妊活の“タイムリミット”は男性にも?

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「夫婦で協力すること」が重要とする認識が広がってきてはいるものの、「主に女性が取り組むもの」というイメージがいまだ根強い「妊活」。妊娠・出産が難しい年齢に近づくにつれ、妊活の“タイムリミット”に悩む女性が多いですが、一方で、男性の場合は「50、60代でパパに」という芸能人のニュースも少なくない昨今、年を取っても「妊活のタイムリミットはない」と考える男性もいるようで、「妊活に対する男女の意識差はここにある気がする」「男性側にも加齢の影響があるのでは?」「男性にも妊活を正しく理解してほしい」など、さまざまな声が聞かれます。

 男性にも「妊活」のタイムリミットはあるのでしょうか。自身も夫婦で不妊症治療を経験した、静岡レディースクリニック理事長で医師の内田玄祥さんに聞きました。

加齢による「精子量の減少」はみられるが…

Q.まず「妊娠」と「不妊」について教えてください。

内田さん「まず、妊娠は(1)精子・卵子が作られる(2)射精・排卵する(3)精子・卵子が出合い受精する(4)受精卵が発育して着床する、という経過を経て成立するものです。(1)(2)は男女共通ですが、(3)(4)は女性の体内で起こります。

一方、不妊とは、妊娠を企図しながらも妊娠に至らないことを指します。かつては、このような不妊期間が『2年以上』続くことと定義されていましたが、2009年に世界保健機関(WHO)が、2015年には日本産科婦人科学会がそれぞれ、『1年以上』の不妊期間をもって不妊症とする、と定義を改めました。

避妊をしない性交渉によって、1回の生理周期当たりに自然妊娠ができる可能性は30%程度といわれています。つまり、大ざっぱにいうと、不妊因子がないとみられるカップル100人が妊娠を希望した場合、最初の周期で30組が妊娠し、残りの70組のうち30%が次の周期に妊娠することになります。このような計算を続けていけば、『1年=12生理周期』とすると、6カ月で約9割のカップル、1年で98.6%のカップルに妊娠が成立します。

つまり、6カ月で10%弱、1年で1.4%の確率で妊娠が成立しないのですが、この確率は極めてわずかです。妊娠しない場合は、何らかの要因によって妊娠しなかった、つまり不妊症であるということの方が妥当です。なお、たまたま1年間妊娠しなかった1.4%の人も、不妊の原因はないものの『不運』にも妊娠できず、『不妊症』と定義されてしまいます」

Q.日本産科婦人科学会は、女性については35歳以上での初出産を「高齢初産」としており、一般に妊娠自体も難しくなっていくといわれますが、一般的な妊活のタイムリミットの目安となるものは何でしょうか。

内田さん「目安は『閉経』です。女性は生まれた段階で卵子の数が決まっており、その後に増えることはありません。初潮を迎えて以降、卵子の数は生理のたびに減り続けていき、閉経によって卵子が枯渇すると、自然妊娠はできなくなります。着床しないこと、流産することも含め、女性の場合は加齢により妊娠が成立しにくくなるため、妊娠の可能性と閉経を総合的に考え、40代後半をタイムリミットとする考え方が一般的です。

なお、不妊期間による不妊症の定義に加えて、アメリカの生殖医学会では『35歳以上の女性が6カ月の不妊期間が経過した後は検査を開始すべきである』と訴えています。『35歳以上』の根拠は、その先に閉経があること、そして閉経に至る前であっても、いわゆる『卵子の老化』、加齢に伴って染色体異常のある卵子の発生率が高まることにあります。

受精卵に染色体異常がみられる場合、着床しない確率が高くなるとともに、着床しても流産に至る可能性が非常に大きくなります。染色体異常のみられる受精卵で出生に至るケースは『ダウン症』などがありますが、ほとんどの場合は出生に至りません。私どものクリニックでは、30代後半で妊活を始め、40歳になると体外受精など高度の不妊治療を選択し、40代後半で妊活のやめ時を視野に入れるくらいのイメージですが、さらに5歳程度前倒しで考えるのが一般的でしょう」

