豊かな生物多様性に根付く文化、茶道にもさまざまな影響が感じられます(写真:hirorin/PIXTA)

茶道は、「茶を飲む」という日常の行為を「道」に高めた日本文化です。お茶を点てるという行為は、禅や瞑想につながるものとして、慌ただしい日常の中、孤独な決断を迫られる企業経営層にもファンが多くいます。

茶道は、季節感を何より大切にしますが、それは高温多湿のアジアモンスーンがはぐくむ生物多様性の宝庫と実は深く関係しています。今回の記事ではその関係をひもといていきたいと思います。


小西雅子 茶箱「雪」のお点前 東京杉並区の茶室「星岡」にて(c)WWF Japan

季節感をこよなく愛する茶道

茶道は、ひとことで言うと、和やかで清らかな心を込めて、客人にお茶を点てていくことです。お茶を点てる人を「亭主」と言いますが、亭主がお茶事を開催するときには、季節やテーマを考え抜いて、茶道具や花、掛け軸などを整えていきます。いわば「季節感」というストーリーを味わいながらお茶を楽しむ時間を作り出します。

茶道の空間やお道具には、簡素なわび・さびの中に、無限の自然が再現されていますが、その原点は日本の高温多湿な四季で息づく多様な植物や生物です。私たちが当たり前と思っている日常は、豊かな生物多様性に支えられているのです。

私は気候変動やエネルギーを専門とする政策提言に従事する仕事をしていますが、実は幼いころから茶道家の母に師事して、裏千家茶道や小原流華道の家元教授という別の顔を持っています。

海外を飛び回る生活ですが、日本の季節の移り変わり、梅雨の走りに雨に打たれる小さな草花や、初秋に冴え冴えとした白い月などを見ると、魂が震えます。そのお茶の中には、季節感、ひいては日本独自の生物多様性がいかに息づいているか、改めて見ていきたいと思います。

まずはお茶事に欠かせないのが茶花です。茶花とは、茶室の床(とこ)に生ける花のことで、千利休の教えに従って、「花は野にあるように」と自然の中に咲いている本来の姿のように「投げ入れ」ていきます。四季折々の自然の風景や移ろいを表現しつつ、茶会の趣向や茶席の雰囲気との調和も考えて選ばれます。

随所にたっぷり盛り込まれる季節感


はないかだ(c)Masako Konishi

その1つとして私がこよなく愛する茶花、「はないかだ」をご紹介します。花が葉っぱの筏の上に乗っているように見えるので、「花筏」と言います。

実際には親指程度の葉の上に、ほんの小さな粒で、よく見ないとわからないような小さな美です。しかしこんな小さな美に気づく心、季節感を心で感じること、こういったスト―リーが私たちの心を震わせるのではないでしょうか?


(c)WWF Japan

もちろん床の間にかけられる掛け軸や、お茶碗などのお道具にも季節感がたっぷり盛り込まれています。

壮大な生命の環が織り成す「生物多様性」


蛍の描かれた茶碗(c)Masako Konishi


遊び心でカエルが描かれた茶碗も!(c)Masako Konishi

これらのすべては私たちが昔から親しんできた生物ですよね。しかしこれらのホタルもカエルも日本中で減少しつつあります。今日の私たちが当たり前に思っている梅雨の季節のカエルやホタルは、子どもたちの世代には身近にあるのでしょうか?

生活文化としての茶道の場は、生物多様性の上になりたっており、茶道は伝統文化の総合。絵画から書道、花、陶芸、漆器、織物から茶室の建築に至るまで、日本に昔からあるさまざまな資源を使って編み出されてきた総合芸術なのです。

そもそも生物多様性とは、地球上の生命、ヒトやトラやパンダ、イネやコムギ、大腸菌、さまざまなバクテリアまで、多様な姿の生物が含まれます。この生きものたちの、命のつながりこそが、「生物多様性」です。これらの生きものはどれも、自分一人、ただ一種だけでは生きていけません。多くの生命はほかのたくさんの生物と直接関わり、初めて生きていくことができるのです。

