綱島駅の高架下にあるバスターミナル。川崎駅、横浜駅、新羽営業所など各地へのバスが発着し、利用者も多い(筆者撮影)

渋谷を中心として城南エリアに104.9km(2020年現在・営業キロ)の路線網を持ち、東横線、田園都市線を軸に年間10億人以上(2020年3月末現在)を運ぶ東急電鉄。2020年12月21日、同社線で約20年ぶりに開業する新駅の駅名が発表された。

新駅は2022年度下期に開業予定の東急新横浜線の駅で、東急東横線の綱島駅から約100m東に新設される。発表された駅名は「新綱島」。2020年8月10日から9月6日にかけて、駅が設置される横浜市港北区内に在住・在職・在学の人を対象に駅名の公募を実施し、「新しい駅の新規性をわかりやすく表現する」といった理由から選定された。仮称としても用いられ、応募された駅名の中でも最も多かったこともあり、順当な駅名といえよう。

接続路線なしでも利用者の多い綱島

ところで、綱島という駅名は聞いたことがあっても場所を知らない人も少なくないだろう。ましてや地元住民以外で降りたことがある人は限られると思われる。一方で、知名度とは裏腹に綱島駅の乗降客数は1日当たり約10万3000人(2019年度実績)に達する。


綱島駅の西口。2020年3月の「エトモ綱島」開業で装いを新たにした(筆者撮影)

1日当たりの乗降客数が10万人を超える駅は東横線に7駅のみで、規模の大きな駅といえる。さらに、綱島駅には現状で東急東横線以外に乗り入れる鉄道路線はない。接続する鉄道路線がない駅でここまで乗降客数の多い駅は限られる。駅間の長いJR線の駅でもなければ自治体の中心駅でもない。

そんな綱島駅は渋谷から急行で約20分。東急東横線の優等列車は急行、通勤特急、特急とあるが、綱島駅にはそのうち急行しか停車しない。駅の所在地は横浜市港北区だが、同区役所は隣駅の大倉山駅近くにあり、区内のオフィス街は新横浜駅北側にある。綱島は、駅周辺に商店街があるほかは基本的に住宅地しかない。

公共交通機関の利用実態などを調査する国土交通省の「大都市交通センサス」の2015年度調査のデータによると、定期券利用客は綱島からの「乗車」が圧倒的に多い。これは駅周辺が通勤の目的地になっていたり、大規模な集客施設があったりするのではなく、ベッドタウンであることを示している。

また、定期券利用客の居住地と駅へのアクセス手段を見ると、半数近い46%が綱島西・綱島東地区から徒歩または自転車を利用している。また、綱島駅利用者全体の70%は徒歩によるアクセスである。駅から徒歩圏内に多くの人が住んでおり、中でも駅至近のエリアに集中して居住していることがうかがえる。

確かに、綱島駅付近の住宅地はマンションやアパートが多く、人口密度が高い。同様に、1日当たりの乗降客数が約10万人で乗り換え路線のない駅のデータを「大都市交通センサス」で参照すると、北浦和駅(JR京浜東北線)や西葛西駅(東京メトロ東西線)が似た傾向を示している。どちらも駅周辺にマンションが多いことが大きな特徴だ。


また、駅南側に鶴見川、西側には早渕川が流れており、新吉田や駒岡といった駅東西2km圏内の川の両岸に広がるエリアの住民も、平坦な道を利用して徒歩や自転車で綱島駅にアクセスする。さらに、北隣の日吉駅との駅間が約2.2km(東横線で最長)と離れていることから駅勢圏が広い。

だからこそ特別な施設や、自治体の中心的な機能があるわけではないものの、乗降客が多いのである。

もともとは温泉地だった

現在でこそ住宅地ではあるが、東急東横線が開業した1920年代の綱島は温泉地として売り出していた。

1914年、いまの駅所在地から鶴見川をはさんで対岸にある現在の樽町地区にラジウム泉の湧出が発見された。東京横浜電鉄(現在の東急東横線)は綱島地区に開業する駅名を「綱島温泉」とし、駅近く(のちに「東京園」となる場所)には日帰り入浴施設を設け、温泉地としてアピールした。

また、明治時代から栽培されていた桃や鶴見川堤防の桜をはじめ花見もできるとあって、東京近郊の保養地としてにぎわった。現在の綱島街道が開通した1930年代以降、綱島は温泉地としてだけでなく都市化が進んでいく。

戦時中に駅名は「綱島温泉」から「綱島」に変わったが、戦後の綱島温泉は東京の奥座敷として人気を博し、多くの人々が訪れた。綱島駅南西の温泉旅館街には旅館だけでなくレジャーランドも造られ、最盛期を迎える。


綱島温泉の温泉旅館街が再開発で商業開発されてできたモール「パデュ通り」。容積率が高いことを生かし、下層階は商業施設、上層階はマンションにしている建物が多い(筆者撮影)

しかし、それもつかの間のこと。1964年に東海道新幹線が開業し、熱海をはじめとする伊豆の温泉地が近くなったことで客足は減った。さらに、綱島温泉周辺は高度経済成長により宅地化が進んだ。