Q.一方で、男性にも妊活のタイムリミットはあるのでしょうか。男性は50代や60代でも最初の子どもを持つ人がいます。

内田さん「男性の場合は、妊活の“明確な”タイムリミットは存在しません。精子は、常にその元となる細胞の分裂によって精巣で増え続け、1回あたりの射精では数千万〜数億の精子が放出されます。加齢とともに異常精子も増えるのですが、異常精子は精子間の厳しい生存競争に敗れてしまうためです。

男性の場合は加齢により、精子量の減少や運動率の低下がみられることが多くなりますが、それよりもむしろ『勃起障害(ED)』などで正常な射精に至らないことの方が問題になります。これらは治療によって比較的改善しやすいため、加齢が与える影響は女性に比べて小さいといえるでしょう。私のクリニックでも、かなり高齢の旦那さんと比較的若い奥さんのご夫婦が妊娠されるような例は多数あります」

男性の不妊原因は「精子」と「射精」の障害

Q.男性側に不妊の原因がある場合、どのような治療を行うのでしょうか。

内田さん「男性が不妊の原因となるのは『(1)精子が作られる』『(2)射精する』のいずれかに障害を来した場合です。

【(1)精子に関する障害】

・乏精子症…精子の数が少ない状態。正常精子の数が一定数あれば人工授精、数が少なければ顕微授精による治療を行う
・奇形精子症…異常精子の率が高い状態。正常精子の数が一定数あれば人工授精、数が少なければ顕微授精による治療を行う
・無精子症…精子が作られない状態。手術で精子、または精子のもとになる細胞を取り出し、「顕微授精」を行うが、精子が全く採取できないような場合は治療自体が不可能となる

【(2)射精に関する障害】

・勃起障害…低血圧が原因となることもある障害。薬物によるコントロール(ED治療薬、血圧のコントロールなど)により対応できることが多い
・射精障害…抗うつ剤の副作用でも発生する障害。薬物によるコントロール(ED治療薬、血圧のコントロールなど)により対応できることが多い
・逆行性射精…糖尿病などによる神経障害で膀胱(ぼうこう)に射精してしまう状態。「顕微授精」で治療する
・精管閉塞…精子の通る管が詰まり、射精しても精子が精液に含まれない状態。「顕微授精」で治療する

Q.「男性=妊活のリミットはない」のイメージも影響し、不妊治療や妊活については「主に女性が取り組むもの」という印象がいまだ根強いようです。

内田さん「女性の加齢に伴う不妊は、男性は治療そのものに協力しようがないことも確かです。『男性も女性並みに当事者意識を持って治療に協力すべき』という意見もありますが、同等の意識を持つことは難しいでしょう。

しかし、必要な検査などには積極的に応じるべきですし、家事や送迎などを共に行う必要もあると思います。WHOによる調査では、不妊原因は『女性由来』が41%、『男性由来』が24%、『男女ともに原因あり』が24%、『原因不明』が11%といわれています。つまり、不妊に悩むカップルでは、約半数のケースで男性に何らかの原因があることになります。

若いうちに子どもに恵まれなくても『まだまだ大丈夫』とたかをくくっているような夫婦の場合、『男性側に問題がある場合がかなり多い』という認識をきちんと持っていただかなければなりません。男性は、自分ができる妊活に取り組みながら、女性の妊活もきちんと助けることが必要だと思います。

2022年4月から、体外受精や人工授精などを含む不妊検査・治療全般が保険適用となりました。自己負担が原則3割となり、検査も受けやすくなったので、妊活を考えている場合や『不妊かも』と思った場合は、お近くの不妊治療専門クリニックに相談してみるのもいいかもしれません」