国連による幸福度ランキングで4年連続1位となっているフィンランドのライフスタイルや考え方に注目が集まっている(写真:Vladislav Zolotov/iStock)

3月20日に国連による世界幸福度ランキングが発表され、フィンランドが4年連続1位となりました。フィンランドといえば、サンタクロース、オーロラ、ノキア、サウナ、マリメッコ、ムーミンなど、小国ながら、日本人にも馴染みのあるものが多い北欧諸国の1つです。

2018年に初めて幸福度ランキングで1位になったことで、世界的にもフィンランド人のライフスタイルやその精神性について関心が高まったほか、フィンランド政府がサウナの誘致を行うキャンペーンを始めたこともあいまってその健康的なライフスタイルにも注目が集まるようになっています。

そんなフィンランド人の精神性、あるいは考え方を表わす言葉「SISU(シス)」が近年、注目を浴びており、2018年以降、多くの国でSISUに関する本が出ています。移民問題や国民間の対立、新型コロナウイルスによるパンデミックなど世界中が不安に包まれる中で、ここのところ相対的に国民の幸福度が高いとされる北欧諸国の「生き方」や「考え方」が見直されていますが、SISUもこうした流れの中で話題になるようになったのです。

SISUとは何か

SISUには相応する的確な日本語訳がありませんが、おおむね「過酷な状況や劣勢にあっても何かを継続する志や我慢強さ、忍耐力、強い精神性」というのが近いイメージでしょうか。

フィンランドをよく表わすこの言葉が世界的に知られるようになったのが、1939年から40年まで続いた冬戦争と言われています。フィンランドはもともと小国ゆえ、つねに周りの国々の争いに翻弄されてきた歴史があり、過去には4つの国を挙げての戦争を経験しています。この冬戦争はソビエト連邦がフィンランドに侵攻した戦争で、フィンランドはこの侵略に抵抗し、多くの犠牲者を出しながらも独立を守りました。

この戦争ではフィンランドはソビエト連邦に比べ、兵隊数では1/4、戦車数では1/220、そして航空機では1/30と、どう見ても劣勢でした。しかも最低気温がマイナス50度にもなる過酷な環境下で地上戦を戦い抜くには、「継続性のある努力とあきらめない精神力」が必要とされていたわけです。アメリカのニューヨーク・タイムズ紙は1940年1月14日付の記事で、「SISU:フィランドを表わす言葉」と銘打った記事を掲載しています。

ヘルシンキにあるアアルト大学でSISUの研究をしているエミリア・ラハティ氏は、BBCの取材に対して「(SISUとは)かなり困難な状況で発揮される特別な力で、エネルギーとも、通常よりタフな状況に正面から立ち向かう決心とも言えます」と話しています。同氏自身も、心身共に支配的な関係を経てSISUを経験し、シスの研究や社会的なプロモーションを行うようになったと言います。

このSISUの精神は、フィンランド企業にも見られます。フィンランドのGDPの4%を支えていた携帯電話大手ノキアが倒産危機に追い込まれながらも、本業をマイクロソフトに売却し、その後V字回復をはたしているのはよく知られています。ノキアで人員削減の対象となった人の中には、その後起業する人が少なくなく、政府もまたこうした人たちをバックアップするなど、あきらめない精神がここにも息づいています。

無口な夫が放った衝撃の一言

そんなフィンランドは日本と似ている、と言われることが少なくありません。例えば、隣国のスウェーデン人が話し好きなのに対して、フィランド人はどちらかというとシャイ。特にフィンランド人の男性の一部は、「余分なことを口にしないのが美徳」と言われて育っているとも聞きます。

実際、あるフィンランド人の知人も、あまりに無口な夫にあるときこう切り出しました。「あなたが無口なのはわかっているけれど、あなたは、昔は私のことを『愛している』って言ってくれたのに、そんな言葉何年も聞いていないわ!」すると、無口な夫は重い口を開きました。「安心しなさい。お前を嫌いになった時にはちゃんと言うから」。なんとなくこれも、昔の日本の男性を彷彿とさせるジョークだと思いませんか。

今や日本でも大人気のサウナも日本の文化を彷彿とさせるものがあります。サウナの歴史は古く、2000年前からあると言われていますが、もともと男女とも裸で混浴だったというのは、混浴文化のある日本とも共通しています。今日のフィンランドには男女別々のサウナもたくさんありますが、男女混浴のサウナというのも存在します。

以前、フィンランド人の知人から、「昨日はサウナで、うちの息子の担任教師と一緒になってね。初めて会ったんだけれど、若くて綺麗な人だったよ」という話を聞いて、目を丸くしたのを覚えています。というのも、その知人は男性で、担任教師は女性だったからです(さすがに混浴文化がある日本でもこういう状況はまずありえませんし、異性の顔見知りと裸であいさつするなんて想像できないものです)。

フィンランドではまた、サウナの際に白樺の枝葉の束に水を湿らせて、自分の体や人の体を優しく叩く(マッサージ効果のある)習慣がありますが、これも日本の温泉や銭湯でお互いの背中を流す文化に共通するものがあります。

出過ぎず、我慢強いフィンランド人と日本人、と共通点はありますが、一方で日本と違いを感じるところもあります。最も大きいのは、「人と人との結びつきの強さ」かもしれません。フィンランドは家と家が離れているうえ、人口も少ないのでコミュニティーセンターと呼ぶ人々が集まれる場所があります。そこには図書館やサウナ、プールなどが併設されています。

冬のフィンランドの日照時間は短く、太陽そのものが顔を出すことはほとんどありません。雲の上にまた雲があるような暗くてどんよりとした灰色の空の短い昼間で、日本人の私からしてみたら、気分的にとても憂鬱になるだけでなく、孤独感、閉塞感を感じるであろうと想像します。

そんな時に、フィンランドの人々はコミュニティーセンターに出向き、そこで知り合いに会ってサウナや図書館で会話を適度に楽しむほか、フェイスブックなどSNSを通じて同じ趣味を持つ友人を作って会ったりするわけです。コロナ禍でフィンランドでも約6割の人がリモートワークをしているそうですが、なかなか大勢の人と会えない中でも、可能な範囲内で人とのつながりを保っているわけです。

「人や社会とのつながりが希薄」な日本

余談ですが、コミュニティーセンターには「読書犬」という認定された犬がいます。読書犬は子どもたちが本を読み聞かせする”相手”で、子どもたちが本を読んでくれるのを静かに、忍耐強く聞いています。子どもたちは嫌々読書をさせられるのではなく、読書犬のために本を読んであげたくて読書をするのです。知らないうちに子どもたちの語彙力が高まり、読書好きになる非常に画期的な取り組みです。

冒頭の国連による幸福度ランキングでは、フィンランドが4年連続でトップを獲得しているのに対して、日本は56位となっています(昨年は62位)。日本の場合、「寛容さ」や「主観満足度」が低いうえ、「社会的資本(家族との家計や社会的ネットワーク、対人的な信頼感、組織への信頼感、社会参加の5要素)」が圧倒的に低いということです。つまり、他国に比べて「人や社会とのつながりが希薄」だと感じている人が多いということでしょう。

日本もフィンランドも他国と比較すると、新型コロナウイルスの感染者数や死者数は低い水準にありますが、これはどちらも我慢強い国民性が関係しているのかもしれません。

一方で、(コロナがなくとも)国民の感じる幸福度にこれだけ違いが出るということは、たとえ人数は多くなくても、日々の出来事などを語る仲間がいたり、自分が心地がよいと感じられる場所を確保することが重要だということではないでしょうか。