そこで綱島温泉は温泉街から商業・住宅エリアへと脱皮を図ることになる。1976年には「綱島西地区 街づくり憲章」が作られ、商業施設開発を中心として共同建築が進み、商店街「パデュ通り」が整備されたのをはじめ、商業開発やマンション開発も進展した。

その後、綱島温泉を代表した日帰り温泉施設「東京園」が東急新横浜線の建設工事に伴い2015年に休業、建物は解体された。現在の綱島には温泉地としての名残を見つけるのは難しい。しかし、忘れ去られたわけではない。冒頭に紹介した駅名の公募では「綱島温泉」が1位の「新綱島」に次いで多かったことにも表れているように、地域の人々にとっては重要な歴史として認識されている。

とにかく道が狭い

現在の綱島駅周辺を歩いてみると、とにかく街路が狭いことに驚かされる。駅は高架になっており、西側に出ると線路沿いの「ウエストアヴェニュー」をはじめとする商店街が広がる。目立つのは飲食店や総菜店だ。駅構内と高架下には、2020年3月にスーパーなど8店舗の入る商業施設「エトモ綱島」が開業した。


綱島駅西口を商店街奥から見た様子。商店街には飲食店、総菜店が目立つ(筆者撮影)

「ウエストアヴェニュー」を南に向かうと交通量の多い道を渡る。県道106号子母口綱島線だ。道を渡ると「パデュ通り」に入る。モール化されてしゃれた雰囲気の通りには、総合スーパーのイトーヨーカドーのほかチェーンのカフェなどが並ぶ。イトーヨーカドーの前には多くの自転車が駐輪されており、近隣から買い物に来る人の多さがわかる。周辺には大規模マンションも多い。

反対側の駅東側も、狭い道沿いに中小のビルが立ち並ぶ。北口改札を出た高架下にはバスターミナルがある。バスはバックして入っていく形のため、誘導員がひっきりなしにバスを誘導する。発着路線は東急バスが中心で、西にある新羽営業所方面や北西にある横浜市営地下鉄グリーンライン高田駅方面に向かうバスが多い。このほか、川崎駅へ向かう川崎鶴見臨港バス、鶴見駅や横浜駅に向かう横浜市営バスも発着する。

バス路線のうち、ターミナルに入らず駅前で右折する路線も1系統だけある。鶴見駅と綱島駅を結ぶ臨港バスで、中小ビル群の中に1台だけ停められる発着場がある。


県道子母口綱島線は綱島駅南東にある綱島交差点から混雑しやすい。バスも駅近くで時間がかかることが多い(筆者撮影)

中小ビル群の東側には主要地方道2号線、通称「綱島街道」が南北に通る。綱島街道と子母口綱島線が交わる綱島交差点は交通量が非常に多く、とくに綱島街道の北からの流れと子母口綱島線の北西からの流れが悪く、渋滞が多発する場所だ。

このように、綱島駅周辺はまちの発展に道路拡幅整備が追いついておらず、渋滞の多発やバス乗り場の手狭さなど課題は少なくない。しかし、新綱島駅の開業に合わせてその姿が変わろうとしている。では、駅とその周辺は今後どのように変化するのだろうか。

新駅で変わる綱島周辺

まず、新綱島駅そのものは綱島駅の東側、綱島街道の地下約35mに島式1面2線のホームが設けられる。駅直上では土地区画整理事業と市街地再開発事業が進む。


新綱島駅工事現場。手前が綱島街道。写真中央に再開発ビルが建設される(筆者撮影)

土地区画整理事業では幅約12〜19mの街路(綱島東線)が新綱島駅直上に造られ、街路の東西には広場が造られる。計画図では街路上にバス乗り場5バースが設けられるほか、タクシー乗り場や身体障害者乗降場が設けられる。

そして街路と綱島街道に挟まれるように高層棟と低層棟からなるビルが造られる。高層棟は29階建て、高さ約100mで住宅が中心になる。低層棟は1階から3階には商業施設を、4階と5階には400席のホールやギャラリーを設けた港北区民文化センターが入居することになっている。再開発ビルは住宅機能を中心に商業、公共機能を付加するといった近年よくある駅前再開発ビルの形となる。

綱島街道は拡幅され、現在の約12mから約20mになる。一方で、綱島駅と新綱島駅の間に綱島街道が通っていることから、将来的には周辺で行われる再開発事業の進展にあわせてデッキを造ることで連絡性や連続性を確保する構想がある。新綱島駅の再開発ビル以外のエリアも順次商業、住宅の再開発が期待されているほか、綱島駅東口では「綱島駅東口駅前地区市街地再開発事業」をはじめ、再開発の機運が高まっている。

駅名が決まり、2022年度の東急新横浜線開業に向けて再開発が進む綱島駅・新綱島駅周辺。新駅開業に伴う再開発で、温泉街から商業・住宅地へと発展してきたまちの姿は大きく変わりそうだ。