卒者6万5000人、大学院修了者2万人の申請者枠に対し、2022年は合計48万3927人の応募があった。
アメリカのIT革命は、この制度によって実現されたといわれる。中国とインドの留学生が、学位取得後もアメリカにとどまって、技術開発を続けたからだというのだ。それらの人材の多くは、今でも、アメリカのIT企業で重要な役割を果たしている。
もともとアメリカは移民の国だ。第2次世界大戦の勃発直前、ナチスの迫害を逃れて多くのユダヤ人科学者などがヨーロッパからアメリカに移住し、その後のアメリカの科学技術の発展に大きな役割を果たしたことは、よく知られている。
他の国も、専門家を優遇している。イギリスは2022年「ハイポテンシャル・インディビジュアル・ビザ」の制度を導入した。大学ランキングで上位50以内の大学の卒業生に2年間のビザを認める。日本が導入した措置の第1弾は、これにならったものだ。
シンガポールは、2022年に「テックパス」を導入した。3万シンガポールドル(約298万円)以上の固定月給を得る個人は、複数の仕事を兼業したり、ビジネスを立ち上げたりする柔軟性が高まる。日本が導入した第2の措置は、これにならったものだ。
後で述べるように、これらの国の大学はかなり水準が高い。それにもかかわらず、外国人専門家に対して、こうした厚遇を導入している。
やっと日本も、同じような措置を取らざるをえなくなってきた。
日本が抱えるハンディキャップ
ただし、問題は、これによって高度外国人材が日本に来てくれるかどうかである。
現状では、日本で働く外国人専門家の数は極めて少ない。
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こうなるのは、日本が外国人の受け入れに対して積極的でなかったからだが、仮にその姿勢を転換したとしても、いくつもの問題があるからだ。
第1に、日本は言語の面でハンディキャップを負っている。日本語の壁だ。アメリカでもイギリスでもシンガポールでも、英語で仕事ができる。ところが、日本ではこれは難しい。
仕事の面だけではない。子供の教育においても問題がある。英語で教育をする学校が日本では少ない。外国人の子供に日本語を学ぶ学ばせることが考えられるが、その体制も十分ではない。
したがって、これらを補うだけの給与面での厚遇が必要だが、それをオファーできるだろうか?
専門家の給与水準:日本は最低
アメリカの転職情報サイトlevels fyiが公表しているPay Report 2022は、2022年末時点におけるソフトウェアエンジニアの年間報酬の中間値を、世界の主要都市別に示している(以下の数字は、基本給のほかにストックオプション、ボーナスを含む)。
東京の値は6.9万ドル(1ドル=130円では、897万円)だ。
ところが、外国の値は、軒並みこれより高い。
アメリカでは、サンフランシスコが23.4万ドル(同3042万円)、ニューヨークが18.7万ドル(同2431万円)など、非常に高い。
ヨーロッパでは、チューリッヒが17.8万ドル(同2314万円)、ロンドンが11.6万ドル(同1508万円)、ダブリンが11.2万ドル(同1456万円)など。
アジアでは、シンガポールは9万ドル(同1170万円)、香港は8.5万ドル(同1105万円)で、東京より2〜3割程度高い。ソウルは8.3万ドル(同1079万円)で、東京の1.2倍、上海は8.6万ドル(同1118万円)で、東京の1.25倍だ。シドニーは11.2万ドル(同1456万円)だ。
このレポートにある都市で日本より低いのは、インド、バンガロールの3.7万ドル(同481万円)だけしかない。
先進国の中では、東京の給与水準は、例外的に低いのである。
しかも、主要都市の多くで、英語で仕事ができ、生活できる。
タイムズハイアーエデュケーション(THE)による最近のランキングで、コンピュータサイエンス分野で世界の上位100校に入る大学数は、つぎのとおりだ。
日本は3校(東大38位、京大71位、東工大88位)しかない。
これに対して、アメリカは35校だ。
イギリスは9校(うち、オックスフォード大学は、世界1位)。
シンガポール2校(うち、シンガポール国立大学は世界8位)。人口比でみれば、日本よりはるかに多い。
日本は極めて見劣りがする。他の大学ランキングでみても、同様だ。
教育面で劣っているにもかかわらず、日本はこれまで外国人専門家を積極的に呼ぼうとしていなかったのだ。
経済停滞の悪循環を断ち切れるか?
以上で見たように、デジタル人材の育成と活用の面で、日本は大きなハンディキャップを負っている。高度の教育を行っていないし、専門家に十分な給与を支払っていない。
日本のデジタル面での遅れは、これらの条件が引き起こしたものだ。そのために、日本の企業の生産性が低く、経済全体の産業構造の改革が進まない。そのために、賃金や経済成長が低いという悪循環に陥っている。
以上を考えると、ビザの条件を緩和しても、果たして高度人材が日本に来てくれるかどうか、はなはだ心もとない。
外国の有名大学を卒業していたり、修士号以上の学位を持ち年収2000万円以上を得られたりする外国人で、わざわざ日本で仕事をしようと考えるのは、特殊な事情がある人に限られるのではないだろうか?
だから、ビザ条件の緩和だけでデジタル人材が獲得できるとは、とても考えられない。
しかし、これまでの日本は、悪条件を抱えているにもかかわらず、外国人の専門家を惹きつけるための積極的な努力を行ってこなかった。
ビザ条件の緩和は、この方向が転換しつつあることを意味するものだ。それ自体が、重要な変化だ。
どのような成果を上げられるかを見守ることとしたい。
(野口 悠紀雄 : 一橋大学名誉教授)