新幹線通勤と会社に届けながら…

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 多くの会社員が、勤務先から支給されている「通勤手当」。最近では、地価の安い地方に家を建て、都市部の会社で働くことを希望する人も増えており、新幹線通勤を認める企業もあります。新幹線通勤の場合、1カ月10万円以上の通勤手当が支給されるケースもありますが、そのお金で定期券を買うのではなく、会社近辺のマンションなどを借りて住んでいるケースもあるようです。

 こうした“ルール違反”について、ネット上では「うちの会社にもこういう人がいて懲戒処分になった」「バレないと思っているのが間違い」「立派な着服じゃん」といった声があります。交通費や通勤手当を巡る労務上の問題について、社会保険労務士の木村政美さんに聞きました。

引っ越したのに届け出ない例も

Q.そもそも、会社から支給される「交通費」「通勤手当」とは、どのようなものでしょうか。

木村さん「交通費とは、業務中の移動に関して発生する費用のことで、例を挙げると、営業などで外出する際の電車代やバス代、駐車料金、出張時の乗車券や搭乗券、宿泊費、日当などが該当します。交通費は基本的に実費精算で支給され、会社の経理上は『経費』扱いとなり、課税対象外です。

通勤手当とは、従業員が通勤するのにかかる費用を補填(ほてん)する目的で会社が支給する手当のことをいい、支給額は従業員個々人の通勤経路や通勤手段によって変わります。給料の一部として支払われますが法律上、支給の義務は定められていないので、必ずしも通勤費用を全額支給する必要はなく、一部支給(支給上限額を定める)、もしくは支給なしでも構いません。

交通費と違い、通勤手当は所得税法上『非課税枠』が設けられています。一例では、交通機関を使用した場合の上限は1カ月15万円です。通勤手当を支給することで、従業員と会社の税負担を軽減することにつながります」

Q.新幹線通勤を認める企業では、会社から高額な通勤手当(定期代)を受け取る従業員も多いと思いますが、通勤手当を通勤定期に使わず、会社近辺に住むための家賃に充てるケースもあるようです。どのような労務上の問題が考えられますか。

木村さん「通勤手当の不正受給になります。そうした事例の他にも『従業員が当初、遠方の実家、もしくは結婚して家族と居住している家から通勤していたがその後、諸事情で会社の近くへ引っ越し、届け出をしないまま元通りの通勤手当を受け取っている』ケースも多いと思われます。

家賃に対する補助金を支給する会社もありますが、比較すると、補助金より通勤手当の方が高くなることがあります。その場合、損得を考え、故意に行った可能性も出てくるでしょう。労務上、故意・悪質性の有無に関係なく、通勤手当の不正受給に関する案件は多く発生しており、実際に会社側が気付かず、長期間にわたって放置した結果、数百万円もの損害を被る場合もあります。

従業員の通勤手当不正受給としては、主に次のようなケースが考えられます」

【通勤経路が変わったが、変更の手続きを忘れてしまった場合】

先述の例を含む『引っ越し』のケースです。遠方から会社の近くに引っ越した場合、変更の手続きを行うまで、これまでの通勤経路で計算した通勤手当が支給されることになります。これまでの通勤手当が変更後の通勤手当よりも高額だと、不正受給とみなされる可能性があります。

【会社規定外の経路で計算した通勤手当を受給している場合】

通勤手当の算出方法は大きく分けると、「会社があらかじめ決める方法」と「個人で経路を決めて申請する方法」があります。

後者の場合、会社から自宅までの距離に応じて一定額を支払ったり、通勤経路があらかじめ決められていたりする(就業規則等に「通勤手当は最短交通利用の通勤方法で算出する」などの記載がある)ことがほとんどですが、例えば、わざと電車やバスの乗り継ぎをして遠回りした通勤手当を申請するなど、会社の規定によらない方法で計算した通勤手当を受けていると、不正受給とみなされる可能性があります。

Q.従業員が通勤手当を不正に受給していた場合、会社側は従業員にどのような対応を取ることができますか。

木村さん「通勤手当の不正受給が発覚したとき、会社側が従業員に処分を行うか否かについては、不正受給の原因が故意だったのか、それとも、(認識不足やうっかりなどで)意図せずに行われたものかで大きく異なります。意図せず不正受給していた場合は、通勤手当の差額返還を求められることもありますが、重い処分を下すのではなく、注意程度で済むケースも多いでしょう。

一方で、故意に不正受給していた(虚偽の住所申告を行い、長期間にわたり、過大な額の通勤手当を受給していたなど)ことが明らかになった場合は、対象従業員に超過で受け取っていた通勤手当の返還を請求するとともに、処分については、金額の多少や悪質さなどを総合的に判断した上で対処することになります。

悪質な場合は、減給や停職といった懲戒処分もあり得ますし、特に悪質なケースでは懲戒解雇の可能性もあるでしょう。ただし、懲戒処分を行う際は、あらかじめ就業規則等に記載しておくことが必要です」

Q.従業員による通勤手当の不正受給を防ぐため、会社側はどのような対策を講じるべきでしょうか。

木村さん「次のような手段が考えられます。従業員数が多いと煩雑な作業になりますが、実際に行っている会社もあります」

(1)就業規則・給与規定等で、通勤交通費の支給に関するルールを設け、従業員に内容を周知する。
(2)通勤手当の申請に関しては、会社で「通勤手当支給申請書」などの書式を用意し、入社時や住所変更時に従業員に記入・提出してもらうようにする。
(3)会社は、本人から申請のあった金額や通勤経路が妥当な内容かどうか、必ずチェックを行う。
(4)定期代を請求された場合は、定期券のコピー提出を義務付ける。
(5)全従業員を対象に、定期、または不定期で通勤経路の再調査を行う。
(6)通勤手当の不正受給が発覚した場合の差額返還請求期間、懲戒処分の内容などを決め、就業規則等に明記の上、従業員に周知する。