日本でも広告付きプランを始めたNetflix。日本のテレビ業界に大きな衝撃を与えそうです(写真:ブルームバーグ)

「怖れていたことが始まったな」

2022年11月4日深夜1時すぎ、ちょうどこの時間から加入できるようになったNetflix(ネットフリックス)の790円広告付きプランに早速加入して、大画面テレビのスイッチを入れた直後の私の感想です。

ネットフリックスオリジナル番組を見始めると、最初に60秒、コマーシャルが入る仕組みです。30分番組だと番組の途中でも2度ほど、同じようにコマーシャルが入ります。アフターコロナと値上げで加入者が減少し、苦境に陥ったネットフリックスが始めた広告付きプランですが、

「これは放送業界の破壊とビジネスモデル再編の始まりだ」

というのが、私が確信した未来です。今回の記事ではその理由をお話ししたうえで、これからテレビ業界に何が起きるのかを未来予測してみたいと思います。

CEOはもともと広告付きプランの導入に否定的だった

私の知るかぎり、ネットフリックスのリード・ヘイスティングスCEOは創業当初から広告付きプランに否定的でした。もともとDVDレンタルから創業した起業家なので、コンテンツは広告抜きで観たいという気持ちが強いのはわかります。

実際、ネットフリックスはアカデミー賞を受賞するほどのオリジナルコンテンツをつぎつぎと制作し、地上波テレビよりも面白い番組を提供することで超巨大企業へと成長しました。アメリカのIT業界ではグーグル、アップル、フェイスブック(現メタ)、アマゾンを意味するGAFAにネットフリックスを加え、FAANGと呼ぶ人も現れるというところまできていました。

そこで加入者減が引き金になって株価が70%以上も急落したため、加入者増対策として安価な広告付きプランを開始するという発表があり、そこからわずか半年というほとんど準備期間がない中でのサービス開始へとこぎつけたのです。

そのサービスを体験してみていくつか気づいたことがあります。まずそもそも危惧されていた2つのことが杞憂だったことがわかりました。

1つはスポンサーが集まらないのではないかという危惧でした。実際は逆でした。番組が始まって最初に私が見たCMはサントリーのBOSSで、その後、パナソニック、メルカリなど地上波のテレビでよく見かける広告がつぎつぎと配信されてきました。

ネットフリックスの広告配信に対しては地上波各局の反発が強く、そこに忖度する広告代理店が何らかの形で力を入れないようにするのではないかという予想があったのですが、実際は広告代理店もスポンサー企業も前のめりになっている感触を持ちました。

地上波の人気コンテンツには広告は入っていない

もう1つの危惧はコンテンツ契約上の問題です。ネットフリックスでは日本の地上波の人気コンテンツも配信されています。

「地上波のドラマやアニメには番組スポンサーがついているので、配信で別のスポンサーをつけるのはそもそも契約違反になる」

という議論があって、どうなるものかと思っていたのです。

結論からいうと、11月4日時点ではそれら地上波コンテンツには広告は入っていませんでした。私が確認したのは、日本テレビの『僕のヒーローアカデミア』とテレビ東京の『SPY×FAMILY』ですが、どちらもこれまでの有料プランと同じ内容で、広告抜きで快適に見ることができるようになっています。

多くの加入者がそうだと思いますが、私がネットフリックスに加入する目的は、ネットフリックスのオリジナルコンテンツの視聴がメインです。『イカゲーム』や『全裸監督』などはっきり言って地上波よりも格段に面白いコンテンツがあって、それを見るために加入したうえで、隙間時間にリアルタイムで観られなかった地上波の番組をまとめてみるわけです。

その意味で、地上波コンテンツにCMを入れられないからといってネットフリックス側に大きな機会損失があるわけではないのかもしれません。

ちなみに、ネットフリックスのオリジナル番組にはもともとCMを入れるタイミングが設計されていないため、番組の流れがCMで途切れるのではないかという不安がありました。私が観たかぎりでは、今のところこの点がうまくマネージできたようです。

おそらくAIなどを駆使して大量にあるコンテンツそれぞれのいちばんCMを入れやすいポイントを自動判別できているのでしょう。話の途中でブチ切れるように広告が入るYouTubeと比較するとかなり洗練されたCMの入れ方に感じられました。

1490円のプランから広告付きプランにスイッチ?

さて、この790円広告付きプランの登場でネットフリックスの加入者はどう動くのでしょうか。

これまでのネットフリックスの加入者は大きくいうと、3つあるうちの2つのプランのどちらかを選んでいたはずです。1つはスマホで観る月額990円のプランで安い代わりに画質はSD品質でした。もう1つは大画面テレビでHDクオリティの画像を観る1490円のプラン。私は現在の加入者が広告付きプランにスイッチするとしたら、この1490円のプランに加入している層になるのではないかと思いました。

理由は今回から低価格プランの画質がHD画質にアップしたことです。大画面でド迫力な映画やオリジナルコンテンツを観るのであれば1490円コースのほぼ一択の選択肢しかなかったのですが、それがHD画質での新しい選択肢が増えたわけです。

昨今の値上げラッシュで、食費も電気代も上がってしまい家計の節約を考えている家庭ではスタンダードプラン1490円から広告付きプラン790円に一気に変更する世帯が一定数出てくるのではないでしょうか。