この関わりをたどっていけば、地球上に生きている生きものたちが、すべて直接的・間接的につながり合い、壮大な生命の環を織り成しています。「生物多様性」は、この地球という1つの環境そのものであり、そこに息づく生命のすべてを意味するのです。

その生物多様性は、今危機にさらされています。とくに20世紀以降の100年間に、私たちは多くの自然資本を使い続け、今や1970〜2016年の間に世界の哺乳類や鳥類などの脊椎動物の個体は平均して68%も消失しているのです。

さまざまな資源をもたらす生態系は、非常に微妙な生命のバランスで成り立っており、一度壊してしまうと、人の力では完全な形に戻せません。この流れを変えてゆかなければ、地球の自然環境と生物多様性は、失われ続けてしまいます。

茶道文化にも見られる影響

茶道文化にも影響が忍び寄っています。お茶人は客をもてなすために、お茶事では、炉の置き方を季節によって変えていきます。


写真1:冬は寒いので、畳の中に埋め込んだ炉で、炭をおこして釜をかける(客人は煙草盆の前) 


写真2:少し涼しくなる10月は中置き:風炉と呼ばれる畳の上に置くタイプの炉を使って、客人から火を少し離していく


写真3:暑い夏は、風炉を客人から遠くの位置に置いて火をおこす

冬は寒い時期なので、客人が暖かいように、釜を客人のそばに置きます(写真1)。一方10月になると中置(なかおき)といって少し寒くなってきたことを反映して、釜を中間の位置に移動させるのです(写真2)。

そして夏は暑い盛りなので、釜は客人から遠くに離して、涼しげな水差し(お茶に使う水がはいっている)を客人側に置きます(写真3)。

しかし、地球温暖化で年々夏は猛暑になり長くなっており、2100年頃には30度以上の真夏日が100日を超えると予測されています。もはや「炉の置き場所」で季節感を表す、というのは、過去の話として語り継がれるしかなくなりそうです。

また季節ごとに営まれるお茶事の1つに、秋から冬に「夜咄(よばなし)」と呼ばれるものがあります。冬にかけて長くなる夜を楽しむために、夕刻から始める茶事で、夜の暗闇の中、ろうそくの明かりだけで、ゆるやかに行われるお茶事です。お客は手燭と呼ばれる手持ちのろうそくをもって茶室に入り、暗闇の中でしめやかに行われます。

これはろうそくの明かりだけで行われるので、狭いお茶室はろうそくの油煙が広がってしまいます。そこで「夜咄の茶事」では、石菖(セキショウ)という茶花を使う、と決まっています。これは菖蒲のようないい香りがする葉で、ろうそくの油煙の広がる室内の空気を浄化すると言われています。これをにおい消しの“炭”に活けるのです。


セキショウを炭の中に入れて(c)WWF Japan

とても情緒ある営みですが、昔は多くの川岸などに自生していたこのセキショウも、開発や環境の変化などで減少してきています。こうした昔ながらの植物の多くが、失われていっています。

生物多様性の危機に私たちができること

高温多湿な気候がはぐくんできた多様な生物が息づく日本。季節感をこよなく愛し、大切にする日本文化。茶道のみならず、和食や俳句など、日本の豊かな生物多様性は多くの文化をはぐくんできました。心のふるさとと言ってもいいこれらの文化を大切にしたい、と思う方は少なくないのではないでしょうか。

危機に瀕している日本、そして世界の生物多様性に対して、私たちに何ができるのか、考えていきたいと思いませんか? その最初のステップは以下の3つです。

1. もっとよく地球の生物多様性について知ろう。日本の伝統文化はその宝庫!
2. 普段、生活の中で利用している製品が、どこでどのように作られ、手元に届いたのか、関心を持とう
3. 環境保全と資源を使い尽くさぬよう配慮して生産した木材や食料などを、消費者として選んで買うことも、生物多様性を保全する手段の1つ

今の子どもたちが成人する時代にもこの美しい季節感があってほしいと、心から願っています。


生物多様性スクール 特別企画「生物多様性と日本文化ー日本の四季、茶道と俳句に見る生物多様性」(c)WWF Japan

(小西 雅子 : WWFジャパン・専門ディレクター)