人はなぜ働きすぎてしまうのか。精神科医のアンナ・レンブケさんは「仕事であっても深い集中に入ると脳からドーパミンが放出され、高揚状態を作り出す。構造的にはスカイダイビングやバンジージャンプなどと同じだ」という――。

※本稿は、アンナ・レンブケ『ドーパミン中毒』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

■エクストリーム・スポーツは依存性がある

エクストリーム・スポーツと呼ばれるスポーツがある。スカイダイビングやカイトサーフィン、ハンググライダー、ボブスレー、ダウンヒルスキー/スノーボード、滝で行うカヤック、アイスクライミング、マウンテンバイク、キャニオンスイング、バンジージャンプ、ベースジャンピング、ウィングスーツ飛行などだ。これらは快楽と苦痛のシーソーを苦痛の側に思い切り、素早く押す行為だ。強烈な苦痛/恐怖にアドレナリンを1ショット加えると強力なドラッグとなる。

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科学者たちはストレスだけで脳の報酬回路のドーパミン放出が増加し、コカインやメタンフェタミンなど依存性の薬物で見られるのと同じ脳の変化が作り出されることを明らかにしている。

快楽の刺激に繰り返し晒されることで耐性がつくように、痛みを感じる刺激にも耐性がつき、脳のシーソーが苦痛の側にリセットされる。

スカイダイバーと対照群(ボート選手)を比較した研究で、スカイダイビングを繰り返しやってきた人はその後の人生で無快感症、すなわち喜びの欠落を経験することが多くなることがわかっている。

この研究者たちは、「スカイダイビングは依存症行動と類似しており、“ナチュラルハイ”体験を頻繁にすることで無快感症になっている」と書いている。高度4000mで飛行機から飛び降りることが私には「ナチュラルハイ」になることとは思えないが、全体的な結論には同意する。つまり、スカイダイビングには依存性があり、繰り返し行えば気分不調に陥り、抜け出せなくなる可能性があるということだ。

■人間の苦痛の限界は広がっている

テクノロジーによって、人間の苦痛の限界は広げられてきた。

2015年7月12日、ウルトラマラソンのスコット・ジュレックがアパラチアン・トレイル走破のスピード記録を更新した。彼はジョージア州からメイン州まで(3523kmを)46日と8時間7分で走った。この偉業を達成するのに、彼は次のようなテクノロジーやデバイスを使った。

軽量で防水・耐熱性のあるウェア、エア・メッシュのランニング・シューズ、GPSの衛星追跡装置、GPS腕時計、iPhone、水分補給装置、携行補水塩タブレット、アルミ製折りたたみ式ストック、霧吹き状工業用水噴霧器、体の芯を冷やす冷却器、1日に6000〜7000kcal摂れる食品、妻とスタッフが運転するサポートバンの上につけたソーラーパネルで動く空気圧縮式脚マッサージ機。

2017年11月、ルイス・ピューは南極付近のマイナス3℃の海を水着だけで1km泳いだ。そこに至るまでには、ピューの母国である南アフリカからイギリスの離島であるサウスジョージアまで飛行機と海路で移動する必要があった。泳ぎ終わったピューは、素早くサポート班によって近くの船に乗せられ、用意されたお湯に入り、その後50分間、体幹温度が正常に戻るまでその状態で過ごした。このようなサポートがなければ彼は間違いなく死んでいただろう。

アレックス・オーノルドのエル・キャピタン登頂は、テクノロジーなしで人間がやり遂げた究極的偉業のように見えるかもしれない。ロープなし。装置なし。重力に抗うたった一人の人間の、死をも恐れぬ勇気と卓越した技の表出であると。しかし、オーノルドの偉業は「ロープにつないで、岩の部分部分でどう動くべきかという正確な動きが決まるまで、何百時間とリハーサルを行い、何千という複雑な手と足の動きの順序を体に叩き込まなくては」不可能だっただろう。

■どんな行動にも依存症になる可能性がある

オーノルドが登っている様子はプロの映画スタッフによって撮影され、映画化され、何百万という人が見ることになった。SNSに莫大(ばくだい)な数のフォロワーが集まり、彼は世界的な名声を得た。裕福な人、著名人というのはドーパミン経済の生み出すもう一つの産物だが、エクストリーム・スポーツの依存性を高めることにもつながっている。

「オーバートレーニング症候群」という耐久スポーツのアスリートの中ではよく言われるが、あまり理解されていない現象がある。あまりにトレーニングをしすぎ、それまでたっぷり出ていたエンドルフィンがもはや出ない地点に達することを言う。運動はむしろ、燃え尽きた感覚や気分不調を残すのみになる。私の患者のクリスがオピオイドで経験したようにまるで報酬回路のシーソーが限界に達し、動かなくなってしまったような状態だ。

