この記事をまとめると

■日産の軽電気自動車「サクラ」に中谷明彦さんが試乗した

■サクラの走りの質感は軽自動車とは思えないほど高い

■サクラはあらゆる面で軽自動車の延長ではなく、さまざまな意味で改革を行っている

デザイン・質感・走りのすべてが軽自動車ばなれした実力

 日産自動車が軽自動車「デイズ」をベースに登場させた電気自動車(BEV)「サクラ」を試乗する機会を得た。発表以来4カ月半で3万3000台を超える受注を受けているという高い人気と注目を示しているサクラ。果たしてどんな走りなのか試乗してみる。

 外観デザインは、フロントのラジエターグリルが電気自動車のトレンドに則った空気抵抗の少ない滑らかなフェイス処理となり、アリアのような高級感をも漂わせている。

 また、室内はダッシュボードがファブリックで覆われ、ソフトな触り心地と見た目の上質な印象で仕上げられている。ダッシュボードセンターには9インチの液晶モニターが備わり、ナビゲーションをはじめさまざまなインフォーテンツが表示可能で、電気自動車としての使い勝手と普通乗用車並みの利便性も獲得している。とくに電池の使用状況や電費などを細かく知ることができるインフォメーション機能は、エココンシャスなユーザーにとってはありがたい装備となるだろう。

 一方、ドライバーの正面には7インチの液晶表示メーターが備わる。こちらは速度計を中心に、やはり電費やプロパイロットの作動状況などを表示するもので、全体的にアリアやリーフなどのほかの日産BEV車と共通のコンテンツが表示される。また、ダッシュボードセンター下部のエアコンのスイッチユニットやシフトセレクターなどはガソリンのデイズと似たような配置となっているが、e-Pedalのスイッチボタンが追加されたことで見栄えはより高級感のあるものとなっていて好印象だ。

 ステアリングはレザー張り2本スポークで、左右にスイッチングユニットが設けられている。ステアリングスポーク右側はプロパイロット系のスイッチで左側にはメーター表示およびオーディオ系のスイッチが備わる。

 スタートストップボタンを押して起動させ、シフトレバーをDレンジにシフトとすれば発進準備は完了する。サクラには20kWhの総電力量を持つリチウムイオンバッテリーが採用された。日産が得意とするラミネート構造のバッテリーをさらに効率よく配置し、エアコン用冷媒で冷却して温度管理することで、より長い航続距離を達成することができているという。このバッテリーユニットは車体のフロア下にマウントされている。

 じつはデイズは開発当初から将来的にBEVとなる可能性を考慮し、そのバッテリー搭載位置として床下配置が考慮されていたため、今回のバッテリー搭載も極めて効率的に行われることが可能となった。多くの電気自動車は床下にバッテリーを搭載しているが、それによってフロアが高くなり、後席着座時のお尻と足の位置関係の段差が小さくなって腰に負担がかかる姿勢となってしまうのだが、サクラはあらかじめバッテリー搭載を考慮したプラットフォームだったために、ガソリン車のデイズとまったく同じ室内の寸法が確保できている。

 また、トランク容量やリヤシートの前後スライド、リクライニング機構などもデイズ同様で、電気自動車としてバッテリーを搭載することによるネガティブな要素は一切ない。

 走り始めるとモーター駆動らしい静かさと力強さが感じられる。モーターの最高出力は47kWhで、これは軽自動車の64馬力自主規制に合わせたものであるが、最大トルクに関しては制限がないため、持てる力を最大限に発揮することができている。サクラの駆動モーターは最大トルク196Nmで、これは2リッターのガソリンエンジン車に匹敵するほどの高トルクである。それを事実上0回転から発揮させることができ、市街地でのストップ&ゴーや上り坂、高速道路への流入加速など、あらゆるシーンで優れたトルク特性が引き出せるのである。

 トランスミッションは持たないが、最終減速比を用いて最高速は軽自動車の規格に合う130km/hに設定されているという。また、リバースギヤも理論的には同じ速度が出てしまう訳だが、こちらも速度制限リミッターを付け37km/hで作動させているそうだ。

 走りの質感は軽自動車とは思えないほど高く、ガソリンエンジン車で気になったエンジン音や振動などもなくなっていることに多くの人は感動するだろう。しかし、それによって高級感が高まったかと言われると然に非ずで、その多くは駆動系、とくにタイヤ&ホイールおよびハブベアリングまわりあたりからの振動バイブレーションが起因していると考えられる。高速道路の直進走行時には、タイヤのユニフォミティやホイールバランスなどに起因すると思われるようなシミーがステアリングホイール越しに感じられ気になるところだ。

 また、ロードノイズや風切り音なども従来のデイズから大幅に改善しているとはいえず、これはウェザーストリップなどのより高級な作り込みが必要となるところで、コストとのバランスを取るのが難しいといえなくもない。

軽自動車の枠に収まらない日産サクラが持つ可能性

 床下に搭載するバッテリーは重量が200kgほどもあり、結果として重心を下げることに貢献して操縦安定性には優れている。また、フロントのエンジンはモーターに置き換わり、ガソリン燃料タンクだった部分により多くのバッテリーが搭載されたことで前後の重量配分は大幅に改善され、運動性能や操縦安定性は大きく改善されている。一方で、直進安定性や横風の影響などは、そのボディ形状と転がり抵抗の少ないタイヤ特性が災いし、上級車のような安定した直進安定性とはいえない。ややフラフラとした走り味が気になるところだ。