「そうなるとネットフリックスは逆に収入が減ってしまうんじゃないのか?」

と思うかもしれませんが、実はここが面白いところです。コンテンツを配信するよりも広告を配信したほうがビジネスとしては儲かるのです。

テレビの業界構造を眺めると、ネットフリックス、Disney+、U-NEXTなどのコンテンツ配信企業の収入と地上波テレビの広告収入を比較すると実に4倍の市場規模の違いがあります。優秀なコンテンツを制作できる企業は広告収入を選択したほうが本当はいいのです。

はじめのうちはネットフリックスでは高いプランから安いプランへの切り替えがおきたり、新規の加入者は安い広告プランばかりになったりといった現象が起きて、それをメディアが鬼の首をとったように騒ぎ立てるでしょう。しかし広告プランの加入者が増えれば増えるほど、広告媒体の市場ではネットフリックスは「強い媒体」として認識されるようになります。

するとどうなるでしょう? 私の予測ですが、ネットフリックスの広告付きプランが成功し始めた場合、ネットフリックスは広告付きプランの料金を下げるはずです。「成功したら」とう条件付きの予測ではありますが、次の段階ではおそらく490円、最終的には月額290円ぐらいで広告付きプランを売り始めるはずです。そうなったとき、テレビが「死」を感じ始めるタイミングにもなります。

国によって価格差を変えて動向を観察中

これはあながち間違った予測だとは思いません。実はアメリカではベーシックプラン9.99ドルに対して広告付きプランは6.99ドルで開始しています。今の価格は国によって価格差を変えていて、あくまでテスト販売として動向を観察中の価格なのです。

そして当たり前のことですが、加入者が増えれば増えるほど広告媒体としての力が増し、収益性が加速することがわかれば、広告嫌いのヘイスティングスCEOでも広告事業により大きな力を入れることになるはずです。

さて、そんなことが起きたら、ただでさえ市場が縮小している日本のテレビ市場はいったいどうなるのでしょうか。

日本のテレビ広告の市場は長年にわたって少しずつ縮小する傾向があって、それが制作現場のコスト削減につながり、ひいては「番組がつまらなくなる」という悪循環のサイクルを生み出してきました。

そのテレビ広告市場をネット広告が追い抜いたのが2019年です。マス、つまり大衆にしかリーチできないテレビ広告と違い、ネット広告はターゲティングできるのが強みです。実際に高い効果を実感できることからネット広告市場は拡大が続きました。この事実がグーグルやメタ(フェイスブック)といったアメリカの大手IT企業の成長を促したわけです。

ここで視点を切り替えてみましょう。2つの広告市場を足し合わせると市場はどうなっているのでしょうか。10年前、2011年のテレビとネット広告の合計市場規模は、総務省の情報通信白書によれば約2.7兆円でした。それが2021年には約4.5兆円。つまり10年間で広告市場は約1.7倍と急速に拡大しているのです。

そして考えてみれば、パナソニックはテレビの買い替えを考え始めている人にCMを配信したいし、サントリーはお酒を飲む人にCMを配信したいわけです。だとしたら近い将来、動画配信でターゲティング広告を配信できるようになった場合、そこが日本でいちばん大きな広告メディアの市場になるはずです。

ここで最初の話に戻るのですが、この理由からネットフリックスの広告付きプランは日本のテレビ業界の「終わりの始まり」を予感させたわけです。ただ、その予測にはただし書きがあります。

やり方次第では、この「終わりの始まり」は「変わりの始まり」へと変えていくことも可能なのです。

ネットフリックスへの地上波各局の対抗策

そもそもネットフリックスによって広告配信が始まってしまったのは、厳しい言い方をすれば日本政府の失策です。GAFAやネットフリックスのように、監督官庁が権力をふるえない黒船に市場が揺さぶられた後では遅いのです。そうなる前にNHKや民放各局と総務省が番組配信の新しいルールを作って業界がそれに合意していれば、余裕をもって黒船を迎え撃つことができたでしょうし、立案する法律次第でネットフリックスを総務省の監督下に置くことさえできたのではないでしょうか。

ネットフリックスという黒船がやってきたことで、この先、テレビの放送と配信の境界線はあいまいになり、許認可の下でやってきたテレビ界の広告ビジネスもネット広告との境界線があいまいなものへと変貌していきます。簡単にいえば、FAANGのルールが日本にも強制されそうです。

その意味では、地上波各局もネットフリックスの新ルールに乗るというのが1つの対抗策になるかもしれません。放送が終了した番組コンテンツを武器に有料動画配信サービスを後追いで立ち上げるよりも、放送終了した番組コンテンツは無料の広告配信プランで見られるようにする。そのうえで、その広告配信はターゲティング広告にしていけば地上波テレビが最強のメディアに復位する未来さえ考えられるはずです。

いずれにしてもネットフリックスの広告付きプランは始まってしまいました。「羊の皮をかぶった狼」は日本市場に放たれてしまったのです。日本の放送業界がどう変われるのか、いよいよ待ったなしの状況になってきました。

(鈴木 貴博 : 経済評論家、百年コンサルティング代表)