エクストリーム・スポーツや耐久スポーツをやっている人は皆依存症だと言っているわけではない。そうではなく、どんな物質、どんな行動にも依存症になる可能性はあり、そのリスクは得られる効果が強ければ強いほど、量や持続時間が増えれば増えるほど上がるということを言いたかっただけだ。シーソーを苦痛の側にあまりにも強く、長く押しつけた人たちもまた、ドーパミン欠乏状態に長く陥ることになってしまうのである。

あまりにも多量に、あるいはあまりにも強力な痛みを求めると、痛み依存症になるリスクが高まる。私も臨床の現場で目の当たりにしてきた。私の患者で走りすぎて足の骨を疲労骨折してしまった人がいるが、彼女はそれでも走るのをやめなかった。また快感を得たり、心の中にずっとあるわだかまりを鎮めたりするために前腕や太ももの内側を剃刀で切る患者もいた。彼女は深刻な傷跡が残ったり、感染症にかかったりする危険があるのに切ることをやめられなかった。

こうした行動を依存症であるとして、依存症患者にするのと同じように治療すると回復していくのである。

■働けば働くほどインセンティブがもらえる仕組み

「ワーカホリック」と呼ばれる人々は社会の中で賞賛される存在だ。ここシリコンバレーほどそうである場所は他にない。平日だけで週100時間はもちろん、24時間365日いつでも仕事ができる状態になっているのが当たり前である。

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2019年、それまで私は3年間毎月仕事で出張していたのだが、仕事と家庭のバランスを元に戻そうと考えて出張を減らすことにした。最初はその理由をそのまま先方に伝えていた。家族との時間を増やしたいからと。しかし、「家族との時間は大事」というヒッピー的な理由で誘いを断ることに人々は困惑と怒りを覚えるようだ。結局、「他の仕事がある」ということにしたらあまり抵抗にあうことはなくなった。別の場所で仕事をすることは容認されるようだった。

ボーナスやストックオプションの見通しから昇進の約束まで、ホワイトカラーの仕事には目に見えないインセンティブがたくさん織り込まれている。医学の分野でさえ、医療従事者はより多くの患者を診察し、より多くの処方箋を書き、より多くの手術を行おうとする。そうするようにインセンティブを与えられているからだ。私は毎月、自分の生産性がどれくらいだったか、すなわち自分の所属する病院のために私がいくら分の請求書を出したかという報告書を受け取っている。

■仕事に深く集中する状態もドラッグの一種である

対照的にブルーカラーの仕事はますます機械化され、仕事自体にやりがいを得ることが難しくなっている。遠くに利益を得る人がいて、その人に雇われて働くという形だと自律性は減り、経済的な報酬も控えめとなり、共通の目的のために働いているという感覚もほとんどなくなってしまう。バラバラに流れ作業の一つとして働くことで達成感を持つことは難しくなり、最終的な成果物を受け取る消費者との接点も最小限にされてしまう。

達成感と消費者との接点は仕事に対する動機を作る要である。それらが減ってしまう結果として、「辛い仕事には遊びがなければ」という精神性で、退屈な骨折り仕事をやった一日の終わりに衝動的な過剰摂取をすることになるのである。

アンナ・レンブケ『ドーパミン中毒』(新潮新書)

それなら高校に行かず、賃金の安い仕事についている人があまり働かなくなり、高学歴で高い賃金を稼ぐ人がますます働くようになるのは納得できる。2002年までに、賃金で上からトップ20%の人は下位20%の人よりも約2倍も働く時間が長くなった。その傾向は今でも続いている。経済学者たちはこの変化について、経済の食物連鎖の頂点にいる人たちの報酬が大きくなっていることが原因だと分析している。

私は時々、仕事を一度始めるとやめるのが難しいと思うことがある。深い集中に入る“フロー”と呼ばれる状態はそれ自体がドラッグであり、ドーパミンを放出し高揚状態を作り出す。それ以外何も考えられないというこの種の集中状態は、現代の豊かな社会の中では高く報酬が与えられることになるものだが、それ以外の人生のものごと──友達や家族との親密なつながりから私たちを切り離す罠にもなり得る。

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アンナ・レンブケ精神科医
1967年、アリゾナ州生まれ。医学博士。スタンフォード大学医学部教授。イエール大学卒業後、スタンフォード大学で医学を修める。依存症医学の第一人者であり、前著『Drug Dealer, MD』が話題に。受賞歴多数。
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(精神科医 アンナ・レンブケ)