 一方で、路面の段差を乗り越える際の衝撃などは穏やかになっている。これはリヤサスペンションがデイズのトーションビーム方式から3リンク方式に改められたことによって横剛性が向上したことと、重量増加に合わせたダンパーのチューニングが適切に行われた結果といえる。

 高速での車速の高まりは極めてスムースで、制限速度まで何のストレスもなく一気に速度を上げることができる。ドライブモードはスポーツ、スタンダード、エコの3モードが備わり、デフォルトはスタンダードであるが、スタンダードにおいても何ら不満のない走りを得ることができる。エコモードを選ぶとよりトルクの出方がマイルドになって市街地などでは使いやすい。また、高速道路でもアクセルオフをしたときにコースティングが得られてエネルギーの回収は減るが、高めた速度を維持し続けて走ってくれるので走行しやすい。

 スポーツモードを選ぶと、より少ないアクセル開度で、より大きなトルクが引き出されるので、キビキビとした走りが楽しめる。日産独自のe-Pedalによるワンペダル方式を選択するとアクセルオフするだけで最大0.2Gまでの減速回生が得られる。市街地においてはほぼブレーキペダルを踏むことなく走行することが可能だ。ただ、リーフやアリアのワンペダルのように停止までを制御するものではないため、最終的に低速から止まる部分はブレーキペダルを踏まなければならない。

 ブレーキはフロントがディスクブレーキ、リヤはドラム式ブレーキでEPB(エレクトリックパーキングブレーキシステム)を採用。また、ブレーキのブースターも電動油圧のものを採用していてVDCなども装備している。その辺りは、ウエット路面やより悪条件化での走行安定性の確保で安心感を大いに高めてくれるといえるだろう。

 充電に関しては一般的な30kWhの急速充電器では、バッテリー温度が高い状態だと30分給電しても多くの充電量が得られないケースが多く報告されているが、サクラは冷媒で冷却することにより、より多くの電力を急速充電で賄えることになる。連続して給電を行っても温度管理が充電効率を維持してくれるので、70〜80%ぐらいまでの充電量電力を常時確保できるだろう。

 電費に関して言うと、市街地の走行でエアコンを稼働させると7km/kWhという数値がメーターで確認できる。20kWhのバッテリーだからすべてを使い切ればそれでも140kmの走行距離が確保できるというわけだ。一方、激しく加減速を繰り返し、上り坂などの負荷の大きな場所を走行していれば、数値は2〜5km/kwhと悪化してくる。そういう悪条件をメーターで視認して知ることにより、電力をうまく使うことをドライバー自身が工夫することもできる。

 日産の算段としては、片道30kmで往復60kmといったような使い方を毎日行う市街地のユーザー、通勤や通学、買い物などで短距離での使用がメインのユーザーであれば、今回の20kWhの電力で十分日々不安なく使用ができるという計算をしている。ただ、遠出しようとした場合は、充電スポットとバッテリー温度など、緻密な充電計画を立てていく必要があり、長距離走行が多いユーザーに対してはよりバッテリー容量の大きなリーフやアリアのようなモデルが適しているというわけだ。

 すでに電気自動車で大容量のバッテリーを持っている家庭でセカンドカーとしてサクラを購入するケースも考えられるし、Vehicle to Home(V2H)で夏場のピーク電力回避や災害時など車載のバッテリーで家庭の予備電源を確保するという意味で、予備電源バッテリーを購入する感覚でサクラを購入するというパターンも考えられるという。

 実際に軽自動車はコンパクトでセカンドカーとしての存在意義は非常に大きなものといえるし、いきなり大きなバッテリーの大型な普通車をBEVとして高額で購入するよりも、まずはセカンドカーとしての位置づけでEVの使用に慣れるのがいいだろう。給電設備のインフラを自宅内で整えるなどの準備とBEV生活の第一歩の入門としても、サクラの存在は大きな意義があるといえるだろう。

 電気自動車が大きなトルクを発生し、その制御においてガソリンエンジン車よりもあらゆる走行シーンで優れていることはもはや疑う余地のないところで、バッテリーの重さが軽くなれば電気に勝るパワートレインはないといっても過言ではないほどだ。現状はまだリチウムイオンで200kgものバッテリーを搭載しているが、今後バッテリーの改革が進めば、より電気自動車が主たる自動車のパワートレインとして積極的に採用され、広がっていくことは想像に難くない。

 軽自動車規格では三菱がi-MiEVという電気自動車を2008年に登場させ話題を呼んだ。実際、当時の試乗した印象からしてもその走行性能は必要にして十分以上のものであり、航続距離と充電の問題だけが課題といえたのである。それから10年以上が経過してバッテリーの性能も高まり、航続距離はほぼ倍ぐらいに改善されている。今後さらに進化し、現状のサイズ感でWLTCモード300kmも走れるようになれば、まったく不安のない使用感が得られることだろう。

 サクラは、そのパッケージングにおいてもデザインにおいても、また使い勝手や質感など、あらゆる面でこれまでの軽自動車の延長ではなく、普通車の持っている高級感や素材のぬくもりなどさまざまな意味で改革を行っている。それがサクラの魅力としてより多くの人に評価され、結果として電気自動車が世の中に浸透していくきっかけとなるだろう。